ミリカの過去
この部屋内と空にある魔法陣は、さっき触媒を壊した際に両方とも光が弱まったことから連動していると予測を立て、どうやれば消せるのかと真面目に考えている俺の横をゆっくりとした歩きでミリカが前の方へ進んでいく。
その歩きから戦うという意志は感じられず、どうしたのかと疑問の眼差しを背中に向ける。
「お久しぶりですね、バーテルさん。十年ぶりくらいでしょうか。私のことを覚えてますか?」
そういえば、会わなければいけない男がいるって言ってたな。
言葉遣いは柔らかいが、声音からして再開を喜んでいるというわけではなさそうだ。
ミリカが話している間に、アルマたちと相談して魔法陣を消す方法を模索しておくか。話を聞くのは後からでもできるが、人の命は失ったら取り戻せないし。
「……記憶にないですね」
本当に覚えていないのか、顎に右手を添えて首を傾げるバーテルという男。
「そうですか。名前を言えば思い出しますか? 私はミリカといいます。あなたに付けられた名前ですよ」
「え?!」
……は、はあ?! あのパーテルとかいうのが、ミリカの名付け親?!
その言葉を聞き、驚いたという風を装って不自然にならない程度にアルマの隣まで移動する。カンナさんまで驚きの声を上げていたのは意外だったが、似てねえなこの親子と思ったからだろう。俺も思ったし。
「……ああ、思い出しました。確かに思い出しましたよ。まさか、まだ生きているとは思ってませんでした。お元気そうですね。あれから体も成長しているみたいですし、もしや魔法を使いこなせるようになったんですか?」
芝居がかった風に手を打つその姿と、何よりもその言葉に苛立ちを覚える。
自分の子供にそんな言葉を使う親がいるとは思ってなかった。
「ええ、なりましたよ。私からも質問したいんですけど」
「君の両親のことかい? 昔からそればっかりだね。まあ、頃合いかな。精神も少しは成長しているだろうし、暴走することも無いだろう」
バーテルという男が、ミリカの父親では無いことに少し安堵を覚えた。
真実を打ち明けるかどうか悩んでいる様子から、今のうちに相談してしまおうと判断した俺は顔を前に固定したまま、アルマに話しかける。
「アルマ、ちょっと良いか?」
「え?」
このタイミングで話しかけてくるの? という意味合いを含んでいる返事をされたが、ふざけているわけではなく大事な話なんだ。
「あの魔法陣を消すには、バラバラに配置された石を壊せば良いのか?」
「え、えーっと、魔力回路が複雑で見ただけでは判断がつかないです。近くに寄って調べられれば別なんですけど」
話をしている最中に壊してしまおうと考えていたんだが、そんな簡単にはいかないらしい。なら、あいつらを早めに倒そうと考えているとバーテルから言葉が放たれた。
「君に両親はいない」
「え?」
「なぜ、そんな顔をする。君の記憶はあの部屋からだったろう? それ以前の記憶はないはずだ。おかしいと思わなかったのかい?」
驚愕の事実が発覚してしまった。ミリカに両親がいない? それって、どういうことだ。この世に産まれるというのは、親がいるからこそだろう。現に俺だって……。あれ、親の顔を思い出せない。というか、親の記憶が無い。
どういうことだ?
「ミリカ、君は人工的に造り出された人間なんだよ。最初で最後の成功にして、失敗作だ」
言葉を失って立ちすくんでいるミリカに励ましの言葉をかけてやりたいが、俺も混乱してきた。自分の出生がわからない。
「ふざけないで! 誰が失敗作よ! 大切な仲間に対して、そんな言葉は許せないわ!」
アルミラの声が部屋中に響き渡った。
「失敗作には違いないんだよ。造った当初、魔法を使った後の反動が大きすぎて一か月は動けない状態になっていたんだからね。これでは兵器失格だ」
「兵器? ふざけないでください! ミリカは普通の女の子です!」
普段、大きな声を出さないアルマが珍しく声を荒げていた。
「確かに性別は女だろうね。でも、大切な仲間なら普通ではないことに気づいているんじゃないかい? どんな属性の魔法でも使うことができ、詠唱がいらない。魔力の保有量も桁違いに多い。これが普通かい? 欠点さえ無ければ量産して、各国に売りさばくことができただろう。現実はそんなに甘く無かったけどね」
「そんなことをして何になる。国同士で戦争でも起こさせるつもりか?」
「その通りだよ、カンナ女史。戦争を起こして、この世界に負の感情をばらまく。それこそが目的達成に必要なことなんだ。神の創造という目的に!」
バーテルが両手を広げ、高らかに宣言しているその姿に狂気を感じる。周りにいる三人は無表情のまま聞いているが、それがかえって不気味さを際立たせる。
狂信者の考えそのものだな。さっきまで混乱していたけど、こんなやばい演説を聞いてたらそんな暇はないことに気づいた。にしても、この話どこかで聞いたような?
「だから、これはそのために必要な研究なんだよ。王都にいる人間の命まではこの魔法陣では取らないから安心したまえ。魔力欠乏症にはなるだろうけどね」
命まで取らないと言ってはいたが、どこまで信用できるかわかったものじゃない。
それにこのままだと、絶対ろくでもないことになるだろう。
「アルマ、こちらで気を引くから魔法陣の方を頼んでも良いか?」
「わかりました!」
俺はアルマにそう伝え、ミリカの隣まで歩く。特に妨害は入らなかったため、すんなりとミリカの隣に立つことができた。
ミリカは顔を俯かせているため、表情を窺うことができない。こういう時何て言ったらいいか迷ったが、ただ一言。
「寂しかったら、俺のこと父親だと思って良いからな」
大不評だった。
ミリカが俺に向けた顔は微妙になっていたし、アルミラからは空気を読めと叱責が飛び、アルマにはため息を吐かれ、カンナさんとリカさんからは「それは無いんじゃないかな」という呟きをもらった。相手側も俺の発言にポカーンとしている様子だ。
背伸びをしようとすると、こうなるよな。




