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渡りに船

 ゴンドさんが吹っ飛び、廊下の壁に強く打ちつけられた音は静かな教会内において、大変通りの良い振動となってある人物まで伝わった。ヒビが入るくらいなので、衝撃音もさぞ響いたことだろう。


「二人とも聞いていますか?」


「「……はい」」


 ある人物というのは、当然シンシアさんのことだ。


 音を聞きつけて歩いてきたときの顔は、今までに会った人たちの中で一番怖かった。しかも、ゆっくり歩いているはずなのに、なぜか移動速度が速かったのも恐怖を引き立てる役割を十分に担っていた。


「そもそもミリカ、あなたのどこでも魔法を撃つ癖は直せとあれほど言っていたにもかかわらず、またやったのですか? 王都に行くことになったら、もう面倒を見られないんですからきちんと――」


「あ、王都には行かないことになりました」


 よく今のシンシアさんに口を挟めたな。俺だったら、委縮してしまって絶対に無理だぞ。


「そうだとしても、そこかしこで魔法を撃つのは感心しませんよ。あなたはもう少し自制心というものを育むべきです」


「はい、わかりました。これからは気をつけます。この後用事があるのでお説教もそれくらいにして欲しいです。続きは夜に聞きますから」


「……はあ、この子は」


 真面目に聞いているんだか、適当に流しているのか判断つかないミリカの返事にシンシアさんが静かにため息を吐いていた。


「……ソウイチさん」


「は、はい!」


 唯一正座をせず、一歩引いたところで傍観していた俺に突然シンシアさんが声をかけてきた。その声に自然と背筋がピンと伸びた。


 もしかして、俺も怒られたりするのだろうか。と、内心ビビッていたのだがそんなことはなく。


「用事があるのでしたら、そちらを優先してください。この壁についてはこちらでなんとかしますので」


「えっと、俺にも原因がありそうな気がするので……、弁償します」


「いえいえ、結構ですよ。ミリカの貯金から全額引いておきますから」


「ちょ、ちょっと、待ってください! なぜ私だけなんですか! アルミラだって、犯罪の片棒を担いでいるんですよ!」


「あなたの反省の色が見えないからです」


 ミリカの抗議の声にシンシアさんがぴしゃりと言い放った。


「そういうわけですから、ソウイチさんは気にしないでください」


「……わかりました。では、失礼します」


 シンシアさんが弁償する必要はないというんだから、素直に甘えることにした。


「はあ、どうしてこんなことに」


 正座の体勢から立ち上がったミリカとアルミラが俺の後に続き、歩き出そうとすると待ったの声がかかった。


「あら、お二人ともどこへ行く気ですか?」


「え? いえ、師匠が用事を優先していいって」


「私が言ったのはソウイチさんに対してであって、お二人には言ってないですよ。まだ、お説教は続いているんですから、さっさと座ってください」


「「え?!」」


 助けを求める目で見てくる二人と顔を見合わせ、


「じゃあ、俺は先に向かうことにするから。もしアルマがいなかったら、冒険者ギルドで待ち合わせをしよう。ごゆっくりどうぞ」


 先に行く旨を伝え、後ろを振り返ることなく、教会の出口へと歩を進めることにした。


 ちなみに原因となったゴンドさんは立ち去るときも、いまだに立ち上がる気配を見せず、顔を壁側に向けて横たわったままだった。お説教の前に夫の介抱をしたほうがいいのでは、と思わなくもないが夫婦の問題だし、そっとしておくことにした。


 シンシアさんが来た時だって一瞥して終わりだったし、家庭を持った男って大変そうだな。主にヒエラルキーの位置的に。




 二人がシンシアさんからありがたいお説教を聞いているだろう頃、俺はアルマの宿屋前に到着していた。


 教会からの道すがら、あわよくば会えないかと期待していたのだが、世の中そんな甘くはないらしい。


 アルマが帰宅していることを祈りながら、扉を開こうとドアノブに手をかけたところで背後から女性の声がかかった。


「ソウイチさん、奇遇ですね。この宿屋は、確か同じ冒険者仲間のアルマ―ティさんが住んでいるところですよね。彼女に私たちからお話があることは伝えていただけましたか?」


 振り返ると、後ろに立っていたのは無表情のディアナさんだった。あの毒を使う魔王の幹部に襲われた翌日の朝に見た表情と同じだ。


 柔和な笑みを浮かべていた時と比べると、まるで別人のようだ。顔はそっくりなのに表情一つでここまで変わるとは……。


「奇遇ですね。アルマーティには王都で活動をすることは伝えましたよ。ただ、Sランク冒険者の皆様から説明があるということを伝え忘れてまして、今から向かうところです。その後で冒険者ギルドに向かって勧誘のお返事をと思っていたんです」


「そうでしたか。であれば、結論はもう出ているということでしょうか? よろしければ先に教えていただけますか?」


 バックアップしてくれる側だし、情報は先に知りたいと思っているんだろう。準備とか色々な手続きがあるだろうし。


「みんなでよく話し合いまして、今回の王都行きは辞退することにしました」


「……なぜですか? 条件等はとても良いと思いますが」


「そうですね。とても魅力的な提案だったのですが、やはり自分たちの力だけで上を目指していこうという考えになったんです。助力を得られる機会は、二度とないとはわかっているんですけどね」


「……そうですか。残念です」


 残念と言っていながら表情はまったく変わっていない。が、声の感じからして本当に残念に思ってくれているだろうことは感じ取れた。


「あ、思い出しました。アルマーティさんはダークエルフですよね? さきほど歩いている姿を見かけたのですが、もしお探しならその場所までご案内しましょうか?」


「え、本当ですか?! ぜひ、お願いします!!」


 渡りに船とはこういうことか。ディアナさんが通りがかってくれなかったら、また空振りに終わるところだった。

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