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真・拾刻ノ月 ~口裂け幼女と狐耳の女子高生〜  作者: 牧田紗矢乃
壱ノ日「せぴあいろのまちなみ」
7/14

第漆刻 〈少女の腕が絡みつく〉

 刻一刻と、提示された時刻が迫る。

 気を紛らわせるために電源を入れたテレビは、どの局も近所で発生した惨殺事件の話題で持ちきりになっていた。いつもなら数人の子供たちが遊具によじ登っている公園が、ものものしい黄色と黒のテープで厳重に囲まれている。


 夜の公園で全身を深く切り刻まれた女性と鞄。公園外に片方だけ残されたハイヒール。

 彼女が倒れていたのは砂場で、近くのジャングルジムには鋭利なもので傷つけられた跡があるらしい。


 事件のあらましを何度も繰り返すアナウンサーの深刻な口調は、夕焼けと相まって気分を滅入らせた。朝からこの話題で持ちきりということは、この一帯を除いた日本が平和だという何よりの証拠だ。

 凄惨な事件の現場となった公園からの中継では、警察官が証拠を求めて動き回る映像が映し出されていた。彼らがどれだけ目を凝らそうと、靴の底が擦り切れるほど歩き回ろうと、証拠と言えるものは見つからないだろう。


 黎は昨夜、速報のテロップを見た瞬間に確信していた。

「猟奇的な殺人か」と騒がれている事件の犯人は、ランドセルを背負った幼い女の子だ。しかし、彼女は人間ではない。真実を警察に知らせたところで、いたずら電話だと軽くあしらわれてしまうだろう。


 初めて彼女と対峙したあの公園が凄惨な事件の舞台となってしまった。それはひとえにアレの根城があの場所だと示していることになろう。

 幼女はかつての対戦で深手を負わされた相手であり、夢にまで現れて恐怖を植え付けてきた宿敵だ。そして、何としても倒さねば相手でもある。


 ランドセルを背負った幼い少女のなりをした悪鬼の姿を、深く心に刻みつける。次は決して負けぬように――。

 その前哨戦として、何としても今夜の対決ではよい結果を残したかった。

 まだ本調子ではない左腕をさすり、唾を呑んだ。痛みは残るが、十分に戦える。


 今回の相手は力で退けるまでだ。得体の知れない何かが背後に潜んでいるが、それとてあの幼女と比べれば可愛らしいものだろう。恐れるほどの相手では、ない。

 理解はしていても、孤独を嘆き不安に涙していた彼女を思うと決心が鈍りそうになった。


『同情はいけない。同情は決して薬にはならない。それどころか、互いを蝕む毒なのだ。常に心を滅し、客観的に行動せよ。たとえ、人でなしと言われようとも……』


 師の教えを思いだし、深呼吸した。

 その言葉の通り情けをかけて破滅していった者を目にしてきた。その姿を反面教師にしてきただけに、今回の心の揺らぎには我ながら困惑してしまう。


 ――あの程度の霊ならいくらでもいるのに……。


 幽霊のくせにコロコロと変わる表情が、無意識のうちに思いだされていた。それは無知で無垢であるゆえの美しさなのだろうか。


 ――待ち合わせ場所にいるのが彼女ならば、まだ話は通じるかもしれない。うまく行けば穏便にお引き取り願える可能性も……。


 彼女が自発的に天へ昇ってゆくのを想像したが、実現は難しいだろう。なにせ、彼女の成仏のために必要な条件が明らかではないのだから。

 慈悲など持たず、淡々と消してしまえばいいのだ。この前は形すらなさない低級霊を山ほど消した。それでも心が痛まなかったのだから、今回だって平気なはずだ。


 ――生者の強さを、思い知らせてやればいい。




 時折走る震えを武者震いだと言い聞かせ、重い足を引きずるように家を出た。

 幾重にも重なった雲が空を覆い、月光すら遮断している。

 今のところ雨が降りそうな様子はないが、通りは静かだった。まだ九時だというのに、こんなにも無音になることがあるだろうか。


 夕方とは違う印象の住宅街を歩きながら、前方に立つ電柱に意識を注いだ。

 ――そこは昨日、彼女がいた場所だ。


「けひひ。来たネ?」


 突如、背後から声が聞こえた。少女のものではなく、機械を通したような無機質な声だった。

 びくりと肩を跳ね上げ、足を止める。

 黎の首に、少女の細い腕が絡みついた。


「待ってたヨ」


 甘ったるい声音に、全身の毛が逆立った。その声とは裏腹に、悪意のこもった気配が背後を囲っている。

 指から伝わる淡い熱が、黎の首筋に刻みつけられた。玉となり流れ落ちる汗を指で掬うと、彼女は水っぽい音を響かせながらそれを舐めとった。


「どうしタ? ビビってるのかイ?」


 黎の反応を楽しむように、耳元へ吐息を混ぜ込みながら囁いた。煽るように背中に柔らかな膨らみを押し付けてくる。

 返答をするよりも先に、少女の腕から逃れようと身をよじった。しかし、絡みつく腕は想像以上に手ごわい。


「――『第二式・バク』」


 密かに抜き取った札を彼女の体に押し当てると、大きく火花が散った。

 術の効果で動けなくなっている隙に、身を屈めて間合いから抜け出した。

 一拍置いて、少女の体がガクンと揺れる。軽く首を振り、忌々しげに黎を見据えた。その瞳は赤く輝いていた。


「……これだから餓鬼ハ」


 吐き捨てて、彼女は手を上から下へ振り下ろす。

 ひんやりとした感覚が全身を駆け巡り、黎は思わず身をすくめた。触れずとも感じられる霊気とは、いったいどれほどのものだろう。

 そこらの低級霊とは違うというわけだ。


「オ前はおれに何の用だったのかネ? マサカ、おれを退治しようなんて馬鹿なことヲ考えちゃいなかろうナ?」

「……その、まさかだよ」


 黎が言い返すと、彼女は歯を剥いて嗤った。そこに夕刻に出会った少女の面影はなかった。

 その変貌が、嬉しくもあり恐ろしくもあった。


「けひひひひひ……。トンだ馬鹿もいたもんだネ。おれに逆らおうとハ」


 可笑しくてたまらないと腹を抱えて爆笑する。


「これを喰らっても笑っていられるか?

『第壱式・コク』」


 黎は七つの札を取り出し、それぞれに風を纏わせて放った。

 威嚇のつもりで行った攻撃だが“成りたて”であるせいか、幼女より動きが悪い。引きつった表情で、棒立ちになっている。


 勢いよく飛び出した呪符は、標的の五体をパーツごとに切り分けた。そして、とどめとばかりに頭と胴体をそれぞれ両断する。

 地に落ちた“少女だったモノ”は、煙となって消えた。


 ――威勢が良かった割に、呆気ない最後だ。


 拍子抜けしつつ、額の汗を拭った。

 残り香のように漂っている邪気は、時間が経てば薄れて消えるだろう。


 ――近くを漂う低級霊が影響を受けても面倒だな。念のために結界だけは張っておくとするか。


 邪気の漂う範囲をざっと確認すると、簡易的な結界を張った。即席ではあるが、弱い個体は近付くことができない。突破する危険がある中程度以上の個体が現れれば、術式が発動して駆除をするという仕掛け付きだ。


「けひ、何てことヲしてくれるんダ」


 背後で、誰かの嗤い声がした。

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