憧れ
魔道具店で買い物をした次の日。再度、冒険者ランクの昇級試験を受けることになっていた俺とミリカはギルドへ行く道中で偶然顔を会わせたのだが、
「あ、ソウイチ。今日は頑張りましょうね……」
背後に黒いオーラを展開しているのかと錯覚するほど、どよーんと暗い雰囲気に包まれ、話す言葉にも元気が無い。
どうやら、良い案は思い浮かばなかったらしい。
「全く覇気のない状態で言われても、頑張れる気がしないぞ。今日の試験、大丈夫か?」
「……問題ありませんよ。冒険者たるものどんな状態でも依頼をこなさないといけないときはあります。気分で延期してもらうなんて自分勝手なことはできませんし、試験開始の時には気持ちを切り替えてみせます」
「お、おう。それなら良いんだけど……。昨日、あの後一体何があったんだよ」
このまま試験を迎えても気分なんて切り替えられないだろうと思い、せめて気持ちを吐き出せば少しでも快復するかと心配して尋ねてみれば、
「それを待ってました! 聞いてください、ソウイチ! 師匠ってば、たかが花瓶を割ったくらいで――」
ばっと顔を上げ、堰を切ったように話し始めた。
「確かに壊してしまったのはいけないことです。ですが、花瓶を直そうとする姿勢は褒めてくれても良いと思うんですよ。結局直す方法は思いつかなかったんですけど、新しくほぼ同じ柄の花瓶を買ったんですから良いじゃないですか。そうしたら……そのことも怒られました」
……シンシアさんとしては、壊したことを素直に言って欲しかったんだと思うぞ。
「朝からそんなに騒いでどうしたの?」
「何かあったんですか?」
ミリカの話を聞いていたら、いつの間にかギルド前まで歩いてきていたらしい。出入口前で俺たちを待ってくれていたのだろう、二人から声をかけられた。
「いえ、大したことではないですよ。今日の試験でお互い昇級できるように励まし合っていたんです。ですよね、ソウイチ」
「……ああ、うん、そうだな」
「ミリカなら問題ないでしょ。さっさと昇級してきちゃいなさい」
「そうです、終わったら打ち上げをしましょう。昨日、街中を歩いていたら美味しそうな料理のお店を見つけたんです」
両手を胸の前で合わせ、にこやかに言ってくれるのは大変目の保養になってありがたい。幻が見えなくとも服を押し上げている、ほど良いくらいの双丘がぷるんと揺れたアルマには感謝するとして……。
「アルミラさん、俺は?」
なぜ俺だけ名前が呼ばれなかったのかは、言うまでもなく合格するのを確信している故なのだろうが、一応聞いておきたい。除け者にされると寂しいんだよ。
「……魔物に会えれば楽勝でしょ。原則としてギルドの昇級試験では、第三者の協力を禁ずるってあったから私の魔法は使えないけど、大丈夫なのよね?」
「大丈夫、その点に関しては対策済みだ」
「そう、なら良かったわ。ソウイチのことだから注意事項を読まず、試験前になって頼み込んでくるのかと若干心配だったの」
ゲームをやるときは説明書を読まずに挑む派の俺だが、こういった真面目な試験の場合は前もって聞いておくようにしている。前回の時は注意事項があるなんてこと自体知らなかったが、今回は大丈夫だ。
「じゃ、私とアルマはあそこの喫茶店にいるから終わったら声かけてね」
アルミラの指差した方向には、俺もよく利用している喫茶店があった。ギルドの中にも飲食ができるスペースはあるのだが、結構がっつり系のメニューが多い。その反面、軽食を取るには最適の場所で、あそこの一押しであるコーヒーみたいな黒い飲み物が癖になる美味しさなのだ。
「……? ギルドで待ってれば良いと思いますが」
「え!? えーっと、今日はあそこでお茶したい気分なのよ。ね、アルマ」
「そ、そうですね! このギルド内はちょっと……」
二人とも、どうやらあの喫茶店の魅力を熟知しているようだ。足早に向かっていく姿からは、待ちきれないという感情が伝わってくる。
「今日のアルミラは様子がいつもと違う気がしますね」
「気のせいだろう。きっと、あの喫茶店の一押しを飲みたかったに違いない。さ、俺たちも昇級試験を終わらせに行こうぜ」
「え、あの黒い飲み物ですか? 苦過ぎて、とてもではありませんが飲めるようなものではないと思いますが」
ふふん、あれの魅力がわからないとは、ミリカもまだまだお子ちゃまのようだな。
話もそこそこにギルドの扉を開くと。
「な、何だ?」
「すごい人だかりですね。この人たちも私たちと同じ再試験を受ける人たちでしょうか」
朝のギルドは混雑している。その理由として、大抵の冒険者は危険な夜には活動しないため、朝のうちにクエストを受け、日没前までには確実に終わらせられるようにするからだ。
だが、本日の混雑具合はいつもの比じゃない。
まさか、またギルド行事か、と身構えるも雰囲気的に違う気がする。なぜか子供からご老人までいるし、ここに集まっている人たちは皆何かに期待しているような感じだ。
「周囲の声を聞く限り、どうやらSランクの冒険者パーティーが来ているみたいですね。突然の来訪だったみたいですけど、一目見ようと皆集まっているのでしょう」
「Sランク冒険者ってのは、そんなに注目されるのか」
「当たり前ですよ。冒険者の中でも頂点に位置する実力を持った人たちですからね」
ふーん、という感想しか出てこないのは俺が異世界人だからか。
ギルド内を見渡すと、まるでライブ会場にでも来てしまったかのような熱気がある。この中を進んで受付まで行くのは少しどころか、とても遠慮したい気持ちになってしまう。だが、俺たちは昇級試験を受けないといけないわけで……。
「困ったな、どうす――」
「お待たせしました、私たちのためにお集りくださったこの街の方々! これから握手会を行いますので、順番に列になって並んでください! なお、お一人様千ルドになります!」
隣にいるミリカにどうするか声をかけようとした瞬間、男性の大きな声が奥から響いてきた。その声が終わるとギルド内にいた人たちが列を作るように動き出す。
「な、何だ? 握手会?」
「一種の願掛けみたいなものですね。強い人に握手をしてもらうことで、自分も強くなれるようにという意味合いでしょう。Sランク冒険者はみんなの憧れですから」
「憧れという存在なら、握手なんて無償でやってやれば良いんじゃないか?」
「ソウイチ、世の中そんなに甘くないんです。Sランク冒険者といえど、人間。この世界にいる限り、お金は必要になります。たとえクエストをこなせば大金が手に入るとしても、稼げるものは何だって利用するんです」
世知辛いな、みんなの憧れ様は……。




