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真・拾刻ノ月 ~口裂け幼女と狐耳の女子高生〜  作者: 牧田紗矢乃
壱ノ日「せぴあいろのまちなみ」
1/14

第壱刻 〈ざらりとした大音響〉

 深夜の公園に、二人の子供の姿があった。

 一人は付近の中学校の制服を着た少年。もう一人は赤いランドセルを背負った小さな女の子である。少年は学ランの袖を捲りあげ、唇を噛んだ。


 どちらもこの時間に出歩いていれば補導される年頃である。しかし、二人とも対峙する相手以外は眼中にない様子だった。

 少年は肩で息をしながらジャングルジムの頂点に腰かける女の子を睨みつけていた。

 女の子の方は長い前髪のために顔のほとんどが隠れ、口元以外は窺うことができない。


「きひひひひっ。まだ観念しないんだー?」


 下卑た笑いを洩らしたのは、女の子だ。

 両の口角を上げたことで三日月のようになった口にあるのは、明らかに人間のそれではなかった。牙のように鋭い歯が光っている。

 彼女の嘲笑に合わせるように、公園の周囲を囲む木々が木の葉をカサカサと鳴らした。


「くっ……、『第壱式・コク』」


 少年が唱えると、それに呼応してどこからか呪符が現れた。梵字でなにやら書きつけられた札は、一目散に女の子に向かっていく。


「きひ、だーかーらー……」


 呆れたように途中で言葉を止めると、大きな口を思いきり開いた。


「効かないんだってば」


 バリバリと呪符を咀嚼しながら幼女は嗤う。

 軌道のそれた一枚だけは、ジャングルジムにぶつかり霧散した。呪符のぶつかった部分は、深く斜めに切り裂かれていた。

 それだけの威力のある技を駆使してもなお、幼女には傷一つ負わせることができなかった。彼女の鋭い牙と強力な顎の力で、少年の繰り出した技はことごとく無に還されてしまうのだ。


「ほら、お遊びはやめよう」

「ふざけるなっ!」


 挑発するような幼女の調子に少年は怒声を返した。その覇気すらものともせず、頂点に君臨する幼女は笑みを絶やさなかった。


 少年は手のうちの全てを見せてはいけないと教え、訓練されていた。使うもの、使わないものを一つずつ判断しながら健闘していたが、気がつけば持ちうる技術のほとんどを使い果たしてしまっていた。

 汗にまみれた顔には困憊こんぱいの表情が浮かんでいる。


「もう疲れちゃったの? アタシより若いのにねぇ?」


 きひひひ、と怪しげな声を洩らしながら肩を揺らす。

 少年に残されたのは秘伝の大技のみだ。だが、それを使ってしまえば師と仰ぐ人から大目玉を食らうことは確実である。


「いい加減っ……、大人しくやられやがれ!」


 やけになって足元の小石を掴むと、女の子に向けて投擲した。

 小石は一直線に彼女の顔めがけて飛んでいく。その間、彼女は身動き一つしなかった。小石はもう目と鼻の先だ。

 やったか、と少年が気を抜きかけた。


 ほんの一瞬、蝋燭の炎が揺らぐように、女の子の存在が希薄になった。小石は彼女の体をすり抜け、空虚な音を立てて背後の砂場へ落ちる。


「甘い甘い。当たるはずないね」


 体をのけぞらせて大笑いをはじめた。あまりに後ろに傾いたせいで、ジャングルジムの四角い骨組の中へ吸い込まれるように落ちていく。

 背中のランドセルで衝撃を緩和すると、反動で浮き上がるのを利用して少年との距離を詰めた。

 ――当然の如く、鉄柱をすり抜けて(・・・・・・・・)


 己の意思一つで物理干渉を遮断できるらしい。あまりに厄介な性質に、少年は内心しかめっ面をした。

 女の子は少年の真正面、五メートルほどの位置に軽々と着地した。楽しそうにえくぼを見せると、口を大きく開く。


 少し離れた位置からも彼女の声帯が震えるのがわかった。

 いや、声帯どころではない。全身を震わせて、声を反響させていた。


 身構えたのも空しく、衝撃波のような音の塊がぶつかった。

 ざらざらとした嫌な音がする。鼓膜を引き裂くような大音響に三半規管までかき回されて、立っているのも困難なめまいに襲われた。


 聴覚が麻痺しはじめたとき、耳障りな音が止んだ。

 唐突な静寂に、ぼんやりとした耳鳴りが起きる。その間を縫うように、しゃき、しゃき、しゃきと鋏を動かすような軽い音がかすかに耳に届いた。


「……っ、『第参式・ケン』」


 反射的に防御式を繰り出す。式の発動は間に合ったはずだった。それなのに制服のあちこちを切り裂かれ、前髪の一部は地面に落ちていた。

 左の上腕が灼けるように熱くなった。見れば、肉が割れて大量の血液が流れ落ちている。


「この程度のおこちゃまが相手だなんて。アタシもなめられたもんね」


 至近距離に迫っていた幼女は、口を大きく開けて今にも噛み付いてきそうだ。少年が警戒しながら背後へ跳ぶと、それにピタリと合わせて幼女も跳んだ。

 赤い血が点々と砂地に染み込む。


「このアタシから逃げられるとでも?」


 ケッとつばを吐きかけられて、反射的に顔をそむけた。少年がそうするのを狙っていたかのように、とどめを刺すために剥き出しになった牙が迫る。


 ここで秘伝の大技を使わなければ、命はない。


 吐き気を催しそうなほどの殺気を全身に受けながら、少年は覚悟を決める。


「『末式・エン』」


 唱えながら全身に力を込めると、白い光が彼を包んだ。

 しゃきん。軽い音がして、幼女の口が閉ざされる。


「ん……?」


 口を細く開いて息を吐くと、少年が出した光の一部が紫煙のようにあふれてきた。濃い色をしていた光の塊も、煙のように風に流されて大気に溶けていく。

 鋭い歯が触れる紙一重で、少年が消えてしまった。離脱したのだ。


「ケッ、本当に逃げちまった。……でも、もう逃がさないよ」


 口元を歪ませながら泥で汚れたランドセルを払う。

 ランドセルを背負い直すと、彼女は軽く跳躍してジャングルジムの頂上の定位置に戻った。

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