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魔王の幹部、再び

 ポイズンバタフライの体液を浴びた俺は異臭を放ちながら、エルストまでの道のりをとぼとぼと歩いていた。


 鱗粉を浴びず、毒消しのポーションを使わずに済んだのは良かったが、服に染み付いた臭いは強烈でこのまま街に入ったら、一種のテロレベルである。


 まさか、あんな飛び散り方をするとは予想外にもほどがあった。全身がぬめーっとしていて、非常に気持ち悪い。


「うわっ、臭っ!!」


 すいません、臭くて。……うん?


 あまりにもひどい悪臭に道を歩いていた人から苦情の声が届いた。心の中で謝り、前方から歩いてきているであろうその人物をちらっと見ると。


「メイド?」


 まだ、エルストの街には入っておらず、西の森に繋がる道中である。そこになぜか、メイド服を着た女性が目の前で立っていた。鼻を親指と人差し指でつまんで。


「……超、臭い。この臭いはポイズンバタフライの体液? 臭いフェチだとしてもありえない。気持ち悪いわ。これだから、男は嫌いなのよ」


 紫の髪をした人を見るのはシンシアさん以来だ。しかし、その色は対照的でシンシアさんが温かみのある感じとするならば、このメイドさんの色は攻撃的なもの、毒のような色である。しかも、初対面のはずなのに現在進行形でぼろくそに罵られまくっているので、よりその印象を与えてくる。


 確かに悪臭を放っていると思うが、ここまで言われる筋合いはないと思う。


 このままだと俺の心が折れそうだったので、歩幅を大きくしてメイドさんを避けるように迂回し、門を目指そうとしたのだが。


「ちょっと! 何で逃げるのよ! 待ちなさい!」


 追い抜かした瞬間、呼び止められた。臭いっていうから、さっさと離れようとしたのに用事でもあるのだろうか。


 俺は歩みを止め、振り返った。


「ちょっと! 止まるなら、止まる前に言いなさいよ! 臭くて、近づきたくないんだから!」


 ひどい言われ様である。


 後を追うようにして歩いたのだろう、長めのくせ毛が揺れていた。目つきが鋭くておっかないが、よく見てみると整った顔をしている。


「ねえ、私のこと覚えてないの?」


 こんな場面でなければ、新手の逆ナンかと期待に心を躍らせる台詞だ。相対している女性が、一定の距離を保ち、鼻を摘まんで眉間に皺を作っていなければ、だが。


「すいませんね、こんな街の外をうろついているようなメイドさんに心当たりはないもので! 自分とあなたは初対面のはずですよ!」


「はあ? これだから記憶力の無い人間は嫌いなのよ。それと、異性を意識したいのなら口調も優し気の方が良いと思うわよ? 女性に対して語気を荒げるなんて、紳士失格じゃないかしら?」


 大きなお世話である。こんな口調になった原因は目の前のあんただよ。


「あんな屈辱的なことをされたのに、当の本人が忘れてるだとか。少し、イライラしてきたわね。ご主人様には連れてこいと言われたけれど、この場で殺してしまおうかしら」


「……殺す、とか物騒な単語が聞こえてきたんですが?」


 声をかけてきたと思ったら、今度は勝手にイライラし始め、あまつさえ殺すとか情緒不安定にもほどがある。


「ふん、あのお貴族様と一緒にこの街に来たメイドはさすがに覚えてるでしょ? あの殺人的な料理を作るお貴族様よ」


 メイド……まさか、タロマとかいう西の魔王の幹部が乗り移ってるのか! この街って魔王城から近いというわけじゃないんだよな? エンカウント率高すぎません?


「その顔は思い出したようね。私のご主人様があなたに興味を持ったの。不本意ながら一緒に来てもらうわよ」


「ご主人様っていうのは、魔王のことか? なんで、俺を……」


「知らないわ。私はあなたみたいな男に興味無いもの」


 うわー、淡泊な返答。


「質問したいことがある」


「却下」


「その体はまた乗っ取ったのか?」


「却下って言ったでしょ? この体のことよりあなたは自分の身を案じた方が良いんじゃないの? 今から魔王城に招待され、この世界で最強の存在であるご主人様に謁見するのよ? 五体満足で帰れると思わないことね」


 くそ、乗っ取った体だと直接攻撃をするわけにはいかないし、かといってこのまま街まで逃げてこいつが追いかけてきた場合、面倒なことになる。Sランク冒険者がいるとはいえ、応援を頼みにいくのに住人に被害が及ばないとも限らない。


 とりあえず、時間を稼ぐしかないか。


「一緒に来てもらうって言ってたけど、どうやって魔王城まで行くんだ? ここから歩いていくのは、現実的と思えないんだが……」


「誰が徒歩で移動するって言ったのよ。転移の魔法で連れて行くの。あと、もう少しで魔力が練り終わるから待ってなさい」


 時間が稼げない。こうなったら、来た道を戻って、西の森で撒くしか……。


 と考えた時だった。突然、俺の体がぐらりと傾き、前のめりに倒れそうになった。咄嗟に片膝をついて倒れるのを防ぐことに成功はしたものの、いきなりの事態に焦りを感じる。


「いったい、これ……は、なに……」


 段々と呂律まで回らなくなってきた。何だ、これ! 一体、何が……。


「やっと、効いてきたのね。本当にあなたの体はどうなっているのかしら。前回の毒も効きが悪かったし、今回だって抵抗されたくなかったから、即効性のある麻痺薬を使ったのにすぐに効果が出ないし」


 麻痺薬! 体の筋肉が弛緩しているということか! まずい、俺にとっての最大の武器が封じられた!


 気合で顔を上に向け、無駄だとわかっていもタロマを睨みつける。だが、俺の精一杯の抵抗もどこ吹く風で、受け流していた。


「まあ、その疑問も魔王城で判明するのかしら。ご主人様はあなたの正体に気づかれたご様子でしたし」


 正体……同じ日本人ということか?


「さてと、やっと魔力を練り終わることができた。自分だけの転移なら、簡単なのに他人もとなるとそこそこ時間がかかるのがこの魔法の欠点ね。だからこそ、動きを止めたんだけど」


 ここで運よく、誰か助けにこないものか。日頃の行いは良いはずなんだけどな。


「助けを求めても無駄よ。この周辺には、人払いの結界があるから。仮に結界を抜けたとしても、空気中には麻痺薬がばらまかれてるから、助けにはならないと思うけれど」


 麻痺薬は空気中に散布するタイプか。だから、鼻を摘まんでいたのか? ……そんなわけないか。


「準備も整ったし、さっさとしちゃいましょうか。……スペリオ・ランク・テレポート!」


 タロマが魔法名を唱えた瞬間、辺りを眩い閃光が覆った。あまりの眩しさに目を閉じる。


 ああ、俺の冒険はここまでか。


 閃光が止み、目を開けると、そこには天にまでそびえ立つどす黒いオーラを放つ魔王城が……。


「……?」


 あるわけではなく、魔法が発動する前のなんら変わらない風景が広がっていた。いや、タロマの姿がない。片膝をつくこともできないほどに力が抜けた俺は地面に倒れ込み、顔を横に向けると見慣れた草木が見えた。


 エルストの街と西の森をつなぐ道路と同じにしか見えないが、魔王城の庭園だとか、そんな場所だったりするのだろうか。


 立ち上がって周囲を歩き、確認したいところだが動けない。声を上げることもできず、俺はただ地面に寝そべっていることしかできないのだ。


 もしかして、不発に終わったのか? それとも、俺には転移の魔法が作用しなかった?


 どちらにせよ、助かった。仲間もいない状況で、ろくな情報を得ていない魔王に挑むのは無謀を通り越して自殺志願者だ。ましてや、今は状態異常中。勝機は全く無い。


 とりあえず、喜んでおこう。


 ………………………………、えーっと、俺はいつまでこの地面で寝ていればいいんだろう。


 喜んだのも束の間、今度は別のピンチが俺を襲った。


 麻痺薬の効果はどれくらいで消えるのかな? ぬめーっとしたこの体、早く洗いたいんだけど。あと、ちょっと下腹部に不安が。……待って、嫌だよ。こんな状態で一晩過ごすのは地獄すぎるよ。だ、誰か、お助けを! 


 夕日に照らされながら、声には出せない悲鳴を心の中で上げた。




 結局、俺は街に帰ることは叶わず、ましてやぬめーっとした気持ち悪い体を洗うこともできず、うつ伏せのまま一晩を過ごすことになった。


 体が快復したのは朝日が昇ってきたくらいだったが、心に負った傷は深く、さすがは魔王の幹部と言えよう。


 体と心を引きずり、消えない異臭を放ちながら、まだ地平線から出たばかりの眩しい太陽に向かって歩き出す。


 俺の冒険は、今から始まる!

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