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真・拾刻ノ月 ~口裂け幼女と狐耳の女子高生〜  作者: 牧田紗矢乃
弐ノ日「とざされたがっこう」
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第壱刻 〈宝探しがはじまった〉

 少女の言う「人体模型の足りないモノ」とやらを探すため、黎は校舎へ近づいた。

 理科室は何階だろうかと並ぶ窓を見上げていると、校舎の外にあるべき非常階段がないことに気が付いた。それどころか、昇降口そのものがない。


 黎は己の目を疑ったが、なんということはない。グラウンドが校舎の裏手にあるだけで、玄関は反対側なのだろう。そう思い込んで外壁に添って一回りする。

 ところが、やはり昇降口らしきものはなかった。


 ――あいつのことだ。出入り口を隠し扉にして腹をかかえながら観察するくらいのことがあっても、おかしくない。


 その手に乗るかと疑わしき壁を叩いて回った。外壁の継ぎ目を目ざとく見つけては、ノブらしきものはないかと舐めるように見回しもした。

 そうして校舎を半周したところで、黎は足を止めた。


 ――このままでは埒があかない。


 羽織っていた上着を脱ぐと、端を握り込んで手に巻き付けた。手首まで守れるように調節すると、手近な窓ガラスを叩き割るべく拳をふるった。

 衝撃が右腕を駆け抜ける。殴った右腕は、肘から先の感覚が希薄になるほど痺れていた。それに対し、ガラスはびくともしない。


 試しに呪符に念を込めて飛ばしてみることにした。

 矢のように鋭く標的に向けて放たれた呪符が窓ガラスに触れた。接触箇所から火花が散る。

 呪符は先端から順に溶けるように霧散した。


「……呪符避け?」


 かつて、一度だけ同じ光景を目にしたことがあった。

 人ならざるモノを操り、悪行を企てる者の中にはこういう術を使う者もある。そう言って師匠が実演してくれたのだ。

 しかし、流派の違う術は使い手への負担が大きい。ゆえに師匠ですら長くその術を維持することはできなかった。


 それを施してあるということは近くに別の術者がいるのかもしれない。

 学校の中は宝探しの範囲外で、彼女の安全かつ頑丈な物見櫓になっているのだろう。

 学校ここに連れてこられたのだから、探す対象はその範囲内にあって然るべきだろう。この広大に思える、砂と草の世界に――。


「……本当にあるんだろうな?」

「あるともサ。オ前が見つケられないだけだヨ」


 誰に向けたでもない疑念に、返答があった。

 彼女の声は四方に反響したような響きを持っていて、出所が掴めなかった。鈴を転がすような甘い音色が波のように何度も打ち付け、鼓動を加速させる。


 ひやりとした風が黎の首筋をなぞって通り抜けた。その感覚は細く柔らかな彼女の指先を想起させた。

 姿は見えなくとも、こちらを監視していることに変わりはない。いつ襲い掛かってくるともわからない相手に、黎は背筋を強張らせた。

 その様子を見てか、少女がけひっ、と笑い声を漏らす。彼女に取り憑いた動物霊は「遊び」と表現したが、そこには命という大きな景品が掛かっていた。

 どこまでも一方的な態度に苛立ちがあふれ出る。


「お望みなら付き合ってやるよ」


 ザッと砂を鳴らし、黎は校舎に背を向けた。襲い掛かってくるならば、今このタイミングだろう。常に背後の気配に注意を向けながら、グラウンドと外の敷地を区切る並木道を目指した。

 グラウンドの周囲に巡らされた並木は、見知った植物によく似ているようでどこか異なっていた。高さ五メートルはあろうかという大木は等間隔に並び、檻のような閉塞感と存在感を放つ。

 その木の陰、ちょうど死角になる部分が気にかかった。


 別段何が居るというわけではなさそうだが、どういうことだろう。

 原因を探るべく注視していると、並木の奥を青白い人魂が細い光の尾を引きながら飛んできた。よくよく見回してみれば、辺りには複数の人魂が蛍よろしく発光しながら揺蕩たゆたっている。

 そのうちのひとつが、並木の柵を横切った。


「……あっ」


 目の前で展開された予想だにしなかった光景に、思わず声が漏れる。

 木の陰に入った人魂が、二本先の木の陰から現れたのだ。更に先へと進んでいくと、今度は一本手前の木の陰から姿を見せる。光の尾は所どころ断絶されながらも、しっかりと本体を追いかけて泳いでいた。


 だまし絵のようにワープしながら消失と出現を繰り返す様子を、ただただ呆然と見守るしかなかった。

 試しに足元の小石を拾い上げ、並木の外側へ向けて投げた。小石は木の間をすり抜けると姿を消し、別の木の間から現れて地面に落ちる。


 並木の先は、空間が捻じ曲がっているのだ。

 迂闊に踏み込めば元の場所へ戻ることができなくなるだろう。


 ――僕を逃がさないための仕掛けというわけか。


 並木の間は、十センチほどの丈の草が生い茂っている。グラウンドの土は軟かく、道具があれば掘り下げることもできそうだった。

 思いのほか厄介そうな宝探しに、小さく舌打ちをすると視線を校舎へ戻す。

 その途中、何かが視界の端を横切った。


「……何だ?」


 歩み寄って手を伸ばすと、そこにあったのは一本の赤い糸だった。

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