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ワンス・アポン・ア・タイム・イン・休

続けてきた昔話のシリーズも、とうとう一休和尚の話しになりました。しかし今回のは、題材が題材なので、勧善懲悪といった流れとは完全に違います。ので、よろしくお願いいたします。

 起


 むかしむかし、拳法の使い手で評判の良い、一休と呼ばれる僧侶がいました。大変に可愛らしい顔をしており、柔らかさのある甲高い水島ヴォイスを持った魅力的な少年でした。

 小鳥たちが(さえず)りだして、朝日の昇りはじめて間もない時間に、とある少林寺では、鍛え上げられた上半身を剥き出しにした若き僧侶たちが、合掌をして、気を丹田に溜め込んでいました。


 一休さあーーーーん!


「覇あぁーーーっ……」

 拳、蹴り、拳拳。

 拳、蹴り、拳拳。

 拳、蹴り、拳拳。

 拳、蹴り、拳拳。

「破! 破! 破! 破破っ!!

 破! 破! 破! 破破っ!!

 破! 破! 破! 破破っ!!

 破! 破! 破! 破破っ!!」


「南無サンダァーーーー!!!!」


 端を掴んだ長槍を、宙で突き出して、開脚をして着地。そのまま大きく振り回していき、身を捻って立ち上がって構えました。次は、紐の先端に刃物を結びつけた武器を、躰の一部のように振り回していきます。行き渡る青空を、銀色の軌跡が大小の円を描いて、空間を切り裂いていきます。肘や肩を巧みに使って引っかけて、間合いを操っていくのです。続いて、地面に仰向けになると、片手で合掌をしたまま、残りの手を使ってその武器を地面すれすれの高さで振り回していきました。それと同時に、一休さんは、仰向けのままで“縄跳び”を繰り返していったのです。

 それから飛び起きて立ち上がると、今度は、天高く跳躍をしながらその紐を振り回していき、数々の技を繰り出していきました。


「南無サンダァーーーー!!!!」



 承


 そして、捕まっていました。

 全身を紐で縛られています。

 それは、亀の甲羅を象って。

 キッコウ縛りと云います。

 ただ、この場合。

 一休さん自ら宙で縛ったのです。

 鳥のごとく舞い上がった空間で、華麗に刃物の付いた紐を振り回していたら、それはなんと、あれよあれよと云う間に躰じゅうに巻きついていきながら、巧みに結び目を作っていくと、あら不思議。独りでにそれは、キッコウ縛りを形成したのでした。宙で身動きがとれなくなった一休さんは、落下するも、辛うじて身を捻って両脚で着地。しかしその瞬間、全身に行き渡る結び目が、一休さんの躰じゅうをキュッと締め上げました。

「うっ」

 思わず、目を剥いてしまいます。

 それから続けて、両側にいた和尚様と先輩僧侶たちからの、愛情溢れる鞭打ちが始まりました。一休さんをめがけて集中的に振るわれてゆく、愛の鞭です。空気の弾けていく音とともに、一休さんの背中へと赤い線を刻んでいくのでした。以下、一休さんと和尚様と先輩僧侶たちとの問答が続きます。

「一休よ。これも修行のうちだ!」

「おういぇす!!」

「さあ、修行だ修行だ!」

「まいが!」

「励めよ! 堪えろよ!」

「おういぇす!! おういぇす!!」

「修行するぞ! 修行するぞ!」

「おお、かみんっ!」

「修行するぞ! 修行するぞ!」

「まいがっ!!」

「さあ、頓知を使って解いてみよ!」

「と、頓知!? おういぇす!!」

「そうだ、頓知じゃ!」

「おういぇ!!」

「そもさーん!!」

「せ、せっぱ!!」

「そもさーん!!」

「せっぱ!!」

「そもさーん!!」

「せっぱ!!」

「そもさーん!!」

「せっぱ!!」


「南無サンダァーーーー!!!!」


 躰じゅうに気を張ったその刹那に、紐は弾け飛んでしまい、一休さんを解放したのでした。

 これを見た和尚様が、穏やかな微笑みを向けて、優しく労っていきます。

「一休よ、見事だったぞ。もう私の教えることはない。これから下山して、外での修行に励みなさい」

「ありがとうございます、和尚様!!」

 拳に掌をそえて礼を云いました。

「いいか、外の世界はここ以上に厳しく険しい。お前は決してそれらに曲げられることなく真っ当するのだぞ」

「はい。ありがたい御言葉! ありがとうございます」


 それから。

 身支度を整えたのちに、一休さんは外の世界へと向かうために、下山をしたのでした。


 ショーリン、ショーリン。



 転


 あれから年月が経ち。

 一休さんは青年を迎えたばかり。

 相変わらずの水島ヴォイスで、行き交う人々にへと挨拶をかけていきます。少林寺から世間に出て、一休さんは、武家や村人となどの分け隔てなく、奉仕活動をしては生活をしていました。そのさいちゅうに出てくる、一休さんの頓知が口コミで評判を呼んで、遂にはとあるお城の城主のもとへと届いたのでした。

 そして、城からの使いの者がやって来ると、一休さんを町の近くの橋へと連れて行きました。橋の対岸から、大きく声をかけていきます。

「一休とやら、お前の頓知が見てみたい。だから先ずは、この橋を渡らずに橋を渡ってみせよ。これが出来たならば、城へと連れてゆこう」

「はい、お任せください」

 そう云って、拳と掌を合わせました。

 地面から直立して背筋を正したあとに、拳を腰の両側にそえて、躰じゅうに流れる“気”を丹田にへと集めていきます。呼吸をして気を整えたときに、今度は、大股で大地に踏ん張ってしっかりと根を張り、合掌をします。


 一休さあぁーーーーーん!!

「覇あぁーーーっ……」

 拳、蹴り、拳拳。

 拳、蹴り、拳拳。

 拳、蹴り、拳拳。

「破! 破! 破! 破破っ!!

 破! 破! 破! 破破っ!!

 破! 破! 破! 破破っ!!

 破! 破! 破! 破破っ!!」


「南無サンダァーーーー!!!!」


 鶴のように羽ばたき。

 蛇のように地を這って。

 蟷螂のように腕を振り回し。

 虎のように地に伏せて牙を剥き。

 龍の如く天を舞い上がって。

 五つの獣の姿を象っていきました。

 そして、とうとう一休さんは“橋を渡らずに橋を渡ってみせた”のでした。見事というしかありません。“歩かずに”橋を渡ってきたのですから。この一部始終を見ていた使いの者は、大いに感動をしていました。鋭い眼差しから際限なく溢れ出てくる熱い物で、両頬を濡らしていきながら、一休さんへと大きな拍手を送ります。

「ブラヴォー、ブラヴォー! オオ、ブラヴォー!!」

「ありがたき御言葉」

「これから是非、私と一緒に城へと来ていただきたい」

「はい、喜んで」



 それから。

 城主のもとへと連れられてきた一休さんは、大広間に招かれていました。そこには、目の前に広げられていた、一枚の大きな屏風があり、その中には、今にも飛びかかってきそうなほどの迫力をそなえた、大型の虎が描かれていました。立派な髭をたくわえた、城主が、一休さんに声をかけていきます。因みにこの城主、いったい“どこからが揉み上げで、どこまでが髭かと判別出来ない”のが大変に特徴的です。

「一休、お前の頓知でこの屏風の虎を捕らえてみせよ」

「お任せください」

 そう力強く云ったすぐに、青く輝く禿頭に捻り鉢巻をして、(たすき)をかけていったあとに、手渡された投げ縄を振り回していきました。




 結


 そして、捕まっていました。

 それは亀の甲羅を象って。

 キッコウ縛りと云います。

 動けば躰じゅうをキュッと締めます。

 屏風の虎を捕まえるどころか。

 自らを投げ縄で緊縛してしまいました。そのようになった原因は、威勢良くゴキゲンに投げ縄を、刃物の付いた紐のように修行時代よろしく振り回していた一休さんは、勢いづいたのか、躰も回転させていったせいで、あれよあれよとあっという間に投げ縄から巻きつかれていき、躰じゅうの要所要所に結び目を作っていったのでした。

 これを見計らったかのごとく、屏風の虎の後ろから、太腿の半分以上も露出している大変に丈の短い、虎柄の着物を纏った白磁のような肌をした“けしからん”なくらい艶っぽい女が姿を現したのです。引き締まった腰にまで達する、艶やかに輝く黒髪を流していく頭には、虎の耳を象った髪飾りをしていました。オマケに、身の丈も高いせいか、美しさに威厳も伴っていました。

 通称、虎娘とらこと云うこの虎柄の女から、一休さんへとこれまた艶っぽい声をかけていきました。

「このときを待っていたんだよ、一休。これから私の与える愛で、お前の自慢の頓知を見せておくれ」

「ち、ちょっと待ってください」

「待ったなし」

「おういぇす!!」

 愛情のある無情な鞭が、一休さんの背中をめがけて放たれました。乾いた打撃音を鳴らして、赤い線を刻んでいくごとに、大きく躰を仰け反らせて痙攣してゆく一休さん。虎娘とらこの愛の鞭は、一度や二度では終わるはずがありません。

「そもさん!」

「せっぱ!!」

「そもさん!」

「せっぱ!!」

「そもさん!」

「せっぱ!!」


「南無サンダァーーーーー!!!!」


 吃驚仰天。

 驚き桃の木山椒の木。

 そう叫んだ刹那、一休さんは双眸から白く強い光りを放って、躰じゅうを亀の甲羅に象って緊縛する縄を弾き飛ばしてしまったのです。

「すごい……!!」

 と、瞳と声とを悦びに潤ましていく虎娘(とらこ)でした。

 これら一部始終を見ていた城主は、大きく口を開いて、これまた大きく声を放ちながら、大きな拍手を送っていきました。

「ブラヴォー! ブラヴォー! オオ、ブラヴォー!! 素晴らしい頓知であった。感動した!!」

「ありがたき御言葉!」

 拳に掌をそえて、礼です。

「良いものを見せてもらって、私は満足だ。その礼と云ってはなんだが、私の倉庫の中から、お前の好きな物を云って持っていくと良い」

「はい、ありがたく戴いて帰ります」

 そう云った一休さんが、生活に必要最小限な道具と、護身用にと何点か武器を貰ったのちに、城をあとにしていきました。

 その帰り道の後ろからは、瞳を輝かせた虎娘(とらこ)から後をつけらていたのでした。ある意味、屏風の虎を捕らえてみせたと云っても過言ではないでしょう。女の心を鷲掴みにしてしまったのですね。


 めでたし、めでたし。


 ショーリン、ショーリン!



 ―――『ワンス・アポン・ア・イン・タイム・休』漢(完)!!―――



最後まで、このような書き物をお読みしていただき、ありがとうございました。

前書きにも記した通り、今回のは勧善懲悪ではないので、その方向ではない方で好き勝手に書いてみました。しかも、結に出てくる虎娘なんかは「虎の屏風から虎の身なりをした色っぽいお姉さん」という、至極どうでもいいキャラクターまで出してしまいました。後悔はしていません。

ネタとしては、まだ一本か二本ほど書きたいと考えています。

よろしくお願いいたします。

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