有名人
俺はSランク冒険者から勧誘される、というのが他の冒険者にとってどれだけ羨ましいことなのかを理解していなかった。いや、羨ましいというのは分かっていたつもりだった。ただ、認識が少し甘かったというだけで。
朝の時間帯ということもあり、冒険者ギルドはそれはもう混雑していた。外から覗いた限り、クエストを受けたり、同じ冒険者同士で情報収集をしていたり、皆一様に忙しそうだった。
昨日流れた噂のせいで、話しかけてくる人が中にはいるかなと身構えていたりしたのだが、杞憂に終わりそうだ。これなら気づかれることもないだろうと高を括り、扉を開けると。
ぐるん。
一斉に顔がこちらを向いた。
いや、怖ぇーよ。ホラーかよ。自分たちの仕事やってろよ。
と思ったのも束の間、むさい男冒険者たちに即座に囲まれ、質問攻めの嵐になった。あれよあれよという間に中央に移動させられ、逃げ道を塞がれた。しかも、異様に距離が近い。
男に群がられるとか、どこの地獄だ。
なぜか女が一人もいない。どういうことなの。普通、こういう場面って女性に囲まれて、妬んだ男たちに舌打ちされ、天国と地獄を楽しむイベントじゃないのか?
質問内容も専らディアナさん関連とか、お前ら好きすぎだろう。普通の質問内容であるどこで知り合った、どういった経緯で王都に誘われたのかを聞いてくるやつもいたが、そんなのは少数派だ。
俺が野太い男たちの集団に絡まれている一方、別方向から黄色い声が聞こえてきた。アルミラとミリカの名前が微かに聞こえることから、あいつらも来たのだろう。
いいなあ、俺と場所交換してくれないかな。男よりも女に囲まれたいのだ。
欲望全開の思考の中、俺はある結論に達した。
同じパーティーメンバーに女性がいれば、男に集まるよりもまずはそっちにいくのが普通だ。
「静まれ、馬鹿ども!!」
朝から賑やかなギルド内に男――ギルドマスターの声が大音量で響き渡った。
外に繋がる扉が閉まっている状態での一喝は効いた。耳を抑えて蹲る人が続出し、気絶している人もいる。声を増幅する魔法を使ったようだが、室内でやると大惨事だな。
「ったく、朝から何やってんだ。あと、アルミラ、ミリカ、ソウイチの三人はギルドマスター室に来い! 話がある!」
言い終わると同時にバタンと扉が閉まる音が響き渡った。
今回の一番の被害者は受付嬢たち……だと思ったら、ちゃっかりこの騒ぎに乗じてたようだ。
女性側に、ほんわかさんや指定の制服を着ている人がちらほら倒れてるのが見える。カウンター席に座ってるのは、気の弱そうな中年の男性だけ。苦労してそうだ。
「ソウイチも来ていたのね。まったく、ギルドに入ったと同時に囲まれたのには驚いたわ。気持ちはわからないでもないけど。そもそも私は直接言われたわけじゃないのに」
「昨日の今日でこんなに噂が広まっているとは……。少し前の私だったら喜んでいたんでしょうけど、有名になる必要が無くなった途端にこれ、というのも皮肉なものです」
よろよろしながら、こちらに歩いてきた二人が口々に愚痴っていた。
「よう、昨日は悪かったな。喫茶店に向かえないで」
「別に良いわよ。ポイズンバタフライの体液を浴びたんじゃ仕方ないもの」
なんで知ってるんだ、と疑問に思った俺にミリカが補足する。
「ダレンさんから聞きましたよ。あの臭いはつらいものがありますし、仕方ないです」
ミリカが聞いていたのか。本当はそれ以外の理由もあったんだが……魔王の幹部については、後で話せばいいか。
「そういえば、アルマはどうしたんだ? 一緒じゃなかったのか?」
「アルマは魔道具の調整があるとかで、宿に引きこもるって言ってました。あ、それとソウイチに伝言です。新作の魔道具を試したいから、本日の夜に宿まで来て欲しいとのことです」
この騒ぎなら、宿に引きこもってた方がいいかもな。
「了解。……ちなみに、どんな魔道具を試すって?」
「さあ、そこまでは聞いてませんでした。男性であるソウイチじゃないと効果がわからない、としか」
まさかのアルマルート突入か! いつの間にフラグが立ったのか不明だが、これはもう確定だろ!
「うわ、ソウイチの顔が段々と気持ち悪くなってきてる。きっと、ろくな想像してないわ」
「……」
失礼な。あと、ミリカ。何も言わないでじーっと見つめるのはやめてくれ。目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、その目はきつい。
「さ、さあ、ギルドマスターを待たせちゃいけない。ここはギルド員に任せて、俺たちは二階に行こうぜ」
「はあ、それもそうね。一応、言っておくけどアルマの表情からして、普通に魔道具の実験だけだと思うわよ」
「翌日にアルマがパーティーを抜けたいなんて言ってきたら、最上級魔法を五発撃ちこみますからね」
お、男なんだから、女性の寝室に招かれるという淡いシチュエーションに多少の期待を持っても仕方ないだろう。しかも、夜に限定だぞ。これで期待しない男なんているか? いや、いない。
女性陣からの冷たい視線を背中に浴びながら、ギルドマスター室の扉をノックする。扉の向こう側から入室許可の返事を待ち、開けるとSランク冒険者の面々が俺たちを迎えてくれた。
当然、ディアナさんもいるのだが、今朝見た雰囲気とは違い、柔和な笑みを浮かべていた。あの時は機嫌でも悪かったのだろうか。
「やあ、ソウイチ君。昨日の昇級試験についての結果ともう耳に入っていると思うけど、勧誘のお話をしたい。座って話そうか」
真面目な顔をしたダレンがそう促した。
その顔に俺は少し不安を抱いた。初めて見るような顔だったからなのか定かではない。けれど、漠然とした予感を感じ取った。
俺を一心に見る目、それは獲物を前にしているようなそんな目つきだ。
こいつ、まさかとは思うが……俺を狙っているのか!
握手会の時、再昇級試験の時、この男はなぜか俺に優しかった。そして、女装趣味に理解があるとも言っている。それは、すなわち……。
すべての点と点が結び合い、至った結論に背筋が凍った。




