痛みの共有
普段はあまり使わない頭をフル回転させていると、ぐーっと俺の腹の虫が鳴った。
そういえば、朝から……いや、昨日の夜から何も食べていない。それに魔王の幹部から再度襲撃を受けたことも報告していなかった。
アルマにも話しておきたかったが、どのみち夜に会う予定だ。その時に話せば、問題ないだろう。
宿屋近くのお食事処で昼食をとりつつ、注意喚起も含めて、二人に昨日のことを伝えた。
「また襲われたの? そんなに次々と遭遇するような相手じゃないと思うんだけど。本当、ソウイチといると常識を忘れそうになるわ。あ、ミリカ、そこに置いてある調味料とって」
「はい、どうぞ。……ソウイチに興味を持つなんて、物好きな魔王もいたものですね」
心配されるどころか、いつものことみたいに軽く流されてしまった。
食事の席で真剣な話を切り出した俺も悪いんだろうけど、もう少しこう仲間を心配してくれる素振りを見せてくれてもいいんじゃないかな。
あと、なんとか聞き取ることができたから良いもの、食べ物を口に含んだまま、喋るのはやめような、ミリカ。お行儀が悪いから。
「俺、拉致られかけたんだけど? 危うく体が麻痺している最悪の体調で、魔王との闘いに突入しそうになったんだけど?」
「しそうにはなっただけで、しなかったんでしょ?」
「まあ、そうだけど。それは結果論というか……」
「目の前に元気な本人がいるんだから、今更心配したって意味はないでしょ。過去に起こった出来事を振り返ることは大事だと思うけど、引きずっていても仕方の無いことだわ」
その通りなのだが、もう少し心配してくれたって良いじゃないか。
「……ソウイチのことは、信頼してるし」
ぼそっと呟いた程度だが、俺の耳にはばっちり届いていた。そのおかげで、さっきの言葉は心配するまでもなかった、という意味合いで言っていたのだと理解した。
突然の発言にドキッとして、少し照れくさい。
「そ、そうか。まあ、俺からすれば、魔王の幹部は雑魚同然だからな!」
「薬で体の自由を奪われて、危ないところだったんじゃなかったでしたっけ? 助かったのは、魔法が不発だったからなんでしょう? 聞いていただけですが、タロマという魔王の幹部は、決して雑魚とは言えない気がしますけど……」
食べ物を飲み込んでから話すのは良いことなんだが、できればその言葉も飲み込んでおいて欲しかった。
「こほん……そうだよな、引きずっていても仕方のないことだよな。嫌な思いをしたから、心が荒んでたみたいだ。ありがとな。この年になってあんな体験をしちまったけど、引きずらないことにするよ。すぱっと忘れることにする」
「別に忘れろ、なんて言ってないわよ。覚えておくことも大事なことなんだから」
アルミラが発した説得力のある言葉が胸に響く。でも、あの体験だけは忘れたい過去なんだ。
「聞きたいんですけど、ソウイチはどんな体験をしたんですか? 心が荒むほどとは、よっぽどの体験をしたのでしょうが、敵は転移したっきりで戻ってこなかったはずですよね。そのあとは、ずっと地面にうつ伏せになって寝ていたと……あ」
いつもならアルミラの方が勘は鋭いのに、今回に関してはミリカの方が先に気づいたようだ。俺がどんな体験をしたのかを。
やばい、自分よりも年下の女子に知られるのが、こんなにも恥ずかしいだなんて思ってもみなかった。
「体を動かせないのはつらいですよね。いい年して、あんな体験はつらいですよね。すいません、野暮なことを聞いてしまいました」
なんだ、すごい同情的な視線を向けられたぞ。しかも、苦しみを分かちあえる仲間を見つけたような優しい声音で……。
思い出してみれば、俺たちとパーティーを組む前のミリカって、魔法を一発使っただけで体が動かなくなってたんだよな。本人曰く、一日中。つまり、そこから導き出される解答は。
「そうか。俺たちは同じ傷を負ったことのある者同士だったんだな。今だからこそ、わかった。あの体験を経た今だからこそ、ミリカの真の苦しみを理解できた気がするよ」
「わかってくれたんですね、あの苦しみを。あの羞恥の感情を。理解者がいる、ただそれだけで私は救われた気がします」
お互いに心の涙を流しながら、痛みを分かり合える。
仲間とは、かくも偉大な存在なんだな。
「ねえ、さっきからなんの話をしているの? ソウイチがした体験って、なんだったの?」
「アルミラ、それ以上のことは聞かないであげてください。言った瞬間、人として大切ななにかを失ってしまいかねません」
俺の心は確実に成長した。一度折れかけた分、より強くなったと実感できる。
「ありがとうな」
「いきなりどうしたのよ。二人とも」
アルミラの困惑した声が、お昼で賑わってきた食堂の喧騒の中に消えていった。
はてな顔をしているのは最もだと思う。けど、ごめんな、今だけはこの感傷に浸っていたいんだ。




