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真・拾刻ノ月 ~口裂け幼女と狐耳の女子高生〜  作者: 牧田紗矢乃
壱ノ日「せぴあいろのまちなみ」
9/14

第玖刻 〈持ち掛けられた遊戯の誘い〉

 不幸中の幸いと言えるのは、既に胃の中身が空になっていたことくらいだろう。咳き込みながら胃液を吐き出して、肩で息をした。空気は生ぬるく、呼吸をするだけで気分の悪さを助長する。

 天も地もわからないほどの眩暈に加え、いっそ割れてしまった方がましだと思うような頭痛が黎を襲っていた。おかげで、目を開けていることもままならない。


 うずくまって頭痛の波が引くのを待っていると、濃厚な気配が背後で形をなした。目を開けずとも、狐耳の少女のものであることに確信が持てた。

 気配から察するに、ここにいるのは黎と少女の二人だけらしい。


「不甲斐ナいねェ」


 不甲斐ない、と繰り返しながら、彼女は真後ろまでやってきた。立ち込めていた獣の臭いが濃厚になる。


「もッと骨のある餓鬼だト思ったガ……無様ぶざまだヨ」


 細く冷たい指が、黎の首を絞め上げた。薄く眼を開くと、恍惚とした表情を浮かべる少女が視界に映る。赤い瞳が、蕩けるような光を放っていた。

 細いためか、彼女の指はよく食い込む。治まりかけていた頭痛がぶり返した。おかげで飛びかけていた意識が繋ぎ止められたが、気分は最悪だった。


 黎が全神経を集中させると、暗闇を一閃の光が切り裂いた。その光に弾かれた少女が退く。

 呪符が効かない彼女には、肉体を使った物理的な攻撃の方が有用だろう。運動は人並みにしかできないが、女に負ける気はしなかった。

 黎の思惑を悟ったのか、少女の顔に焦りの色が浮かんだ。


「待テ、大人しくシていたら悪くハしなイ」

「は?」

「そノ拳を降ろすんダ」


 訝りながら少女の指示に従うと、周りを取り囲んでいた闇がほどけ始めた。急な変化に身構え直し、少女の制服のリボンを掴んだ。


「大人しク。言っタはずだヨ」


 気迫に押され、手の力を緩めた。少女は黎をねめつけながら、乱れたリボンを直す。

 ゆるゆると別れる闇の狭間に、光が差し込んだ。闇は急速に収縮し、代わりに建造物が現れた。

 そこにそびえるのは、何に見えるかと問われれば誰しもが学校と答えるであろう、幅広で三階建ての建物だ。

 足元はいつの間にかグラウンドの砂に変わっていた。


 コンクリートで作られた建物は、月の光を受けて冷ややかな色合いを見せている。建物と比べると、背後に浮かぶ満月が異様に大きいことがわかった。たっぷり両手を広げた幅はありそうだ。


「ここは……。僕をどうするつもりだ?」


 目の前の建物が学校であるということはわかるが、黎の知っている場所ではなかった。月の大きさから判断するに、異空間だろうか。

 警戒を強めながら問いかけた黎に、少女は薄く笑った。


「チャンスをやルと言っただろウ?」

「それとこれに何の関係がある」


 強い語気を嘲るように、少女は笑いながら宙を舞った。重力など意に介さない動きに目が釘付けになる。


「遊ぼウ。宝探しだヨ。探してゴ覧、人体模型。何かガ足りなイ、何かが足りナい」


 彼女は頭上を旋回しながら、歌うような節回しで告げた。そして、ひときわ高く飛んだかと思うと校舎の屋上へと姿を消してしまった。

 黎の位置からでは、少女の姿は確認できない。得体の知れない所に、単身放り出されてしまったようだ。


「……人体模型だって? あいつは何を考えてるんだ」


 舌打ちをしながら、地面を強く蹴った。つま先はグラウンドの土をえぐり、石英が月の光を反射して輝いた。

 彼女の気配がなくなったことを確認し、自分の身体と持ち物をあらためる。

 度重なる嘔吐で口や胃の中が不快な他は、目立った不調はないようだ。荷物も揃えてきたものがきちんと手元に残っている。

 試しに呪符の一枚を手に取り、術を発動させてみた。


 ――大丈夫だ。問題なく使える。


 いざという時に戦えるだけで、黎の心は安堵に包まれた。

 一枚だけデザインの違う呪符を取り出すと、念を込める。呪符は手の中で丸くなり、一羽の鳥に姿を変えた。夜闇と同じ色の鴉は、顔の中央に穿たれた目をくるくると動かして黎を見つめた。

 学校の屋上をさし示すと、瞬きで返事をする。そして、黎の肩幅以上もある両翼を広げると闇の中へと飛び立った。


 ――あいつは優秀だから、彼女がいればすぐに知らせてくれる。残る問題は、彼女が提示してきたゲームだ。


 黎は思考を巡らせた。

 宝探しというからには何かがあるのだろう。


 手掛かりらしい手掛かりは「人体模型」という言葉だけだ。足りない「何か」を探すためには、まずは件の人体模型を見つけるべきだろう。

 手足のような大きなパーツをわざわざ探させるとも思えないし、しらみつぶしに歩き回るのは非効率的だ。


 ――となれば、アイツにも働いてもらうとしよう。


 主のよこしまな腹積もりに気付いているのか、式神の鴉は鋭い眼光を向けながら戻ってきた。


「いたか?」


 差し伸べられた腕に止まった鴉は、ふるると首を横に振った。直後、羽を大きく広げたので黎は嫌な顔をした。


「ナカに、ケハイ、ある」


 覚束ない言葉で告げると、力を使い果たしたのか呪符に戻ってしまう。負担を掛け過ぎると札が壊れてしまうため、鴉を使うことは控えた方が良さそうだ。

 スタミナの持たない相棒に嘆息しながら、足元へ視線を落とした。

弐ノ日より、本格的に学校編となります。お楽しみに!

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