嘘
ぶつぶつと願望を呟き始め、勝手に落ち込み始めた。そんなにして欲しいなら、本人に直接言えばいいのに。……言っても改善されるかはまた別の話になりそうだが。
「自己紹介がまだでしたよね。俺はソウイチと言います」
目の前でどんどん暗くなっていく姿を見かねた俺は話を変えるべく、自己紹介をすることにした。ここまで親密? に話をしていながら、お互いの名前を知らないというのも変だし。
王都の図書館ではネームプレートらしきものに「トリス」と書かれているのを見ただけで、自己紹介はまだしていなかったりする。図書館で話を聞いていた時は、そんな暇がないほどのマシンガントークだったからだ。
「おや、これは失礼。王都ではしていませんでしたか。改めまして、僕の名はトリスと言います。もうご存知だとは思いますが、司書見習いをしています。王都には一時的に行っていただけなのでこの街が拠点になります。図書館をご利用の際はよろしくお願いしますね。聞きたいことがあれば、ぜひ訪ねてきてください」
この街の図書館に行くと、一日中ずっと拘束される未来が見えた。
「……その時はよろしくお願いします。疑問だったんですけど、なんで俺のこと覚えていたんですか? この街ならいざ知らず、王都の図書館って利用者が多かったと思うんですけど」
「あの絵本を読む大人はそういませんからね。記憶に残りやすいんですよ。私の好きな物語でもありますし」
記憶に残りやすいにも限度があると思う。あの一日だけしか会っていないのに覚えているなんてすごい記憶力だ。
もしかして、こちらの世界の人にとって俺の顔って印象に残りやすかったりするのだろうか。
「そうでしたか。確かに絵本を読む大人ってあまりいませんよね」
「絵本は子供向けに書かれた本。確かにそうですけど、大人も楽しめる本だと思っているんですよ。ストーリーはしっかりしているし、大人になってから読むと新しい発見があったり、作者の込められた想いを理解できたりして、懐かしいけれど新鮮な感じを味わえる。そうは思いませんか?」
思いませんか、と言われても読んだ事のない絵本に懐かしさは感じられないんだよな。
トリスさんはキラキラした目でこちらを見てくる。まるで同志を見つけたようなそんな瞳だ。残念ながら、そんな情熱はないので見つめられても賛同しかねる。はははと苦笑して誤魔化す。
この人、司書を目指すより評論家とかの方が向いている気がする。
「ところでさきほどから気になっていたのですが、その手に持っているのは?」
その質問はリアさんの時に経験済みなのでしてくるだろうとは思っていた。似た者同士、本当にお似合いだ。
「これは普通の本ですよ。中身は白紙ですけど」
「普通の本? 魔道具のように見えますが違いましたか」
一目でこの本を魔道具だと見抜くとは……。よくよく見てみれば装飾が魔道具っぽいと言えなくもないか。
「なぜ魔道具だとわかったんですか?」
「あ、やはりそうでしたか。巧妙に魔力漏れを隠されていたので、感知するのが難しかったのですが。僕の勘もまだまだ捨てたものではないみたいですね」
トリスさんは一人で納得し、うんうんと頷くと。
「僕は子供の頃、司書ではなく魔道具職人を目指していたんです。ですが、リアと会って本の魅力に気づきました。それからは魔道具を作るよりも本を読むことに夢中になり――」
過去に魔道具を作っていた経緯を話し出した。リアさんとの出会い話付きで。
トリスさんがアルマ特製の魔道具を一発で見抜けたのは、実際に作った経験があったからだった。エルフ特有の能力で看破した、なんてことではないらしい。少し期待していたのに、ちょっぴり残念な気持ちになった。
「すいません、トリスさん。この後用事があるので失礼しますね」
このカップルたちは、話し出すと長くなることを俺はすでに嫌というほど学んでいる。悪く思いながらも用事があるからと話を無理矢理に中断し、その場を後にした。
これからが盛り上がるところなのに、と不服そうな顔をしていても無視だ。はっきり言って、他人の惚気ほど聞いていてうんざりする話はない。相手が男だと特に。
アルマを見つけられないまま、再度教会に到着してしまった。だが、今の俺は朝の時の俺とは違う。歩いている途中で悩みの一つは解消したからだ。
もともとアルマは王都行きを反対していた。ならば、そのことを二人に伝えれば話し合いなんてしなくてもエルストに残ることになる。アルマが来ない理由は魔道具の調整で忙しく手が離せないため、伝言を預かってきたで誤魔化せるだろう。
もう一つの懸念事項である魔王側への勧誘について、いまだに名案が出ていないのはつらいことだが後で考えればいい。重要なのは今を乗り切ることだ。
目の前にいる不機嫌そうなアルミラに弁明を行わなくてはならない。
「ソウイチ、アルマが来ていないみたいだけど、どうかしたの?」
教会内で使われていない部屋を借り、みんなで話し合いをする。それが昨日三人で決めたことだ。
だが、今この部屋――大きい円卓と椅子が配置されていて、四人で座っても狭くない程度の個室――には俺、アルミラ、ミリカの三人しかいない。
「それとも、アルマに伝えるのを忘れていたの?」
魔王なんていう大物に会っていたから伝えるのを失念していた。正直に話すならこれだ。しかし、言えない。説得材料の無い状態で魔王に会ったことを口に出すのは危険すぎる。
「いや、伝えたよ。けど、今日も魔道具の調整で手が離せないみたいだから、伝言を預かってきた。アルマも王都に行くのは反対だって」
だから、しれっと嘘を吐くことにした。表情を変えずにすらすらっと言葉が出るとは我ながら恐ろしい。詐欺師の才能でもあったりして。
「そう、伝えたの。……ねえ、ソウイチは自覚しているのかしら? ソウイチが嘘を吐いたとき口元がひくひく痙攣していることを」
「え、嘘!?」
とっさに口元を触ってしまった。が、当然痙攣なんてしているはずがなく。
「……嘘よ」
簡単に見破られた。
謀ったな! 仲間を騙すとは、なんてひどいことをするんだ! ……人のことはいえないか。最初に騙そうとしたのは俺だし。




