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椅子

「理由は把握したわ。平和な日本で暮らしていた人間とは到底思えない正義感と使命感を持っているみたいね。普通はこんな話を聞かされて、即座に答えを出すなんてできないと思ったんだけれど。事前に知っていれば別でしょうが……」


 三番目の理由を聞いたときにため息を吐いていたようだが、どうやらその前の理由については素直に感心しているようだ。


 事前に話していないことを確認するために、魔王さんはアルマに視線を向けた。当然話は聞かされていないので、首を振って否定している。


「つまり、俺は常識で測れない人間ということだな!」


「……ええ、そうね。あなたに常識は通じなさそうだわ。一応聞いておきたいんだけれど、あなた本当に日本人?」


 なぜだろう。俺は褒められていたはずなのに、今の言葉に含まれた意味は百八十度別方向に感じる。


「どこからどう見ても日本人だろう。この黒髪に黒目、日本語だってわかる。それに日本の知識だってある」


「アルマから聞いた話では、随分と偏った知識のように感じられたわよ。いえ、知識というよりも煩悩? 都合よく衣服だけを溶かすスライムだとか」


 異世界なら定番のネタだと思ったんだ。決して、俺の欲望が全開だったわけじゃない。


 だから、もう呆れたような視線を向けるの止めてくれませんかね?


「はあ。まあ、いいわ。あなたの考えは分かったから。今日のところはこれでおしまい。疲れちゃったわ」


 言い終わると同時に立ち上がり、魔王さんは鏡の前に移動した。本当にこれでお話とやらは終わりのようで、今度こそ帰る雰囲気を出している。


 こちらとしては色々聞きたいことはあるのだが、別の日にした方が良さそうだ。見るからにぐったりとお疲れ気味の老体に鞭を打つほど、俺は鬼畜じゃない。


 老体で思い出した。帰られる前にどうしても聞きたいことがあったんだ。


「帰る前に質問があるんだが、いいか?」


「手短にお願いね。夜更かしは美容の天敵なのよ」


 見た目は女子高生なのだが、中身はババくさいようだ。……いや、中身は合っているか。それとも、世の女性陣は高校の時から気を遣っていたりするのだろうか。


「大丈夫、すぐに終わるから。聞きたいことというのは、魔王さん相手に敬語を使った方が良いのかということだ」


 四百年以上生きてる婆さんなんだろう? とは言わない。さっきのアルマの反応から学習した。女は年齢の話になると敏感になるからな。


「いらないわ。敬われてもいないのに、上辺だけ取り繕われても気持ち悪いだけよ。それにあなたからは使われたくないの」


 この言いようはひどい気がする。俺を指定して使われたくないとか、どういう了見だ。


 若干むすっとした頭の中で、ある可能性が浮かんだ。


 敬語を使って欲しくないということは、距離を置きたくない相手――親密になりたい相手――と解釈できる。ありえないとは思うが、もしかして。


「恋をした?」


「……はい?」


 今まで男性経験がなかったと言っていたし、胸を触られたのも初めてのはず。


「胸を触られたことから始まる恋もある?」


「――ないわよ。少なくとも私があなたに向ける感情に、恋なんてものは一切ないから安心しなさい」


「人の心の中を読まないでくれ」


「思いっきり口に出てたわよ」


 冷淡な口調でぴしゃりと言い放つ魔王さんの顔が怖い。


「どちらかというと得体の知れないものに恐怖を感じているところかしら。あなたの思考回路が全く想像できない上に行動が意味不明だから」


 実は俺って、すごい存在なのかもしれない。魔王に恐怖を感じさせるなんて普通はできないことだろう。


「あ、そうそう。確か、アルマのことを大切な仲間って言ってたわよね?」


 少し優越感に浸っていた俺を見て、嘆息した様子の魔王さんが思い出したように言った。


「それがどうかしたのか?」


「なら、他の子は? 女の子が二人いるんでしょ? その子たちも大切な仲間?」


「当然。今まで共に行動してきたんだからな」


「ふうん。胸を張って言い切れるのは立派ね。であれば、説得もできるはずよね。少なくともその子たちは私に敵意を持っているでしょう。こちら側に来させるようにあなたから話をつけなさい」


 ……やばい。俺は異世界人だからなのか、同じ日本人だからなのかは知らないが、魔王さんのことをすんなりと受け入れられた。しかし、こちらの世界で生きていた二人にはどうやって説明すれば納得させられるのか、見当がつかないぞ。


 しかも、アルミラにとって魔王さんは仇の親玉になるんじゃ。


「アルマ、お願い」


「本当にソウイチだけで説明させるんですか? 私からも話をしたほうが……」


「これぐらいのことはできて欲しいから良いのよ。さ、早く椅子を小さくさせて。ここに置きっぱなしだと不便でしょう」


 悩んでいる俺を尻目に、さっさと帰りたい雰囲気の魔王さんがアルマに指示を出していた。


 考えるのは後回しにして、二人の様子を見ているとアルマが立ち上がり、部屋に入った時から存在感を放ちまくっていた荘厳な椅子に歩み寄った。


 何をするのかと首を傾げていると、みるみるうちに椅子が小さくなっていった。


「え、どうなってるんだ?」


「言わなかったかしら? この椅子は魔道具よ。持ち運びを楽にするために大きさを変化させられるの」


「縮小化の魔法なんてあるのか」 


「逆ですよ、ソウイチ。これは小さなものを大きくするための魔法がかかっているんです」


 アルマが小さくなった――いや、元々の大きさに戻った――椅子を手の上に乗せて説明してくれた。


「あんな大きな金ぴかの椅子を作れるほど資源を無駄にできないわ」


「なら、なぜ作ったんだ? 座り心地が良いようには見えなかったが」


「魔王と言えば、高価そうな椅子に座ってるイメージが基本でしょう?」


 その知識も相当偏ってると思う。無駄にできないなら、そんなもの作ってるんじゃないと言いたい。

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