◆8◆ お金を出せばあなたに会える
失恋から三年、勝手に恋して勝手に失恋したけれど、このアキバで働いている蒼さんを見つけてから、やっぱり諦めきれていないんだと実感した。
この男装カフェで働いている限り、お金を出せば堂々と話しかけられるんだ。あの女の人にも、蒼さん本人にも、誰にも気を使うことなく一緒にいられる。高校生の私には自由に仕えるお金は限られていたけれど、遠慮なく会うことが許されるのなら、少ないお小遣いを費やすことなんて容易いことだった。
あの女の人が彼女であれ、私には関係ない。だって私はお客さんだもん。
最初はそうやって自分に言い聞かせていたけれど、蒼さんの笑顔を見る度にむなしさだけが増えていった。
今だってそう、あの女の人が彼女だと知ってしまったのは今日ではない、もう三年も前に分かっていたことなのに、鎌を掛けて蒼さんから真実を聞き出そうとして、結局むなしくなってしまったのだから。
バカだなぁ私……。最近見かけなかった影に、チャンスが来たとでも思っていたのかなぁ。蒼さんが痩せたのは、あの彼女さんがいなくなったからなのかと勘ぐって自爆してるし……。
見ているだけで幸せだったのに、一緒にいるだけで幸せだったのに、お金で時間を買ってでも話していたかっただけなのに……。
「蒼さん、私ね、あの人が恋人だって知ってたんだ。いつも見てたから……。名前も知ってる、茜さんっていうんでしょ?」
「……何で知ってるの?」
「よく電話しながら歩いてたでしょ? 蒼さんは気付いてなかったと思うけど、何回も見かけたんだよ? その度に聞こえてきたのが茜って名前だったもん。あの人の名前なんだなーって思ったよ。素敵な名前だよね、茜さんって。綺麗な夕焼けみたいな名前……。綺麗なあの人にぴったりだし、蒼さんともお揃いな名前じゃない?」
「お揃い……?」
「うん。澄んだ蒼い空と、夕焼けの茜色の空。お似合いだなーって覚えてたんだ。私は蒼さんとなぁーんにもお揃いがないけど、そう考えると茜さんは運命の相手だよね」
「藍ちゃんとだってお揃いはあるじゃない? 学校嫌いだったし、スカートも嫌いだったよ?」
「蒼さんと出会ってからはスカート嫌じゃなくなったよ? 女の子は誰でもかわいい服を着るべきだって、蒼さんが教えてくれたんだもん。このキャミだって、蒼さんに褒めてほしくて買ったんだ!」
褒めてほしかったからだけじゃない。スカートを穿いて、髪を伸ばして、かわいくしていればあの人のようになれるかもしれないって、心のどこかで思っていたから。そんな風にはなれないのに、そうしたら、女の子らしくしていたら、いつか蒼さんがこっちを向いてくれるかもしれないって希望を捨てきれなかったんだ。叶うわけがないのに……。
「似合ってるよ。藍ちゃんはかわいい」
「あれぇ? 蒼さんにしては珍しくお世辞言ってくれるじゃん? お世辞でも、蒼さんに言ってもらえるなら嬉しいなー」
「お世辞じゃないよ。藍ちゃんには女の子らしい服がよく似合う。三年前にも言った気がするけどなぁ」
「言ってない言ってない! 当時の蒼さんもお世辞が下手だったもん!」
「そうかなぁ?」
そうだとしても、そうではないとしても、今この瞬間に言ってくれたことが嬉しくて仕方ないよ。その愛おしい声でかわいいと言ってくれることが、この三年間の私を慰めてくれるんだ……。
「藍ちゃんとぼくは、もう一つお揃いがあるじゃない?」
「え? 何?」
「ぼくが蒼い空なら、藍ちゃんは藍色の空だよ?」
「……藍色の空なんてどんよりしてて綺麗じゃないよ。どうせなら綺麗な空の名前がよかったなぁ」
「どんよりじゃないよ。藍色は綺麗な夜空、星がいっぱい輝けるのは綺麗な藍色だからだと思わない?」
「……」
まったく、この人は……。こんなに屈託のない笑顔を見せられたら……。
「く、くさかったかな……? ごめん、忘れて! 恥ずかしくなってきたっ!」
「くさくなんかないよ! 蒼さんとお揃い、だね! 藍色の空かぁ……」
「や、やっぱり忘れてっ! あぁ恥ずかしい……」
ほら、またそうやって右上を向く……。きっと次の言葉を考えてるんだ。分かりやすいくせに、不意打ちで私をドキドキさせる天才なんだから……。
だからあなたのことを好きでいてしまう。またここで会いたいと思ってしまう。
だから、今日も私はアキバ女子!
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
前後半でバランス悪くなりましたが、無事に完結まで書けて一安心です(^^;)
これにこりず精進して参りますので、今後とも芝井流歌をよろしくお願い致しますm(_ _)m