誤解
暗闇に沈んだ意識がゆっくりと浮上してきた。まどろみの中、周囲の状況を探ると、どうやらベッドに寝かせられているらしい。ゆっくり起き上がると、体にかかっていた毛布がずり落ちた。
「あら、意外と回復が早いわね。もっと寝ていると予想していたんだけど」
ぼーっとしていた意識が瞬時に覚醒し、左を向くと入室時と変わらない笑みを顔に張り付けているアルマ特製の魔道具がこちらを見ていた。
「誤解があるようだから言っておくけれど、私はアルマの作った魔道具ではないわよ? 正真正銘の日本人で、西の魔王本人なの。魔道具なのは、この椅子。ご理解いただけて?」
変わらない笑みではなかった。こちらを小馬鹿にしたような笑みだった。
もはや、その表情は作りものなどではなく、本物の人間味溢れるもので。
「……マジ?」
「大マジよ」
この受け答えができている時点で、日本人なのは確定した。こちらで「マジ?」なんて言葉は聞いた事がなかったからだ。ただ、魔王がこんな年齢であるなんて信じられない。
しばし見つめ合った後、扉付近でこの部屋に備え付けられていたであろう椅子に座っているアルマに顔を向けると、こくんと頷かれた。目の前の女子高生の言葉は真実である、と目が雄弁に物語っている。
……え、マジだったの? 魔道具の実験で男に限定していたから、てっきりそういう設定のお人形だと思っていた。
俺の聖剣で魔王を倒してやるぜ、的な?
「うーん、考え直した方がいいかしら。戦力は欲しいけれど、こんなおバカさんはいらないのよね。いえ、おバカさんは思考する頭を持っているけれど、この男にそんな頭はないか。盛っているお猿さんの方が適切かしら」
俺の顔を見ながら、悪口とため息を同時につくのは失礼だと思う。いや、最初に失礼を働いたのは俺だけど。
しかし、あの感触は……そうか、本物だったのか。
「ねえ、アルマ。友達は選んだ方が良いわよ」
「……あはは」
顔をこちらから背けて乾いた笑いをしないでくれ。それがどんな悪口よりも、一番傷つくんだから。
「さて、私がここを訪れた理由はあなたにお話しがあってのことだったんだけど……、さっきの言動からしてやめにしようかしら」
「お話、だと? 世界を滅ぼそうとしている魔王が俺になんのようだ? とか、そんなことよりもアルマは幹部を辞めたはずでは?」
「色々と誤解をしているようだから、それを解かないといけないわね」
「……誤解?」
「そう、誤解。私の言葉が信じられないなら、別にそれでもかまわないんだけど」
今まで世界を滅ぼそうとしている悪と聞いていたから、魔王は倒すべき存在と考えていた。たとえ同じ日本人であったとしても。だが、それは人から聞いた言葉でしかない。
それゆえか、正体を知って向かい合っても敵意はまったく湧き上がってこなかった。
幹部連中には色々世話になっているが、魔王本人から何かをされたことがないからなのか。それとも、日本人としての同族意識があるからなのかはわからないが。
どちらにしろ誤解とは、なんなのか。
「あなた、アルマのことはどう思っているの?」
「いきなりなんだよ」
「確認のためよ。いいから答えなさい」
「……大切な仲間だ」
質問の意図を理解できなかったが、素直な気持ちを言葉にする。そんなに長い付き合いでなくとも、これまで一緒に過ごしてきた大切な仲間だ。
「そう、だったら私の言葉ではなく、アルマのことを信じてもらえればいいわ」
「どういうことだ?」
「鈍いわね。アルマは私のことを信じているの。そして、あなたはアルマを信じている。つまり、私の言葉はアルマの言葉と同義よ。信じるに値するでしょ?」
「……一つ質問していいか? アルマはこの魔王のこと嫌いになったんじゃなかったか? 魔道具の作成依頼に嫌気が差した、と言ってた記憶があるんだが」
たしか、初めて西の森で遭遇した時にそんなことを言って、幹部を辞めているはずだ。でも、今は魔王とつながりがある。つまり、復職したのはその後……。
「それは、その……すいません。あれは嘘なんです」
あ、嘘でしたか。
「初めてソウイチを見た時に感じたんです。この人は危険なんじゃないかって。お義母さん――」
「魔王」
「――魔王さんの計画を邪魔する存在になるんじゃないかって、そう思ってたんです」
お義母さん?
アルマの言葉を遮るようにして魔王本人が言葉を被せていたが、しっかりと聞き取れた。今、アルマは目の前の少女を、確かに「お義母さん」と呼んでいた。種族に目をつぶれば、見た目年齢的にはアルマの方が年上だ。良くて姉妹くらいだろう。それなのに、お義母さん?
いやいや、今大事なのはそこではなくて、俺が危険って……。そういえば、戦闘した時にゴーレムを文字通り一蹴したな。
「つまり、邪魔な存在である俺を監視して、隙あらば寝首を掻こうとしていたということか?」
「いえ、そこまでは思ってませんでした」
良かった。隙あらば、といったが基本隙しかなかったからな。アルマがその気なら、俺は何度死んだかわからない。
「そもそも疑問だったのだけれど、なぜアルマがあんな言葉だけで絆されると簡単に信じられたの?」
「あんな言葉?」
「『魔道具の実験台になる。そして、自分の身体を研究材料として思う存分に使っていい』って言ったのでしょう? 普通、こんな言葉程度で納得して『はい、魔王の幹部やめます』なんていうことにはならないでしょう」
いや、思う存分にとまでは言ってない。
「それは……なんとも弱弱しい、普通の女の子みたいな態度だったから。嫌々従ってたのかなって、思ったんだよ。きっかけさえあれば、なんとかなるかもって思ったんだ」
アルミラの魔法で拘束された時の怯えようは、魔王の幹部であることを忘れるくらい気弱だった。
あの態度を見てしまうと、悪事から足を洗ってもらえるかなーなんて、楽観的な考えが浮かんだんだから、仕方ないだろ。
「呆れた。魔王の幹部であるから、自分の手元において、監視しておこうと考えるのが常道じゃないの? 私としてはそれで助かっていたから、良いのだけれど……。あなたに忠告しておくわ。女を見た目だけで判断しないこと。でないと、痛い目に遭うわよ」
「ご忠告どうも」
ということは、この女子高生である魔王を見た目で判断してはいけないということだな。
案外、何百年も生きているお婆さんだったりして。




