消臭
魔王の幹部にこっぴどくやられ、やっとの思いで街の門までたどり着くと前方から声がかかった。
「止まれ! 身分を証明するものを……って、有名人様じゃねーか」
そこには、この街を初めて訪れた時に俺の検閲を担当した青年がいた。まだ、朝早くで交代はしていない時間のせいか、青年の目は明らかに眠そうだった。
「有名人?」
「おう、Sランク冒険者の方直々に昇級試験を担当しただけじゃなくて、一緒に王都で活動しようって誘われてるんだろ? 昨日の夕方くらいから、この街はその噂で持ちきりだ」
街の外にいたから、そんな噂は初耳だ。いや、本人には一切そんな話は来てませんけど?
「今だから言うけどな、お前さんを初めて見た時から確信してたんだぜ? 将来、何か大きなことを成し遂げるんじゃないかってな」
「……そうですか」
「なんだ、そんな暗い顔をして、怪我でもしてるのか? どうした……うぐ!?」
距離が離れていたからか、今まで臭いは届いていなかったようだ。
色々と表現のできない感じに仕上がってしまったこの体は、もはや戦略兵器クラスの威力を発揮しているかもしれない。それゆえに、眠たそうな目で近づいてきた衛兵の青年は一定の距離まで近づくとカッと擬音でもつきそうなほどに目を見開き、頬を引きつらせてじりじりと後退を始めている。
ごめんなさい、こんなものを発していて。俺の鼻は麻痺薬の効果なのか、単純に臭いに慣れてしまったのか、何も感じないのだ。
「お前、すごい臭いだな。ポイズンバタフライの体液でも服に着いたのか? 待ってろ、今消臭剤を持ってくるから」
そう言うと、門の中にある詰所まで走って行った青年は、緑っぽい液体の入った霧吹きのような器具を持って来た。
「これ吹きかければ多少は良くなるはずだ。にしても、Sランク冒険者に勧誘されたんだから、魔物の知識を兼ね備えているものだと思ってたがそうでもないのか? 普通、あの魔物と戦う際にはいらない布を持って行くか、遠距離から攻撃するものだぞ」
徹夜をしたテンションだと気分が高揚したりするが、そんなノリで笑いながら、シュッシュと消臭剤を吹きかけてくれる。
優しさが身に染みる。
「……すいません、ご迷惑をかけて」
一人寂しく身動きのとれない夜を星空の元で明かし、街に入っても鼻つまみ者として避けられると覚悟していたのだ。
これが人のぬくもりか。
「良いって、良いって。ポイズンバタフライに限らず、森から帰って来る奴らにもかけてたりするんだからよ。それにそんなんじゃ街の中歩けないだろ?」
なんて、良い人なんだろう。俺が女だったら絶対に惚れているところだ。……たとえ、病原菌を駆除するかのように霧吹きをかけられていたとしても。
「よし、これくらいで良いだろう。臭いは消えただろうけど、さっさと帰って着替えることをお勧めするぜ」
「はい、ありがとうございました」
噂について聞きたいことはあったが、まずはこの体をなんとかしなくてはいけない。それに街の噂レベルに広まっているのなら、ギルドでも聞けるだろうと考え、俺はさっさと宿に戻るべく、街の中に向かって歩き出した。
消臭効果のおかげと朝早くで通りを歩く人が少なかったこともあり、被害は最小限で済んだ……と思いたい。なお、俺の心は未だささくれだっている。あの魔王の幹部に対する恨みは根深いのだ。
今度会った時はコテンパンに仕返ししてやる。あ、でも体を乗っ取っていた場合が面倒くさいな。対策はアルマに聞くとしよう。
どうやって倒そうかと考えながら宿に向かって歩いていると、ちょうど曲がり角から出てきた人にぶつかりそうになってしまった。
「あ、すいません。考え事してまして……」
「いえ、こちらこそ……ソウイチさん?」
まさか、こんなところでSランク冒険者のディアナさんと出会うことになるとは思ってもみなかった。曲がり角でばったりとか、これは運命を感じる。
って、危ないところだった。運命を感じてる場合じゃない。臭いが消えてるとはいえ、着替えてはいないこんな状態で女性にぶつかりでもしたら事だ。良かった、ぶつからないで。危うくトラウマを植え付けるところだった。
「だ、大丈夫でしたか? どこか接触したりとか……」
「大丈夫でしたよ。お気遣いありがとうございます」
礼儀正しいお辞儀をしてくれるディアナさん。黒髪が綺麗だ。
あ、そうだ。今のうちに昨日の噂について聞いてみよう。
「あの、昨日の噂の件なんですが……」
「はい、ソウイチさんのことはダレンから聞いております。Dランクの冒険者でありながら身体能力が優れ、伸びしろのある将来有望な男性だと。ですので、王都で一緒に活動しないかと勧誘すると言ってました。本日、ソウイチさんが冒険者ギルドを訪れた際に伝えることになっていたのですが、どこからか情報が洩れていたようですね」
「……そうだったんですか」
なんだ? ディアナさんの表情に違和感がある。……あまりにも無表情過ぎるというか。
顔に注目しすぎて、返事がおざなりになってしまった。
「すいませんが、続きはまたギルドで。用事がありますので」
「あ、はい」
すれ違い様に残り香でもかげるかなと思っていたが、まだ鼻は痺れているせいで歩いていく姿を見送ることしかできない。
出会った時も思ったが、厚着すぎて体の凹凸を拝めないのが残念だ。
「はっ。見惚れてる場合じゃない。宿に向かわないと」
一時はどうなることかと思ったが、無事に清い体にすることができた。衛兵さんには本当感謝だな。
綺麗さっぱりとなったことで冒険者ギルドを目指し、歩きながらふと思い出す。パーティーメンバーは俺が襲撃を受けたのを知らないということを。
試験が終わったら、喫茶店に集合するはずだった。しかし、いつまで待っても俺が帰ってこない。すると、三人は心配して俺を探す行動に移るだろう。
連絡手段が無かったとはいえ、大事な仲間に心配をかけてしまった。集まったら昨日のことを報告しないといけないな。




