実験
ラスボスである魔王が目の前にいるというのに、焦りや恐怖は浮かんでこない。ただ驚いた、という感情しか出てこなかった。
この室内は、くつろぎの宿で寝泊まりしている俺の部屋と大差ない造形をしている。ぶっちゃけると、みすぼらしい。そんな部屋のど真ん中に、場違いなほどの荘厳な椅子が鎮座していた。
使い古された部屋とは対照的すぎて、ちぐはぐさを感じる。そこだけが切り取られた別世界のようだ。
誰がどう見ても驚く。
そして、そこに座っている少女。黒髪はディアナさんもだったが、比較にならないほど日本人であることを認識させてくれる色をしている。ショートな髪型がとてもグッドだ。
どこか懐かしい感じをしているため、当然驚く。
極め付けは黒い目。こちらの世界では、今まで見たことがなかったから、逆に新鮮な印象を与えてくれた。
もちろん驚く。
下に下にと目が動いていき、魅惑的なふとももに目が釘付けになる。白いとはいっても、病弱な白さではなく、健康的な柔らかそうな印象を受け、ぜひとも膝枕で眠りたいと思える色気を放っていた。
あの見た目でここまでの色気を放てることに、無論驚く。
なるほど。
人という生き物は驚くと脳が覚醒し、まじまじとその対象を観察してしまうらしい。言葉を失うのは、そのためか。
じろじろと見られているにもかかわらず、自称魔王の少女は先ほどから変わらない笑みを浮かべ、こちらを見つめていた。動く気配がない。
とりあえず、俺はバタンと扉を閉め、隣にいるアルマに視線を向けた。
「アルマ」
「……はい」
「もしかして、あれは魔道具か?」
「……はい、そうです」
返ってきた答えに納得し、思い浮かべていた推測が当たったことに満足した。
同じ日本人である魔王から、人種の特徴を聞いていたのだろう。今日の実験というのは、それを魔道具で再現してみせ、俺から感想を聞きたかったということに違いない。
『西の魔王』などと言っていたが、きっとあれは演出……サプライズだ。なぜなら、魔王があんな少女であるわけないのだから。
アルマのことだ。俺のためにあえて、年若き乙女のようなモデルにしてくれたに違いない。
つまり、俺から言えることはただ一つ。
「ありがとうな、俺のために」
「え……」
眼福であったのだから、感謝の言葉を伝えるだけだ。
「ソ、ソウイチは、怒らないんですか? 騙すような真似をした私を。裏切り者である私のことを……」
「騙す? 裏切る?」
動揺したのか、目を大きく開き、こちらに詰め寄ってくるアルマに面食らう。顔がとても近い。あと少し近づけば、唇が合わさってしまいそうだ。
およそ、普段の態度からは決して取らないであろう行動に困惑していると、ふいに天啓を得た。
そうか。すべてを理解した。だから、男という俺一人を指名したんだ。
「俺のためにここまでしてくれたのには感謝しかないよ。多少は驚いたけど、俺の胆力を甘く見過ぎじゃないか? これでも、魔王の幹部には遭遇しまくってるんだ。今更、この程度で取り乱したりはしないさ。それに、あの服のセンスは良いと思うぞ。俺も好きだから」
黒ニーソを着用していないだけで、怒るとでも思っていたのだろうか。確かに黒ニーソも好きだが、生足も好きだ。
「……ソウイチ」
「扉を閉めちゃったけど、中に入らせてもらうぞ。ずっと廊下で立ってるわけにもいかないからな」
「あ、はい」
呆気に取られているアルマの生返事を聞きながら、再度扉を開け、女子高生と相対する。
それにしても、精巧な造りだ。
「あら、話し合いはもう良いのかしら? もっと長くしていても良いのだけれど……」
最近の魔道具は進んでいるな。言葉を発することもできるとは恐れ入る。まあ、最近もなにも、まったく魔道具の知識は無いんだが。
だけど、ずっと笑みを浮かべ続けているのは少し不気味に思う。表情の変化はさせられないのかな。
「……? どうかしたのかしら? 私の顔に何かついていて?」
部屋の中に入り、じーっと見つめていたら、表情はそのままで首を傾げつつ、質問を投げかけてきた。その仕草がなんともあざとい。
こういったお人形を見るのは初めてなので、つい凝視してしまう。そして、疑問が浮かぶ。これは鑑賞用? それとも、実用?
確かめねばなるまい。異世界のクオリティーを!
ずかずかと歩み寄り、女子高生の目の前に移動する。
「え?」
「うん、これは確かめる必要があるな。近づいてみてわかったが、本当に生身の人間となんら変わらない外見をしている。それに実験なんだ。きちんと、アルマにも感想を言わなければいけないんだ。男の欲望を優先しているわけではなく、あくまでアルマの実験のデータのために……」
「え? え?」
「仕方がないんだ! いざ!」
自分の行いを正当化し、利き腕である右手を前に突きだした。そして……。
むにゅっ!!
そんな擬音が鳴ってきそうなほどに、俺の指は沈んでいた。ブレザーの上からでもわかるこの弾力は素晴らしい。
「生きていて良かった」
心の声が口をついて出た。
やはり、表情の変化はしない仕様なんだろう。顔は笑みを浮かべたまま、俺の手を見降ろしているだけだ。
「あの、ソウイチ、先ほどのことは……はえ?!」
背後から素っ頓狂な声が聞こえた。今まで廊下にいたアルマが入ってきて、この光景をみてあげたのだろう。いつもなら絶対に上げない奇声だ。その声に顔だけ振り向くと、先ほどの比ではないくらいに見開いた目と視線が合った。
この光景を他の女性に見られるのは、恥ずかしいな。
感触を試し終わったので、アルマに感想を報告しようと手を放そうとして……離れないことに愕然とした。それどころか、手がピアノを弾くかのように動き出してしまった。
やばい、柔らかい。俺の意思では、もうこの魔道具から逃れることができない。まさか、アルマの開発した魔道具はハニートラップの類だったのか! だから、アルマはまんまと引っかかった俺に驚いて……。
俺の思考はそこで途切れた。
薄れゆく意識の中で、最後に見た光景はこちらを無表情で見下ろす女子高生の顔だった。
なんだ、笑み以外にも表情変わるじゃん。
何をされたのか、理解する暇を与えられず俺の視界は真っ暗になった。




