◆2◆ 変態さんはコーヒーゼリーがお好き
所詮、店員と客、しかもリップサービスもお世辞も苦手な人、そのハスキー掛かった声で甘い言葉を要求したところで、叶うわけでもない。せめて、せめて客でいる間は、夢を見せてくれてもいいのになぁ……。
「藍ちゃん、好き?」
「えっ! わわわわ私っ? そ、そりゃ、すすすすすす……。え、何? やだーぁ、突然何を言わすのっ?」
「あっ、急に話しかけてごめん。好きじゃなかった?」
「えぇええ? え、いや、だから……」
「間違えて作っちゃって。コーヒーゼリー……」
「コーヒーゼ……」
二人の間には、生クリームのたっぷり乗ったコーヒーゼリーが艶めいていた。一瞬それに目をやると、熱くなった顔が更に火照っていくのを感じた。
何を聞かれてると思ってたの? 何を答えようとしてたの? は、恥ずかしいーっ! 今顔見られたら、絶対不審に思われる! いくら鈍感そうな蒼さんでも、こんな真っ赤な顔見られたら変な奴だって思われちゃうー!
「お客さんに生クリームなしでって言われたのに、間違えちゃってさ、よかったらこれ……」
「たたたた食べる、食べる! 蒼さんが作った物なら何でも食べるから、置いといてっ!」
「……ありがと。ごめんね、じゃあまた後で」
「う、うん!」
不自然に俯く私を、不自然だと思ったのか思ってないのか、テーブルにそっとコーヒーゼリーを乗せると、蒼さんの姿は遠ざかって行った。
まだ顔が熱い……。みんなの楽しそうな声が聞こえる中で、一人俯く私って、ものすごく滑稽じゃない? 怪しいよね?
テーブルにちょこんと置かれたコーヒーゼリーが、店内のライトを映してつるつると輝いて見える。蒼さんが作った……いや、正確にはトッピングしただけだろうけど、とにかく作って来てくれたスイーツ。それを言ったらドリンクだって、いつも蒼さんが作って来てくれるのに、なぜか、なぜかこのスイーツが、「ぼくの味がするよ。食べて?」と言っている気がしてドキドキする……。
耳の中で反芻する「好き?」という言葉が、どういうわけか「これ、ぼくの気持ち……。分かるよね?食べてくれる?」と変換されて仕方がない! アレ、アレなの? 腐女子特有の脳内変換ってやつ? 都合のいいように妄想出来る、最強の必殺技ってやつ?
ううん、落ち着け私! これは他のお客さんのオーダーを、間違えて作ったウエスト品で、処分に困ったから私にもって来ただけ。そう、心を込めて私に作って来てくれたわけではない。言わば残飯係り、ううん、ゴミな私に与えられたゴミ処理仕事。私の胃袋なんて、ダストシュートも同然、蒼さんのご要望とあらば何でも放り込める、果てしない洞窟! これはきっと「間違えたのが店長にバレたら、ぼくが怒られるんだからさっさと処理しとけよ!」というご命令なんだ。そう、きっとそう! 都合のいい脳内変換なんて、後で気付いた現実に引き殺されるだけ。「あーれーっ!」って飛んでって、ピカーンって見えなくなるくらいの衝撃を受けるだけなんだ。だから妄想で解釈しちゃダメ!
……ちょっと待って? 私をダストシュート同然に思っているなら、わざわざ好きかどうかなんて聞く? それこそ、ホールに運ぶリスクを抱えるよりも、店長にバレないようにポイすればいいじゃない? 本物のゴミ箱に入れちゃえば、この器を下げる手間もかからないし、第一、私が好きではないと答えたら、また厨房に戻す羽目になるじゃない。そんな面倒な……。
え、じゃあ何? これはやっぱり、私の為に持って来てくれたってこと? 「どうしよう、間違えちゃった」からの? 「そうだ、ウエストするくらいなら藍ちゃんに食べてもらおう!」からの? 「コーヒーゼリー、食べれるかなぁ?」からの? 「好き?」……なのーっ?
待って待って待って! それって、仕事中にも関わらず、忙しいにも関わらず、間違えて焦ってるにも関わらず、私のことをチラリとでも考えてくれてたってことーっ?
どどどどうしよう! 手汗がものすごくて、スカートがびしょびしょになりそうなんだけど! こんな手じゃスプーンも器もベタベタになって、いざ下げに来た時に「何これ、キモッ」とか思われちゃうじゃない! あぁ、いやいや、蒼さんはそんなはしたない言葉は使わないだろうけど、「何これ、河童が触った?」とか思われて、河童疑惑掛けられるかもしれないじゃない!
でも、早く食べないとぬるくなっちゃうし、せっかく持って来てくれたのに食べないのかと不快にさせちゃうかもしれない。た、食べなきゃ、食べなきゃ。蒼さんが作ったスイーツ、食べなきゃ……。
「い、いただきまーす……」
ガヤガヤしている店内で、わざと誰にも聞こえないように一口目の挨拶をする。だって、有難いお気使いなんだから、黙って食すわけにいかないし、一礼をして拝まずにはいられなかったんだもん。
甘い……。ホイップクリーム、こんなにおいしいのに食べれない人いるの? かわいそうにすらなる。あ、でも、そういう人もいてくれないと、今回のイベントが発生しなかったんだから、食べれない人に感謝しなきゃね。ゼリーがビターだから、甘いクリームと一緒に食べるとちょうどいい! ぷるぷるの食感も満足度高い! おいしいよー、蒼さーん!
いつもカフェモカだけすすっているけど、たまにはスイーツもいいなぁ。蒼さんが作ってくれるなら、いっそ手間暇掛かるメニューにしようかなぁ。あ、でも、その分接客してくれる時間が減るのか。悩むなぁ……。
いや、どうせ作ってもらうなら、蒼さんの手がたくさん触れたメニューの方がお得なんでは……? スイーツ以外のいい香りがするかもしれないし、関節……。いやいや、それはない、それはない! そんなことばかり考える私、変態だよね? キモオタだよね? メイド喫茶でハスハスしてるおっさんのこと、キモいなんて言える立場ではないよね。
あぁ、でも幸せな味がする。くっついたゼリーを舐め取るふりして、銜えたスプーンを口から出せずにいる。幸せぇ……、幸せってこんな風に甘いのかなぁ。恋するほろ苦さと、幸せの甘さが混じるコーヒーゼリー、これは私の気持ちそのものかも……。
「おいしい? 藍ちゃん」
「うん、青ひゃんの味がひゅゆぅぅ……」
「……ぼくの?」
一頻り自分の世界に入り込んでいたせいか、まるで蒼さんが隣で問いかけているような幻聴すら聞こえてきた。重症だなぁ私。でも、幻聴で蒼さんと話せるなら、それも悪くないかな……。
ほら、私の隣で跪きながら見上げる姿も、臨場感溢れる幻覚……。いつもそうやって、目が合うと逸らしたり、逸らすのかと思いきや合わせたり、掴めない感じもリアルに再現出来てる。私って、ある意味天才かもよ?
「めっちゃリアル……。本物みたい……」
「本物……だけどね」
ほらほら、こんな時、こうやっていつも苦笑いするじゃない。私って本物以上に、本物のこと分かってる気がする。でも、本物だったら、「本物だよ」とは言わないか。じゃあ本物だったら何て言うかなあぁ。もっと想像力働せなきゃ。
本物と話したいあまり、こんな妄想ばっかりしてる私を許してね。早くこっち来てくれれば、こんな妄想終わるからね。オーダー出し、早く終わらないかなぁ。今何してるのかなぁ?
あれ……? 蒼さん、どこ行った? 幻覚はこんなに近くにいるのに、本物どこ行った……?
え、まままままままさか……。
「本物……?」
「ぼくのこと待っててくれたんじゃないの? オーダー、出し終わったけど」
「えええっ? き、聞いてた? 何か聞いてた? 私、何か変なこと言ってたよね? 聞いてたのっ?」
「おいしいって聞いたら、うんって言ってたけど……」
「あとはっ? あとは何も言ってないよねっ? 聞いてないよねっ!」
「……聞いてないよ」
嘘だ嘘だ嘘だー! 一瞬目が泳いだもん! 右上向いてたもん! さ、最悪ぅ……。聞かれたんだ。蒼さんの味がなんとかかんとかって聞かれたんだー!
「か、帰るっ!」
「え? 帰っちゃうの? せっかく一段落着いたから話に来たのに……」
そんなこと微塵にも思ってないくせにー。帰れ変態とか思ってるくせにー。やだやだやだ、引き止めるようなそんな嘘言われても、恥ずかしくて帰りたい気持ちは、絶対変わらないんだからねー!