プロローグ 『人生のナビゲーター』
「こんな人生クソつまんねー」
唐突に思う。
なんの脈絡もない、ふと浮かんだ考え、
しかしそれは俺にとって長い間付き合ってきたものだった。
「最近は、諦めもついてきたと思ったんだけどな」
「え?なに?なんの話?」
頓狂な声でそう尋ねるのは、俺の十年来の友人
つまり、幼馴染みであるユーリだ
「ん……いや、なんでもないよ」
「こいつがボーっとしてんのは今に始まった話じゃないだろ」
そう言ってケラケラ笑うのは、これまた友人兼幼馴染みのユウキ
「なんだそれ、ひどいな」
こいつらと、こんなたわいのない話をして、帰路につくのももう何年目になるのだろう
俺が高校に入学して、一年半になる
こいつらとは小学校から同じ通学路を通っているから、正しく十年と言ったところか
「もう!しっかりしてよ!新生徒会長のマモルさん?」呆れた声でユーリが言う
「ハイハイ、副会長様の仰せのままに」
「書記の俺も忘れないでよぉ」
泣きそうな声のユウキは演技は不得手のようだ
「ユウキって字が汚いことこの上ないくせに、なんで立候補したのさ?」
「はっ!マモル会長のお側にて、御身を守るためであります!……マモルだけに」
「「さむっ……」」
ハモッた
今のは寒いな、ホッキョクグマも真っ青だ
俺たちの通う高校は、2年の中盤に生徒会の引き継ぎがある
俺たち腐れ縁3人組は、まーた仲良く新生徒会役員になったってわけだ
「じゃ!また明日ね〜」
「マモル会長!お気を付けて!」
二人と別れる
「そのキャラ明日まで続くのかよ?」
一緒だった通学路は、綺麗に丁字路で別々になる
この時感じる一抹の寂しさも、いまでは慣れたものだ
友達がいて、やりがいのある仕事があって、
将来の目標があって、明日の楽しみがあって
それでも俺の心は、穴の空いたバケツのように
完全に満たされることはない
こんな人生、誰かが先に済ませてる
こんな人生、これからなにも波風立たずに進んでいくに決まってる
こんな人生、宇宙から見たらちっぽけなものだ
こんな人生……つまらない
家に帰ると、珍しく誰もいなかった
シン……とした静寂
人によっては好きな人もいるのかもしれないが、
今の俺にとってはナーバスな気持ちを増長させる要因であることに違いなかった
「ハァ……」
どこに向けられたわけでもないため息
尽きることのない悩み、憂鬱
解決しない、心のつっかえ
何もかも嫌になる
自室に入る
俺の好きなもので満たされたこの部屋でも、つまらなく感じた
ふと、違和感
「ん?こんなモノ、ウチにあったっけ?」
机の上に、一冊の本
単語帳かなにかか?
妹のやつが置いて言ったのかもしれない
なんでもない日常のピース
の、はずだったのだが
「意外と小さいな」
手に、取っていた
何故か、気になった
心が、少し踊った
それは、突然のことだった
“プログラム開始します”
「んぇっ!?」
部屋の中に大音量で響く機械音声らしき音
“覚醒まで5、4、……”
いや、違うか
これだけの音量なのに、耳を塞ぎたいと思わない
本能的な行動が起らない違和感
脊髄反射に頼りきりだと、人間は自分の肉体ですら、うまく扱えなくなってしまうらしい
これは……この声は……
「頭の中……か?」
“ええ、そうです。 理解が早くて助かります。”
機械音声、というにはあまりにも人間らしい声が頭に響く
鈴の音に意思を持たせたらこんな感じだろうか
“あら、あまり驚きませんね? ちゃんと頭が働いてないのではないですか?”
鈴の音に似た、美しい声色から吐かれる、毒
こいつ……口が悪い
しかし、確かにこの状況に大して驚いていない自分には確かに驚きだ
意外だな……やっぱり日頃からボーっとしすぎなのが原因なのかもしれない
“ちょっと、聞いてるんですか? デクの樹みたいに突っ立って 光合成もしないくせに、植物の真似事とはいささか身の程知らずでは?”
「そこまで言われることかな!?」
“ええ、言います
私は常に思考はフル回転。
呼吸もしないので、あなたのような猿から脳だけ進化し、なおかつその脳すら満足に使わず、ただ無駄に酸素とATPの無駄使いをする陸生動物よりも価値ある生き方をしているのです。”
「悪口がとどまるところを知らねぇな!」
名前も名乗っていないのに、口論になるとは……
ひとえにこいつの口の悪さが原因だけど
“まぁ、いちいち説明が必要な人よりは楽ですが。
今、あなたの頭に直接話しかけています。
この世界の文明レベルでは、馴染みのないものかもしれませんが、慣れてください。”
淡々とした声が言う
慣れてくださいって……
そんなことよりもまず
「君は……誰なの?」
“ハァ、なんだ 結局説明いるんですか
私は、あなた様のナビゲーター
識別番号W-EX00です。
レイちゃん とでもお呼びください、マモル様”
言われても誰かわからなかった
「レイちゃん?とやら?
ナビゲーターとはなんでしょう?行き先をGPSで示してくれるとかですか?」
とか言ってとぼけてみる
“アホですか? アホですね アホでした
アホ様? よく聞いてくださいね。
私は、このgame……あなた達が人生と呼んでいるこのゲームを、攻略する手助けをする
『人生のナビゲーター』です。
二度は言いませんよ?
その小さな脳みそに、あとがつくまで刻み込んでおいてください。”
「毒を吐かずに会話できないのかよ!?」
口が、悪すぎるな
「これ夢じゃないのだとしたら、あるいは俺の聞き間違いでないのなら……
この世界がゲームだって?」
馬鹿げているとは思いつつ、好奇心には抗えない
“1回しか言いませんと言ったのに……
人の話は最後まで聞きなさい。
正しくは、あなた様が思い浮かべているゲームとは少し違います。
ただ、その概念に近いもの、ではあります。”
「と、言うと?」
“この世界は、『ツクリモノ』です。
ある1人の人間、ゲームマスターによって作られました。
これ以上のことは、私の口からは言えません。
その権限がないのです。
しかし、一つだけ言えるするなら……
人類は、このゲームをクリアしなくてはなりません。
来たる、終わりの日の前に。”
コイツハナニヲイッテルンダ
人生のナビゲーター? 世界がゲーム?終わりの日?
黙って聞いていれば
こんな話誰が信じるんだ
頭の中の声も、幻聴かなにかだ
俺はついに狂ってしまったのか?
そんな冷めた思いとは裏腹に、俺の心は激しく早鐘を打っていた
もっと聞きたい!もっと非現実な話をしてくれ!と。
話は信じていなかった 話半分に聞いていた
その実、半分も聞いていなかったのかもしれない
しかし、それでも、今の俺にとっては、洞話ですら
日常を彩る極彩色の絵の具に思えた。
「話は分かった、いや、分かんないけど
言っている意味は理解出来たよ」
“理解が遅くて疲れます。”
と、まだ毒を吐くレイちゃん
この子にとっての俺のイメージは、第一印象とは真逆の方向に向かっていってしまったようだ
「それを信じるとして、俺は何をすればいい?
君はなんのために俺にそんな話をしているんだ?」
名誉挽回のために、真面目に聞いてみる
“私があなた様に話しかけているのは、あなた様が、気安く私に触れたからです。”
どんな言い方でも一言につき一つ以上は毒を吐く
……友達減るぞ?
「触れた? 脳みそに話しかけてるやつに?
どうやってさ?」
とぼけた調子で聞かないと、おかしくなりそうだ
“今だにベタベタ触り続けているではないですか
……おぞましい
その本です、それが私です。”
心底嫌そうに言うレイちゃん
「……これが?」
喋っているのか?脳に直接?
だんだんつっこむべき所が増えてきて、もはや飽和状態だ
もういいや、道化になってやろう
「へぇー!意外とスリムなんだね!」
とおどける
“あなたの思考は筒抜けなのですよ?
全く信じてないかつ、バカにすらしている。
まったく……この私を得た人間が、こんなにも愚かな愚者だなんて……
先が思いやられますね。”
レイちゃん……愚かな愚者ってさ……
なんだよ、愚かの2乗ってことかよ
それでもめげずに
「それで?君は一体僕に何をしてくれるのかな?」
一人称が思わず変わってしまうくらいの猫なで声で聞いてみる
こんなの妹をあやしてると思えば軽いもんだ
“ハァ……もういいです。
私は、このゲームの……攻略本?と言ったらしっくりきますか?
この途方もなく思えるゲームも、私がついていればチョチョイのチョイでクリア出来るというわけです。”
あ、なんか胸張ってる気がする
もしこいつに人間の本体があるとしても、どうせ大してないであろう胸を張ってる気がする
“殺しますよ?”
やっべ
心の中みられてるんだった
ごめんね許してテヘペロ
「へぇー攻略本ね?
じゃあ、人生をイージーモードにできる裏技も多数掲載!ってわけだ!」
“は? もうすでにイージーモードですが?
ベリーハードモードに変えますか?”
心から呆れたといった具合に言うレイちゃん
「……ちょっとまって、難易度選択もできるの?
てゆーかイージーモードだったの?今まで」
それは……なんか嫌だなぁ
“はい、切り替え可能です。
というか、ここまで何不自由なく暮らしてきたくせに、自分はハードモードプレイヤーだとでも言うつもりですか?
あなたはいままでぬるま湯に使ってきたんです。
だからこんなボンクラになってしまったのですね。”
ねえちょっと……流石に傷つくわ
レイちゃんの口の悪さもそうだけど、俺なりに必死に生きてきた人生が、イージーモードだったなんて
“裏技、と呼べるものは、ハードモード以降で使えます。
裏コマンドですね。試してみますか?”
軽い口調で言うレイちゃん
そんな試食感覚で試せるの?
このゲームのバランス大丈夫?
しかし使ってみたい
魔法とか出せるかもしれないぞ
「ハードモードにするのは少し怖いけど、頼むよ」
目を瞑った
別に何も言われてないけど、そうした方が気分が出る気がした
“了解
モードをハードに切り替えます”
素直なレイちゃん
ずっとそのままでいてくれたらいいのに
“完了しました。 現在、ハードモードをプレイ中です”
機械的な声が告げる
恐る恐る目を開けると……
「……何も変わってないみたいだけど」
もっと、なんかいきなり地面がマグマ
みたいなのを想像していたのに
“そんなすぐに変化が出るわけないじゃないですか、アホですね。”
と、毒をまたいれて言う
アホと断定されてしまいましたとさ
……ギャップが凄すぎる
「それで?裏コマンドはどうやるの?」
切り替えよう、切り替えが大事だ!
“種類があるのですが……まぁ、最初ならこれがわかりやすいでしょう
では、言った通りの行動をしてください”
少し考えてから何かを選び終わったように言った
「自分の体でコマンド入力するんだね」
自分の体がコントローラーってことですかね?
“そうです。
……まず、四つん這いになって。”
地に手をつく
“その場で三回回る。”
三回転
“最後に『ワン!』と吠える。”
「ワン!」
“滑稽ですね。”
「ふざけんな!!!!!!」
謀られたようだ
“いえ?ふざけてなどいません
その腐った二つの目でよく見てください”
腐ってねーし
といっても、何か変化があるとは思えない
手足は普通についてるし、火とか水が出そうな気配もない
ただ少し船の上のような浮遊感が……
「って浮いてる!?」
“世界一無様な飛行姿勢ですね(笑)”
「お前がやらせたんだろ!!!!」
何笑ってんだコイツ!
しかし凄い、本当に飛べるとは
長年の夢だったんだ
空を飛ぶ『夢』を見るの
あんなにも待ち望んでいた、『非日常』の中で
「これは凄いな!」
“……ハァ”
しかし、俺はいまだに、何も信じてはいなかった。