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再昇級試験

「さて、それでは試験を開始するよ。僕は後からついていくだけで、基本は何も手だししないから頑張ってね。それと戦闘になった際にはこちらのことは気にせず、自分のことにだけ集中してもらえればいいから。あと、魔道具を使う際にはどんなものを使うか、事前に確認させてもらえないかな? どういう理由で使うのか知りたいからね」


 西の森に入る手前で、ダレンさんから昇級試験についての注意事項を伝えられた。前回と同じ内容かと思ったが、魔道具の使用申請は言われていなかったことを思い出す。


 普通のギルド員とSランク冒険者の違い、ということだろう。ならば、この場で言ってしまおう。


「はい、わかりました」


 周囲を探り、魔物の気配が無いことを確認する。俺の体質的に大丈夫だと思うが、念のためだ。


 俺はリフェルの店で買っておいた魔道具と数種類のポーションを、ベルトに吊るしておいた小さな巾着袋から取り出し、地面に並べる。


 この巾着袋はポーションを買った際に、おまけとしてもらったものだ。頑丈であり、ベルトに結び付けることができるので、重宝している。……しているのだが、この色はどうにかならなかったのか。本人曰く、ピンク色に染色するのがとても大変だったらしい。しかもハートマークとか刺繍してあるのは、おまけとしては凝りすぎだろう。


「ふむふむ、用意は万端のようだね。毒消しに口当て、保護用の目薬、一通りのものは揃っている。……この容器の中身はなんだい?」


「それは、ポイズンバタフライが好む花の蜜で作られた液体です。これで引き寄せようかと考えてます」


「そんなことをしなくても、普通に遭遇すると思うけれど。この森には生息数が少ないのかい?」


「いえ、そういうことはないと思います。自分の体質の問題なので」


「体質? ……ああ、なるほど。そういうことか」

 

 最初は顎に手を当てて、考えている仕草をしていたが、何かを思い出したように理解の色を示してくれた。きっと、ギルドマスターあたりから聞いていたのだろう。


「あと、これは聞くべきなのか迷うが、これは……何に使うんだい?」


 巾着袋の奥から出てきたものを指差しながら問いかけてきた。少し頬が引き攣ってる気がする。


「それについては、今回の試験では使いませんので、説明は省かせてください」


「そ、そうかい……? あー、僕はそういう趣味があったとしても軽蔑とかはしないから。知人にもそういう人はいるし、理解はある方だと思う。水色のフリル付きとか、かわいいんじゃないかな?」


「ち、違いますから! このリボンは、俺が着けるものじゃないですから!」


 誤解しないでください。これは俺が着けるものじゃないんです。それに理解があると言っておきながら、目を逸らすのはやめてください。


「そ、そうだよね……あはは」


 俺に女装趣味は断じてない! 無理矢理買わされただけだ!


 説明は終わったので、出していたものを巾着袋に戻し、俺たちは西の森へと歩を進ませた。


 嫌なことは、早々に切り上げるべし。


 木々の間をしばらく歩いていく。その間は当然他の魔物には遭遇しないし、視界に入ることすらない。


「話には聞いていたけれど、本当に遭遇しない。魔法を使ったような気配も魔道具を使っているようにも見えないし、不思議だ」


 俺に話しかけているのか、独り言なのか判断に迷う。一応、こんな状態でも試験中なので私語は慎んだ方が良いのだろうが、緊張感のきの字すら出てこない状況だからな。


 あー、隣にいるのがディアナさんなら、積極的にアプローチしようと思うのに。


 そのまま、何も話すことがなく無言で目的の場所までたどり着いた。目的の場所とは名ばかりで、実際にはあるものを探していただけである。


「なるほど、ポイズンバタフライの羽化した後に残った蛹を探していたのか。生態もきちんと勉強しているようだね」


 そう、俺が探していたのは抜け殻である。この魔物は蛹になる場所を、必ず木の根元にするのだ。そして、羽化したところからはそんなに遠くまで活動範囲を広げない。


 ここにさっきの液体を撒いて、遠くで待機していれば向こうから近づいてくるはずだ。


「準備完了したので、離れて待機します」


「了解だよ。ただ、この蛹からして相当大きそうな個体だ。討伐する際は注意した方がいいかもしれない。確認なんだけど、君は本当に素手で戦うのかい?」


「はい、武器が使えないので」


「そうか、わかった。君の実力を見せてもらうよ」


 俺が明るい風を装いながら苦笑して言うと、ダレンは頷いた後に怖いくらい真面目な顔でそう答えていた。


 ……なんだろう、想定していたリアクションと違う。驚くとかしてもらえると思っていたのだが、淡々と真面目な顔で納得されると拍子抜けしてしまう。


 目視ができるぎりぎりまで遠ざかり、目標の獲物がくるのを待つ。今のうちに鱗粉対策の口当てを装備し、保護用の目薬を両目に使っておく。


 こんな時ではあるが、装備を万端にし、魔物と戦うというシチュエーションに感動を覚える。他の冒険者の話だと、準備に準備を重ねてから魔物に挑むのが普通らしい。今までそういった場面に出くわしたことがなかったので、新鮮な気持ちである。これで武器とかあれば、完璧だった。できれば、特注サイズのハエ叩きが欲しいところだ。




 長いこと待っているはずだが、獲物の姿どころか影や羽音すら聞こえてこない。


 おかしい。きちんとリフェルに聞いて、ポイズンバタフライの好む液体を買ったはずだ。聞いた話によると、効果はすぐ表れるはずで、こんなに待つなんて言われなかった。


「ソウイチ君。あの液体の効果はどれくらいで現れるんだい?」


「すぐっていう話だったんですけど……」


 待ち切れなくなったのか、ダレンさんが聞いてきた。


「うーん。……本当は駄目なんだけど、異例なことだし、ハイドの魔法をかけてあげようか?」


「え、良いんですか?」


「ギルドマスターからは、僕の裁量で決めていいと言われてるからね」


 だったら、最初からそうして欲しかった、というのは通用しないんだろうな。この体質だって、話に聞いたくらいでは信じられないだろうし。


 ダレンさんに気配を消す魔法である、ハイドの魔法をかけてもらった。これから先、この魔法は俺にとっては必須だな。


 そして、予想を上回る光景が繰り広げられた。ハイドの魔法がかかった瞬間、どこからともなく先ほどの液体を撒いた場所にポイズンバタフライが群がり、遠くにいて本当に良かったと思うほど、すごい気持ち悪い風景となった。


 日の光に反射しているのか、周囲がキラキラ輝いている中には口当てをしているとしても飛び込みたくない。


「いやはや、すごい光景だね」


 ダレンさんがどこか楽しそうな口調で呟いているのを横で聞きながら、討伐するのはもう少し勢いが弱まってからにしようと決めた。あの液体の効果、強すぎるだろ。


 最後の一体になった頃合いを見て、駆け寄ると同時に飛び蹴りを入れて、俺の昇級試験は終わった。


「……うん、文句なしの合格だよ。ギルドマスターには報告しておくから、安心してね。遅くなっちゃったみたいだし、今日はそのまま宿に帰っていいから」


 俺から距離を取りながら、ダレンさんは試験の結果を伝え、終わったと同時に足早にこの場を去っていった。


 嬉しいと思う余裕はなく、ただただポイズンバタフライの体液は臭いという感想しか出てこない。


 運悪く、服に体液が付着してしまった今の気分は最悪である。

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