◆3◆ 腐っても乙女
……嘘? 蒼さんて、嘘とかお世辞をこんなにストレートに言う人だっけ? 少なくとも、私の知ってる蒼さんには無理なことだけど……。
じゃあ、じゃあ何? 私と話してくれる為に、本当に来てくれたってこと? なのに帰る宣言した私に、本当に帰るのかと聞き直してくれてるってこと? 「もう帰っちゃうの?」なんて……、言われてみたかった台詞ベストテンの上位なんですけど……! あわよくば、もう一度ちゃんと聞きたいんですけどーっ!
「か、帰ってほしくないなら……か、考えるけど?」
「……もうちょっとだけいない? 少し話そうよ。でも藍ちゃんが帰りたいなら、無理にとは言わないけど……」
「む、無理じゃない! 話すもん! 蒼さんと話したくて来たんだもん、帰らないっ!」
恋の駆け引きとは、きっとこんな風に難しいものなんだろうな。押しすぎてもダメ、引きすぎてもダメ。特にこういう嘘が下手なタイプは、鎌をかけるだけ無駄なんだろうなぁ……。
お互い、自分の発言に恥ずかしくなって、ちょっとだけ目を逸らした。何この初デートみたいな空気……。私はお金で蒼さんの時間を買ってる客、そして蒼さんは買われてる店員なんだから、何も恥ずかしいことないじゃない。会いたくて来てるんだから、話したいと思うことを恥じることないんだ!
「……うん、じゃあ話そう。ごめんね、お待たせして」
「ううん、いいの。待っていたかったから待ってたんだもん。ちゃんと話に来てくれて嬉しい!」
「よかった。オーダー作り間違えちゃったりしてさ、余計に時間使わせちゃったから申し訳なくて……。あぁ、コーヒーゼリーはお題いらないからね。むしろ藍ちゃんが食べてくれて無駄にならなかったし」
「お、おいしかったよ? 普通においしかったよ?」
「え? ……うん」
別に、普通って強調しなくてもよかったじゃない。「蒼さんの味がどうのこうのなんて変な妄想してません」って言ってるようなものでしょ。また気まずくなっちゃったし……。
あぁ、ダメだ! 横で跪かれてると、なまじ空いた距離で顔が見えてしまう。いやいや、私は見ていたいけど、お互いすぐ顔に出るから、ちょっとしたことでも気になってしまう。
私はモタレテいたソファーに少しだけずれて座り直し、空いた座面をポンポンと勢いよく叩いた。他のお客さんを見る限り、真横に座ってもらった方が、正面から表情を窺われなくて済みそうだったから。
何も言わない私にちょっと困ったのか、蒼さんはチラッとカウンターの方を見て、何も言わずに隣に座った。やっぱり強引すぎたかなぁ。困らせてるかなぁ。他のお客さんの動きとか気にしてるみたいだし。
それにしても、いい香りぃ。清潔感溢れる、洗濯洗剤の香り……。あんなに忙しそうに動き回っていたのに、汗一つかいてないってすごい。この瞬間、この香りを独り占め出来ているのは、私だけ……!
「蒼さん、あんなに忙しそうだったのに、全然汗かいてないね。暑くないの? 私なら汗ダクになるよー。外もめっちゃ暑かったし」
「あー、ぼくはあんまり汗かかないかもなぁ。エアコンも得意じゃないし、暑がりではないのかも。藍ちゃんは? 昨日もキャミソールだけだったけど、エアコン大丈夫?」
「覚えててくれたの? 今日のもオキニなんだけど、昨日のもかわいかったでしょ?」
「さすがのぼくも、昨日のことくらいは覚えてるって。うん、かわいかった……と思う」
「やっぱり覚えてないんじゃーん! いーよいーよ、無理におだてようとしてくれなくて! 蒼さんは下手にしゃべるとボロが出るから」
「あっ、でも、キャミソールだったのは覚えてるよ? 寒くないかなーって思ってたし」
だから、それがボロだっつーの。かわいかったから覚えてたんじゃなくて、寒そうだから覚えてたんでしょ! 本当にこの人は、乙女心を何だと思ってるの? 仮にも女子高生なんだけど?
まぁ、寒そうだから覚えてたにしても、ちゃんと私を気使って見ててくれたみたいだから、今回は許しちゃうけど。
「お肉があるから寒くないの。蒼さんは痩せてるから、いかにも寒がりっぽいよねー。ほんと、長袖のワイシャツなのに、腕細いなぁって分かるもん。いーなー、私も細くなりたーい!」
「藍ちゃんは太ってないよ。高校生って、もっと健康的でもいいと思うけどなぁ」
「お年頃なのー! この夏休みにキャミ着ようと努力したんだからねっ! これ以上ポチャらないように、お菓子とか控えてるし、一応頑張ってるんだよー? 蒼さんは太らないから分からない悩みだろうけどさぁ」
「痩せてるって言うけど、そこまでガリガリじゃないよ? ほら……」
ほらって腕出されても……、細いんですけど? 本当に嫌味のない天然なんだから。
それと、この腕を私に触れと? 鼻血を出して貧血で倒れろと? 倒れたらその後、介抱してくれるんですか? それはそれでおいしいけど、意識ないのに介抱してもらっても、記憶に残らないじゃない。いや、記憶に残らなくても、膝枕等々されて、蒼さんのいい香りとか付いたら……、うん! それはおいしい!
あわわっダメダメ! 触る前から鼻血出しそうだから、これ以上考えちゃダメっ! おかしな奴と思われないように、変態と思われないように、何気なーくさりげなーく……。興奮なんてしてませんよーって振る舞うのよ、藍!
「そ、そう? やっぱり細いよ、羨ましーなー。女の敵ーぃ」
「そうかなぁ? 高校卒業してからちょっとだけ痩せたかもしれないけど、昔からこんな感じだったから分かんないや」
あーっ! 引っ込めないでー! このまま触れていたいけど、でももうそろそろ鼻血が出そうだから諦めるか……。
高校卒業してから? 言われてみれば確かに……。でも、それって……。
「それって、彼女さんに監視されなくなったから?」
「え……」
ほーら、顔色変わった。そうなんだ……。やっぱりあの人、彼女だったんじゃん……。
少しはしらばっくれてくれればいいのに、マジ顔で固まってるし、本当にこの人は……。わざわざ客として来てる私の気持ちなんて、何も分かってないんだ。
「それとも、寂しいから?」
「……そんなんじゃないよ」
あぁ、行っちゃう。せっかく話に来てくれたのに、行かないで?
分かってる、今のは意地悪言った私が悪い。でもね蒼さん、分かってくれない蒼さんも悪いんだよ?
私がアキバに通ってる理由、少しは考えてよね! この鈍感!