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フェロモン

「おー、金づるが来たな。何かを買うまで、この店から出て行くなよ」


「いらっしゃい、とか言ってくれないんですか? 一応お客のつもりなんですけど。というより、買うのを強要するのは……」


「男ならそんなケチ臭いこと言ってると、女性に嫌われるぞ? 大金持ってるなら、パーッと使っちまえ」


 エルストの武器屋に入ったと同時に、店主であるグレースさんが俺のことを目敏く見つけ、およそお客に言わないであろう台詞を放って来た。


 ……いや、これはケチなのか?


 言うや否や、いつものように読書を始めてしまった店主。


「今日も恋愛の本か……」


「……」


「よ、よーし、さっさと選びに行こう」 


 王都から帰ってきて、早々に武器屋を訪ねたのには理由がある。


 先日の事件で実感したのだ。パーティーメンバーであるみんなが強くなっていく一方、自分だけあまり成長していないと。


 アルミラは魔力の流れを可視化できるようになり、コントロールが一段と増した。ミリカは装備を新調し、一日のうちで使える魔法が増えた。アルマは今回の事件で一番活躍したし、反則的な魔法を使える。対して俺には、力が強いくらいしかない。


 このままでは活躍の場が……もとい、派手さが……とにかく、このままではいけない気がする。


 そして、帰りの馬車で揺られながら考えた末、武器を使えるようになれば強くなれるという確信的な発想を得たのだ。


 問題は、武器というものを一度も使ったことがないというくらいだが、これだけ大量にあれば一つくらい扱えそうなものはあるだろう。


 陳列されている武器群を見渡すと同時に湧き上がってくる不安感を気のせいだと打ち消し、見回ることにする。


 前回来た時よりも品揃えが増えており、武器が棚にずらっと並んでいる。


「いざ!!」




「……駄目だ。俺が使えそうな武器は無いな」


 主に技量的な意味で、使えそうな武器が無いことにがっくりと肩を落とす。


 アルミラにパーティーを組んでもらう際、武器を選んでもらうのを条件にしたが、今なら武器選びが終わってもパーティーを抜けるなんてことは言わないだろう。約束をしているので、買う時は選んでもらおうとは思っているが、武器種だけでも絞り込もうと考え……無理であることを悟った。


「あれ、有名人になったソウイチじゃん。今日は一人なの?」


 一人肩を落としていると、誰かが声をかけてきた。そちらの方を見ると獣人であるサラだった。今日も頭の上にある犬の耳がぴょこんと出ていて、可愛らしい。


 それにしても、有名人? ……ああ、魔王の幹部を倒したからか。


「お、久しぶりだな。見ての通り一人だよ。そういうサラも一人か?」


「うん、私も一人。ソウイチが一人でいるのは珍しいね。いつもはパーティーメンバーの誰かしらと一緒にいるのに」


 にやけ顔でそんなことを言ってくるサラ。俺って、周囲からそんな認識だったのか。


「言っておくが、いつもいるわけじゃないからな、一人でいるときもあるぞ。そこだけは訂正させてもらう。それはそうと、サラはどうしたんだ?」


「今日は武器の新調だね。ランクも上がったし、そろそろ替えようかなって思って」


 へー、武器の新調か。……武器屋だし、そうだよな。


「そういえば、サラの使ってる武器って……」


「私はこれを使ってるよ。ほい」


 目の前に出されたのは、一目で使い古されたと感じるダガーだった。使い古されたといっても汚いというわけではない、むしろ綺麗で大事に使われているのだろう。なんというか、年季が入ったものが纏う独特なオーラを感じた。


 俺の見立てだと、冒険者になった頃からお世話になっている武器で、五年は使っている気がする。


「いやー、力任せに使っちゃってね。買ってからまだ五日しか経ってないけど、この通り」


 そう言って、刃の部分を見せてくれる。素人の俺でも使えないということがすぐにわかった。


「……欠けたのか」


 刃を見ると、真ん中当たりが半円を描いたように消失している。


「やっぱり、安物を買うべきじゃなかったね。修理代も結構な額でさ。なら、いっそのこと買い替えちゃおうかなって。どうしたの? 顔を逸らして」


「……いや、何でもない」


 己の審美眼が機能していないことに少し落ち込んでいると。


「大丈夫? 体調でも悪くなった?」


 体調が悪くなったのかと、心配したサラが窺うように下から覗き込んできた。その時のふわっとした風が、鼻腔をくすぐり。


「あ、いい匂い」


「ええっ?!」


 つい、本音が漏れてしまった。


 これでは変態扱いされてしまう。ご、誤魔化さなくては……。


「そういえば、王都でもこんなことがあったような……。サラは香水とか使ってるのか?」


「冒険者の私にそんな高価なもの、買える余裕はないよ! そもそも、獣人に香水は匂いがきついから、普通は使わないよ!」


 俺の問題発言と同時にさっと離れて、一定の距離を保ったままだ。


 この距離はつらい。


「いや、違うんだ。いや、いい匂いなのは違わないけど。王都で獣人の女性から香水みたいな香りが漂ってきたから、サラもそうなのかと……」


「……獣人の女性から?」


 警戒気味に聞いてくる姿から、獣人にとって匂いは恥ずかしがるポイントのようだ。よほど恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしている。


 いい匂いなら、別に良いんじゃ……って、これはセクハラになるのか?


「もしかして、フェロモンを使われたの? モテるんだね、ソウイチ」


「フェロモン?」


「種族によっては、異性を惑わすためにフェロモンを使うの。発情期には、それで相手を見つけるんだよ」


 発情期……だと!? そ、それって……。あの時がそうだったのか? 全く気付かなかった。でも、惑わされなかったよな。


「ソウイチの表情からして、フェロモンを自在に操れる人だったみたいだね。発情期じゃなくても、使える人はいるらしいよ。私は会ったことないけど、国の諜報部とかにはいるって話だし。中にはフェロモンで相手を完全に虜にして、操ることもできるみたい」


 ハニートラップってやつか。ひょっとすると、俺は危なかったのか?


「全く、人は見かけによらないね。ソウイチって、もしかして女性の匂いに過剰に反応する人?」


「俺にそんなフェチは無い」


「ふぇち?」


「そんな趣味は無いってこと。至って普通だ」


 未だに距離を取られている。そんなに恥ずかしかったのだろうか。


「店の中で乳繰り合わないでくれー。やるなら、他行け。読書の邪魔だー」


 どうやら、店内には俺たちしかいないようで、会話が丸聞こえだったみたいだ。カウンターの方から、グレースさんのそんな声が聞こえてきた。


 ……少し、恥ずかしいな。

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