◆6◆ 女子力と女らしさは別の物
「ありがとう。おかげで早く治りそうだよ。湿布までは思いつかなかったな。かわいいバンソーコーまで持ってたし、俗に言う女子力高いってやつだね」
「持ち物だけ女子力高くても、何の特にもなりませんよ。所詮、女の子は見た目の女子力だと思います」
「そうかな……? ぼくには充分女の子らしく見えるけど」
「そ、そんなに煽てても、もう何もできませんよ?」
「あ……」
照れる私を放置し、お兄さんは何かを思い出したように立ち上がり、キッチンまで行くと、冷蔵庫からヨーグルトを二つ手に取って戻ってきた。
もしかして、それ私に?
「ごめんね、こんな物しかなくて何も御礼できないけど」
「いいんですか? やったー! いただきまーす!」
遠慮よりもヨーグルトが勝ったのだから仕方がない。お兄さんも自分用をテーブルに置くと、ベッドの上にある時計を見ながら言った。
「今朝食べようと思ってたんだけど、寝坊したから食べ損ねたんだ。でももう完璧に遅刻だから、ゆっくり食べようと思ってさ」
「おいしい! でも、いいんですか? 私ももらっちゃって。っていうか、もう食べてますけど」
「うん、大丈夫。それより、時間の方は大丈夫? もう九時半だけど」
「いいんです。今から行っても先生に怒られるし、お家帰ってもママに怒られるし……。あーぁ、お兄さんは一人暮らしでいいなー。サボって帰ってきても、誰にも怒られないんだもん」
「まぁ……、ぼくだって怒られる人はいるよ。まだ高校入ってから、先生に注意されてない日はないしね。中学の時と違って、高校は単位も成績も取らなきゃ進級できないから、もっと真面目にならないといけないんだけど」
「お兄さんは学校嫌いって言ってたけど、どこが嫌いなんですか? 高校って進級のこととか考えなきゃいけなくて大変そうだけど、自転車通学してもいいし、バイトだってできるし、お兄さんの高校は制服だってないじゃないですか。中学に比べてずっと自由で楽しそうだけどなぁ……」
「どこが嫌いか、かぁ。そうだなぁ……。中学も高校もそうだけど、学校自体という組織がみんなと同じでなきゃいけないとか、普通じゃなきゃいけないとか、変な括りがあるところかなぁ? 苦手なんだよ、団体行動もコミュニケーションも」
みんなと同じでなきゃいけない……。私と同じことを考えてる人がいたんだ! 学校が嫌いという共通点だけではなくて、理由も同じだなんて、これはやはり運命なんじゃない?
「私も! 私もそう思うんです! 何で女子はみんなスカートを穿かなきゃいけないんですかね? 私みたいな、似合わない人のことも考えてほしいですよ! 何で制服なんかあるんだろう? 世の中は絶対二種類じゃないのに、みんな二分割したがりますよね?」
「うん、そうだね」
「やっぱり? やっぱりそう思います? 嬉しいなぁ、お兄さんみたいな素敵な人に共感してもらえて!」
お兄さんはヨーグルトを食べかけてスプーンを置くと、天井を見上げながら少し黙った。何だろう?私、変なこと言った? しゃべりすぎた?
さっさと食べ終わってしまった私もスプーンを置くと、その音に反応したのか、一瞬こちらを見てからまた右上の方を観た。気になって同じ方を見るけど、そこには青いカーテンが掛かっているレールくらいしかない。一体何を見てるの?
「あの……、私また変なこと言いました? それともまだ痛みます?」
「あぁ、ごめん。ちょっと考え事してただけだよ。手当してくれたし、今はもうそんなに痛まないから大丈夫」
「そうですか……。あの、聞いていいですか?」
「うん? 何?」
「包帯のこと……」
聞いてもよかったのかダメだったのかは、お兄さんの表情を見たら一目瞭然だった。あ、明らかに聞かれたくなかったんだって顔……! この人分かりやすすぎる。すぐ顔に出るタイプなんだな……。
だとすれば、聞いてしまったことは訂正できないから、せめて撤回はしておこう。
「すいません! お兄さんが言いたくないなら、聞かなかったことにしてください!」
「……あの、お兄さんじゃないんだよね……」
「へ?」
「それと、骨折とかしてるわけじゃなくて、曝しだよ。分かる?」
「……いえ」
言いたくないなら言わなくていいと訂正しておきながら、やっぱり気にはなる。そんな私の表情を察したのか、お兄さんは遠回しな言葉を選んでいる様子。
気まずそうに首をかしげ、苦笑いを浮かべながらやっと口にしたのは、出会ってからこの時間までを塗り替えられるかのような言葉だった。
「だからさ、男じゃないんだよ。男装……してるだけなんだよね……」
男装……って何? 男装ってアレ? 女の人が男の人みたいな恰好してるやつ? 女の人が男の……。
えぇっ! お、女ーぁ?