第二話 『僕と友人と金魚と』
※R18程ではありませんが、暴力表現、グロ描写、動物虐待のような表現があります。ご注意下さい。
※本文内に実在する歌が使われているので、ご了承頂ければ幸いです。
※pixivの方でも載せて頂いてます。
僕には好きな人がいた。
彼女は、僕のクラスメイトだった。とても優しい子で、頭も器量もいい。当時クソッタレ塗れだった世の中で、僕が唯一素晴らしいと思った相手だった。
一度、僕が消しゴムを忘れた際に、貸してくれたこともあった。イチゴの香りがする消しゴムで、ちょっと消しづらかった。けど、彼女から貸して貰えた、というだけでもう天にも昇る気持ちだった。
その日は、一日、イチゴの香りのする自分の手のひらをかぎ続けた。その頃、まだ檻の中にはいなかった友人が、頬を引き攣らせて僕を見ていたのを覚えている。
第二話 『僕と友人と金魚と』
「あいつもこいつもあの席を
ただ一つ狙っているんだよ
このクラスで一番の
美人の隣を」
古臭い歌を小声で口ずさみながら、誰もいない校舎を進んでいく。
地震、火事、つなみ、土砂崩れ、色々な自然災害に合った人間は基本、近くの学校で借り暮らしを行う。だから、学校というのは案外頑丈に作られているし、寝泊まり可能な体育館なんて、多分校舎よりもしっかりとした作りがされているのではないだろうか。
けど、流石にそんな校舎も宇宙災害レベルには敵わない。ここに逃げ込むような人間は、世の中には誰もいない。
掃除をする人間がいなくなったせいで、空気がほこり臭い。窓から差し込む日差しで、ほこりが大量に浮いているのがわかる。
一歩歩く度に、ふんわりと、足下で小さなゴミたちが舞う。振り返ってみれば、薄らとではあるが、ほこり達によって廊下に僕の足跡が出来ていた。
「あー みんなライバルさー
あー いのちがけだよー
イェイ、イェイ、イェイー」
ガラリと、辿り着いた教室の戸を開ける。東校舎の一階奥の教室。『3‐E』と書かれた教室。
半年前まで、普通に僕が通っていた教室だ。
「運命の女神様よ
この僕に微笑んで
一度だけでもぉうぉうぉう」
微妙にリズムに乗り切れずに外した僕の声が教室内に響く。が、別に誰か聴いているというわけではないので、特に気にしない。もし今ここに友人がいたら、腹を抱えて笑われていたかもしれないが。
中はまぁ、予想通り誰もいなかった。いつも通り、大量生産タイプの机と椅子達が静かに黒板の方を向いて並んでいるだけだ。
が、おや? と僕の歌が止まった。
教室後ろ側の窓が一枚、割れていた。大人が一人くぐれる程度の穴が出来ていた。それは、前回ここに来たときには、なかったものだった。
「……」
教室の中に足を踏み入れる。ジャリッ、となにか破片のようなものを踏んだ。見てみると、細かいガラスの破片だった。窓ガラスのものかと思ったが、ここまで飛んでくるとは思えない。それに、窓のものにしては、なんだか薄すぎた。
ジャリッ、ジャリッ、ジャリッ、ジャリッ。
破片達を踏みながら窓辺へ近づく。窓下には大きな破片が大量に転がっていた。
僕は窓近くの棚の上を見た。かつて生徒達の鞄が仕舞われる為に使われていた横長の三段式の棚。
そこには水槽があった。オレンジと白のまだら色をした金魚が二匹。偽物の海草が揺らめいでいるその水の中を優雅に泳いでいる。
それが、昨日までの光景。
多少のガラスを残して、粉々に割られた水槽。へにゃりと足元の岩にくっついて揺らぐことのない人工海草。水が大量にブチまけられたらしく変色した木の床――。
どこにもいない、二匹の金魚。
それが、今日の光景。
「…………あーあ」
ついに食べられちゃったかー。
全てを察して、僕はそう口にした。
金魚の名前は『二代目イチロー』と『二代目ジロー』だった。どうして『二代目』なんてつけられているかと言うと、それはあの友人のせいだった。
家庭環境の悪さから、友人の見た目はいつもみすぼらしかった。髪はボサボサだし、制服は汚れてもたとえ糸がほつれてもそのままだった。靴は底が擦り切れ、親指部分は穴が空いていたが、友人は結局警察に捕まるときまでそれを履いていた。
幼い頃からそんな彼の姿を知っていた僕としては、それらは全て当たり前のものだった。当たり前過ぎて、同情とかなんにも起きないぐらいに。
けど、他者から見ればそれは異常なことらしく。
『お前、きったねぇんだよ』
『くっせぇ。こっち来んな、来んな』
多数の生徒達が、友人にそのようなことを言っていた。言わずとも、友人が傍に来れば、人は顔を顰めた。それは、昔からずっとのことだった。
だからか、友人はなにを言われてもケロっとしていた。特に気にした風もない。僕も、別に自分の友人がそう言われるのはいつものことだったので、またか、ぐらいの気持ちだった。
が、半年前、中学三年になってしばらくした後のことだった。
その日、僕は学校に遅刻した。寝坊だった。慌てて起きて、学校へ向かえば、教室は大変なことになっていた。
教室後ろの方の机や椅子が、乱雑に倒れてしまっていた。その真ん中で、数人の男子生徒達が倒れていた。一人は頭から血を流していた。
ほとんどの生徒達は顔を真っ青にしながら、壁際に寄っていた。そこから、倒れている男子達の前に立っている人物の方を見ていた。
友人、だった。
右手には椅子を持っており、プラプラと持っている椅子を揺らしており、左腕はなぜか倒れている男子生徒の頭上の宙に伸ばされていた。ポトンポトンと、音がする。カッターが友人の左手に刺さっていた。
そこから流れ出る血が、倒れている男子生徒の頭を汚していっていた。
『…………はぁ』
スッキリしたぁ。
そう言って、グラリと、一歩後ろに身体をグラつかせた友人の足元で、ぐちゃっと嫌な音がした。
潰れた金魚が、友人の足下から現れる。血なのか、元の色のものなのか、よくわからない赤が、床上でシミを作る。
棚上の水槽がわれていることに僕が気付いたのは、そのときだった。
『お。なんだ遅刻かー? おっそよー』
そう言って、友人が僕の方にカッターが刺さった左手をあげて来たのも、そのときだった。
******
(そう言えば、あのときもこんな風に僕が片づける羽目になったんだっけ)
あんな状態で動ける生徒の方が有り得ないわけだし、僕だって驚かなかったと言えば嘘になる。
けど、誰かがやらなければいけないのもわかっていた。だから、仕方なく、昔からの友人として彼の尻拭いをしてやることにした。
「あー みんなライバルさー
あー いのちがけだよー
イェイ、イェイ、イェイー」
もう一度、改めて歌い直しながら、僕は箒片手に掃除を行った。金魚は見知らぬ誰かの腹に収まったが、それ以外の物には興味がなかったらしく、掃除用具入れを見れば、普通に道具が揃っていた。
「運命の女神様よ
この僕に微笑んで
一度だけでも」
「うぉうぉう」と、やはり調子はずれなリズムを刻みつつ、ジャリジャリと、ちりとりへと破片を運び入れていく。床の隙間にハマってしまった細かいやつは、もうどうにもならないので放置しておく。
歌って、集めて、教室前のゴミ箱に捨てていく。ジャラジャラ、ガサガサ、ジャラジャラ、ガサガサ、袋が声をあげる。
「勉強する気もしない気も
このときにかかっているんだよ
もし駄目ならこの僕は――」
あれ? 駄目だったらどうすんだっけ。心中? いや、それ一人じゃ出来ないし。
もし駄目なら~、もし駄目なっら~、と口ずさみ続けるものの、一向に続きが出てこない。その内、気付けばもう一度サビの頭に戻っていたので、思い出すのを諦めた。
「はあ……どーしよっかなぁ……」
最後のガラスの破片をゴミ箱へ捨てて考える。
僕がこんなご時世になっても学校へ来る理由は、ただ単にあの二代目組の金魚達に餌をやる為だけ。僕は、まだ世の中が『クソッタレ塗れ』だけで済んでいた頃、あの金魚達の世話係だった。
いや、正確には、あの友人がその役目を担う筈だった。一代目が死んでしまった責任として、二代目の面倒をしっかり見ろと、担任から言われたのだ。が、その翌日には、すでに反省の意がなくなってしまったらしい友人が――そもそも本当に反省していたのかも不明――、僕に世話を押し付けて来たのだ。
以来、僕はずっと金魚達の世話を続けて来た。世の中が『クソッタレ』になっても、とりあえず。
だって、それ以外にすることなかったし。
ついでだからと、教室内を掃除することにした。そこらに散らばる、破片達よりもやっかいな量のほこりを掃いていく。いくつもの机の間を縫いながら、箒を動かす。
井上くんの机、大谷さんの机、垣宮さんの机、菊川くんの机――新たな席が僕の目に飛び込んで来るのに合わせて、そこに座っていた人物を思い出す。
皆、今頃どこでなにをしているんだろう。
友人の机が目に入る。他の席よりいくらかボロボロのそれは、かつてのクラスメイトからのイジメのものもあるが、それよりも、一代目達が死んだあの日、彼がこれを振り回した所為というのは、主な理由だ。
ふいに、彼の席の後ろに目を向ける。そこは、早坂さんという女子が座っていた席だった。
僕が好きな人の席だった。
『なぁ、お前、授業中にこっちに視線飛ばすのやめてくんね? ウザイし、キモイ』
『はぁ!? 誰がお前なんか見つめるかよっ! お前の後ろを見てんだっ』
ある日の昼休み。しかめっ面で友人が僕にそう言ってきた。慌てて怒鳴り返した僕は、勢いで口を滑らせ、早坂さんが好きなことを友人にバラしてしまった。
『ほ~う。後ろね~。へぇ~』
『な、なんだよっ』
『べっつにぃ~。お前にもついに春が来たかって思っただけ』
ニマニマと、嫌な笑みを浮かべる友人に、舌打ちをしたくなった。こうなると思ったから、この友人には絶対にバレたくなかったのだ。
『告白すんの? すんの?』
『人の色恋沙汰に興味示すなよっ! お前は女子かっ』
『しないっ』と怒鳴り返せば、『なんでだよ~』と友人が唇を尖らせた。
『俺がウザイって感じる程に、あつぅ~い視線送っときながら、しないってそりゃねぇだろ。いくら童貞でも、ヤるときはヤるもんだろうによ~。みぃんな、そうやって大人の階段上るのさ~』
『うるさい、童貞。しないったら、しないんだよ。第一、僕に告白されたって、迷惑なだけだろうし……』
最初は一目惚れ。初めて今のクラスになり、出席番号順で座った席で、彼女は僕の前だった。
『はい、どうぞ』
そう言って、前から回ってきたプリントを渡して来た。今時、そんなことを言ってプリントを回す人間を、僕は初めて見た。いたとしても、小学生低学年ぐらいだろう。
けどそのとき、僕は確かに恋に落ちた。ストンッと、コロンッと、なんでもいいから、そんなあっさりとした効果音と共に。
にっこりと、プリント片手に笑う彼女に、落ちた。
けど、落ちたのは僕だけだった。彼女は優しい。どんな人間にも。あの友人が自分の前の席になったときですら、嫌な顔一つせずに、彼と接していた。
僕はそんな彼女が好きだった。優しい彼女が。でも誰にでも優しい彼女は、皆にその優しさを振りまく。だから彼女は皆から好かれていたし、彼女の周りはいつも華やかだった。
あのとき笑いかけてくれたのだって、別にそこにいたのが僕だからじゃない。そこに相手がいたから笑いかけてくれたに過ぎない。
僕は彼女の身の回りの皆にしか過ぎないのだ。もし、これで僕が告白なんてして、彼女の身の回りから抜けたそのとき、優しくして貰えなくなったらどうすればいい。
なにより、彼女と僕では全く人が違う。彼女は優しくって皆の人気者、僕はネガティブで友人なんてこんなみすぼらしい奴しかいない。
釣り合う筈がない。
けど、そんな僕の本気の悩みを友人は大笑いして一蹴した。
『お前、結構女々しいよな』
『うっさいな。恋は人を臆病にさせるって言うだろっ』
『にゃははっ。お前がそういうこと言うの? うっわぁ、世も末だぁ』
『お前、マジ黙れよ』
頭を抱える。そんな僕に、再び友人が大笑いする。そして、こちらに指を伸ばして来たかと思うと、
『ボーイズビーアンビシャース』
『いっ』
パチンッ、と僕の額をでこぴんしてきた。
『な、なにす、んだ』
『少年よ、大志を抱け。まずはそこからだ』
『は、はぁ??』
突然の台詞に目を丸める僕に、友人は言葉を続けて言った。
『けど、抱くだけじゃ駄目だぜ。動かなきゃ、大志じゃねぇ。そりゃ、妄想だ。少年よ、大志を抱け。そして、吹っ切れろ。吹っ切れりゃ、人間なんでも出来る』
どういうことだよ、と僕は顔を額をおさえながら顔を顰めた。友人は、うししししっと笑うだけだった。
そして、数日後、あの教室での事件が起きた。
更に数日後、友人は両親を刺した。
どうだ、と言わんばかりの吹っ切れ具合で。
「吹っ切れる、かぁ……」
手にしていたちりとりの中身をゴミ箱に捨てに行きながら、思い出した言葉を呟く。そうして、空いている方の手でポケットの中身を取り出す。
『知りたいとは思いませんか、アナタには楽園に行く価値があるかどうか』
そう書かれた一枚のハガキ。それは、数刻前、ラーメン屋で葛柳さん達が話題にしていたあのハガキだった。
「……よしっ」
僕はぐしゃぐしゃと、それを丸めた。そのまま、ゴミ箱へ投げ入れようと、体勢を作る。
が――
「…………………………」
一向に、僕の手が動く気配はなかった。
「………………はぁ……」
ガックリと、腕をおろす。
あぁ、もうっ、と僕は声をあげながらその場にしゃがみ込んだ。
(なんで捨てられないんだろ……)
この手紙が届いたのは、昨日のことだった。朝、郵便受けを見ると、投函されていた。見た瞬間に、あの組合からの手紙だと察し、僕は捨てようとした。あんな怪しげな団体からの手紙など、とっとおいても意味がない。
が、なぜか僕はそれをテーブルの上に放置した。気付けば、そのまま時間が経っていた。ゴミ箱に捨てる筈なのに、なぜか捨てようと思えなかった。
「あーあ」
本当は、葛柳さんにでも相談してみようと思ってた。けど、あのラーメン屋での会話で、彼らに対する嫌悪感が半端ない葛柳さんの姿に、話題を出すに出せず、結局、持ったままこんなとこまで来てしまった。
「捨てるだけなのに」
捨てるだけなのに。
金魚に餌をやりに来ただけなのに。
好きな人に告白をするだけなのに。
どうして、なに一つままならないのだろう、僕は。一つぐらい、なにか出来る人間になれないのだろう。
あぁ、世の中、やっぱりクソだ。
ため息をつく。下を向いてついたからか、ため息にあおられ浮いた床上のほこり達が僕の鼻孔をくすぐってきたので、思わずくしゃみをした。
と、そのとき、
「ん?」
ふいに視界の端にそれが入ってきた。
「これ……」
それは、足跡だった。僕が歩いて来た廊下についたのと同じ、ほこりで作られた、薄らとした足跡。
けど、それはどう見ても僕のじゃない。僕のにしては小さ過ぎた。
一体誰のだ、と考えて、窓の穴のことを思い出す。まさか、まだどこかにあそこから入ってきた人間がいるのでは――。
ガラッ。
「!」
ドアの開いた音に、ハッとして顔をあげる。どうしよう、僕今、ちりとりしかないんだけど。これ、防御力いくつかな。攻撃力が0ってことだけはわかります。
せめて顔だけでも守ろうと、なけなしのちりとりを片手に僕は身構えた。
が、そこにいたのは、予想外の人物だった。
「――……高島くん?」
「え……?」
『高島』――久々に呼ばれた自身の名字に驚いて、ちりとりをおろす。そして、僕はその身を固まらせた。
「早坂さん――……」
そこにいたのは、僕の想い人の彼女だった。
どうも、こんにちは。課題締切ラッシュに合って死に掛けたので、課題をぶっ刺したい勝哉です。一日に四つも締切ぶつかるとか、ふざけんなです。
今回は少々動物虐待表現が入っていますので、苦手な方は本当にすみません。一時期話題になった『ひよこミ●サー』とかと同等かもしれません、本当、すいません。
でも実はこれ、半ば昔の友人の話が基になっています。多少盛りましたが。
そんなわけで、第二話でした。
まだ続く予定ですので、のんびり更新なりますが、よろしくお願い致します。