ある雨の日のできごと…
黒い雨が降っている。
雨の中に、黒と灰のビルが林立していた。
そのあいだに、私の探していた真っ白なビルが建っている。
大きいわけでも、高いわけでもないが、何か異質であり、天国へも近いような気持ちにさせる清浄さもある。
自動ドアが開き、私は、白い建物の中に吸い込まれた。
「14:00に予約していた者ですが」
「かしこまりました。では、4階へお上がり下さい」
人はいなかった。
私の声に反応して返しているだけのようだ。
壁に口が開いたように、エレベーターが私を待ちかまえていた。
中に入るとドアが閉まり、ドアの上方にある板面の白い数字が、大きくなっていった。
「4カイデス」
声とともに、ドアが音もなく開いた。
エレベーターの前からフロアの奥まで見渡せるところだった。
人は、ほとんどいなかった。
私は動くことができず、そこに立っていた。
そこに、女性いや、少女といっても良いくらいの人が来た。
「14:00から予約していた方ですね?」
「はい、そうです」
「では、こちらへどうぞ」
彼女に付いて、私は応接室へ通される。
「少々お待ち下さい」
扉は閉まり、私は一人になった。
とりあえず、ソファに座ることにする。
部屋に慣れてきた頃、扉がノックされる。
「失礼します」
「はい、どうぞ」
現れたのは、先程の少女だった。
分厚いファイルを持っている。
「お待たせしました」
彼女は、ファイルをテーブルに置き、私の前に座った。
「こちらは、弊社が持っている人員名簿です」
ファイルが開かれる。
「こちらで、少し探してみましたが、''アサギ”という名の者は見つかりませんでした」
「そう、ですか」
「ですので、今一度お客様に目を通してご確認いただけると助かります」
「分かりました」
ファイルの中身は、「あ」から順に50音で並んでいた。
それから、私は「あ」行の中の「さ」行を何度も往復した。
「ない…です」
私はファイルを閉じた。
「お力になれず、申し訳ありません」
少女はそう言って頭を下げる。
その時、扉がノックされた。
「失礼致します」
「どうぞ」
お茶を持って入ってきた者に、私は目を奪われた。
私の探している人物にそっくりだったからだ。
「では、失礼致しました」
そう言って、その者が出て行くまで、私は全く動くことができなかった。
「どうかいたしましたか?」
目の前の少女に声をかけられて我に返った。
「い、いえ、今の人が、私の探している人物によく似ていまして…」
「…そうですか、では、呼び戻しましょう」
「え…あ、はい」
彼女の有無を言わせぬ言葉に気圧されながら、うなずく。
そして、白い扉から出て行き、人を一人連れて戻ってきた。
「何か御用でしょうか?」
「この方が、あなたを自分が探している人物と似ていると、言ってらしたので」
「そうですか」
その人物は、私の方を見た。
ぞ、と鳥肌が立った。
とてもよく似ている、よく似ているはずなのに、作り物のような違和感が背を這い上がってくるのだ。
「私はFと申します」
「エフ?…アルファベットのですか?」
「そうです」
「フルネームで、Fですか?」
「そうです」
「…''アサギヨウスケ”という人物を知っていますか?」
「いえ、存じ上げません」
「身内の方とかでもいませんか」
「…私は、生まれた時からここに存在するだけなので、知りません」
「生まれた時…からですか…」
そんなことは何かの、例えか、冗談かと思った。
「そうです。ここにいる者は、皆そうなのです」
少女は、微笑みながら言った。
冗談ではないのだと、二人の顔でわかった。
ここで生まれるのか、皆。
だとしたら、私の知っている人物はここにはいない。
目の前の者も、他人の空似ということだ。
すると、私の視界はぼんやりとにじんできた。
二人の人物は、白い背景に二つの黒い染みのようにぼんやりしてくる。
あぁ、そうだ
ここにはい
ない。
は、と我に返った。
私は、最初のエレベーターの前に立っていた。
どうやって、ここまで戻ってきたのか思い出せない。
頭のずっと奥の方に、白いもやが掛かったようになっているのだ。
そして、しだいに無くなっていく。
外はまだ黒い雨が降っているようだった。
傘をさして外に出る。
数歩歩いていく、ふと、私は何をしていたのだろうと思い振り返った。
しかし、そこには何もなく、前方と同じ黒と灰のビルが林立しているだけだった。
そして私の記憶も、雨の中に消えていった。
end…
アサギヨウスケは、漢字で浅黄葉助です。
人探しをしている私は=英語のIと同じです。つまり、女の人が言っているとは限りません。
楽しんでもらえたら幸いです。
作者名、ウグイスガサネノハナヤマブキです。