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08

 緑と茶色の疎らな平原。

 その向こうに灰色の太線が見える。

 村を旅立ってから二週間もかかってようやくの街。

 実に長い道のりだった。

 ゴールが目前だと思うと自然に足取りも軽くなる。


 遠目には太線に見えた灰色は高く積まれた石垣であった。

 街の門にはテントが張ってあり、数人が入場のために並んでいる。

 傍らには衛兵と思しき甲冑姿の兵士の姿もちらほらとある。


「いい? さっき打ち合わせた通りに黙っててね」

「あいよ」


 入場許可の申請と街の説明はコズエに任せることにしていた。

 兵士に不信な目で睨まれても俺はただ黙って待つのみ。


「そっちのそいつは……なんだ? そんな恰好で旅をしていたのか?」


 俺達の順番になると、予想通り腰マント一枚の俺の姿が問題視された。


「この人、追い剥ぎに遭ってしまい、身包み全部剥がされてしまって大変だったんです」

「……」


 普段よりも少し高い、媚びたようなコズエの声が聞こえた。

 兵士の正面に座ったコズエはわざとらしくテーブルの上に両腕と、その上にご自慢の胸を乗せている。

 理解してやっているのだろうが、こいつのこんな面を見せられてもちょっと気持ち悪い。


「追い剥ぎだと? 街の傍ならすぐ警戒に兵を」

「あ、いえ、もっと遠くです。ここよりずっと東の、山脈の辺りでして」

「そうか、それは災難だったな」


 言い訳をするが、受け付け係の中年兵士はまだ怪訝そうな目で俺を見ている。

 どうやら兵士はまともらしく、コズエの巨乳アピールはすっかり無視だ。


「体つきは良いようだが……戦闘はからっきしの見た目だけってことか?」

「そうなんですよ、見た目だけなんです」


 コズエの言葉に納得がいかないようだ。

 兵士が立ち上がり俺のすぐ側に立つと気持ち悪いことを言ってくる。


「少し触ってみてもいいか?」

「は?」

「お前の筋肉は尋常じゃない。どんな鍛錬をしていたらここまで育つんだ」


 俺の返事を待たずに肩、二の腕、背中、脇腹を撫でている。

 こんなやり方空港でやったら即刻訴えられるぞ。

 触り方が若干気持ち悪いし。

 俺じゃなくコズエの胸でも触っとけよ。


「力作業をしてた人なんで、それで筋肉がついてるんです」


 コズエが適当な説明で取り繕うが兵士は聞いていない。

 というかいつまで触ってんだこの男。

 太ももまで触り始めたらさすがに殴る。

 睨んでいるのがバレたのか、視線がぶつかってしまう。


「……失礼したな、大したものだ」


 やっと触るのに飽きたのか、兵士は椅子に戻る。


「ほら、入場許可書二人分、滞在可能期間は五日間だ。延長の申請、許可書の紛失、他に何かあるなら中央区域にあるギルド集合所に行け。……ティヴォルアにようこそ」


 簡単に説明を加えられて解放され、やっと街に入れる。

 と思っていたら背後から声をかけられる。


「すまん、大事なことを言い忘れていた。街の南西区域は治安が良くない。あまり近くに寄るなよ」


 会釈をしてさっさと門を通り過ぎると街並みを見ることができた。

 煉瓦で造られた家々が並び、舗道の出来も悪いものではないだろう。

 うん、見事にファンタジーで中世風。

 そういう街だ。


「とりあえず宿を探すわよ」

「あいよ」


 しばらく歩いていると市場らしき広場に行き当たる。

 こんなにも人々の活気溢れる場所にくるのはいつ以来だろう。

 アマリッサの人口を優に越える人の数だ。


「荷物を盗まれな……ってアンタは心配なかったわね」

「おう」


 ここまで重い荷物を背負ってきているのはコズエである。

 俺が背負うと服と同じように木端微塵になってしまうからだ。

 少々申し訳ない気もする。


「ん?」


 そんなことを考えていると途中でおかしな光景が目に入る。


「なあ、ありゃなんだ?」

「ん?」


 俺と同じように腰に布きれ一枚の男が二人、痩せ細ったガキが三人、並んで棒立ちになっている。

 木の板を持っているガキのほうは全員目が死んでいる。


「流民か難民の類でしょ」

「……そっかー」


 コズエは簡単に言い放った。

 市場を通る人々もそれが当たり前の風景だというように誰も気にしていない。


「ふざけてんのか」

「? ちょ、何してんの?!」


 コズエの荷物から食い物を引き抜いてガキに渡す。

 すぐ食えそうな干し肉と水を詰めた木の筒。

 ガキのほうは何をされているのかわかってなかったようだ。

 大人の男達は理解したようで膝をついて俺に頭を下げてくる。


「……アンタ、なに勝手なことしてんの」

「問題ねえだろ」

「今食べる物をあげたって何も解決しないわよ」

「ぶっ」


 聞きなれたありがちフレーズに思わず吹いてしまった。

 しかもちょっと偉そうに、言ってやったぜみたいな顔をしていたのが妙に良かった。


「な、なによ。なに笑ってんの」

「いや、わりい。ものすっげえ普通のこと言われて驚いただけだ」

「なっ」

「今飢え死んじまったら解決とか言ってらんないだろ。それにな、そんな理屈は自分が何もしねえ理由にはなんねえよ」


 俺が笑っているとデコまで真っ赤になってぐぬぬ顔になっている。

 コズエのおかげで少し気が紛れた。




 手頃な宿に一部屋だけ空きを見つけたので街にいる間の拠点とする。

 コズエが心底嫌そうな顔しながら渋々と支払いをしていた。

 部屋は広く、ベッドも二つあって一安心だ。


「まあ、そんなに嫌だったなら俺は路上でも構わんのだがな」

「アンタみたいのが路上で寝てたら衛兵に連行されるわよ。村とは違うんだから気をつけなさいね」


 なるほど。


「じゃ、今日はもう休み! あー、久しぶりにしっかり体洗えるわ」


 荷物を置いてやっと人心地ついたのか、ベッドに座ったコズエが伸びをしている。

 薄汚れて生地が傷んだシャツを破らんとばかりに巨乳アピール。

 この娘、ちょっと無防備すぎやしませんかね。


「なあ、やっぱ重いか? ノーブラだし」

「は?」

「それも重いんだろうし、荷物まで持たせちまってわりいな」


 言われていることを理解したのかさっと両腕で目の保養を隠される。

 ここまでの旅であれだけ揺らしているのも見せているのに何を恥じらうのだろう。

 川で身体洗っているのだって覗かれているじゃないか。

 あれ? まさか気がついてなかったのか。


「あ、アンタそんな目で私を見てたの?!」

「ばっか、お前を見てるんじゃねえよ。立派な胸に敬意を払うのは礼儀だろ」

「意味わかんないわよ!」


 やだ、ベッドに伏せて泣き始めてしまった。


「まあ、あれだ。ほら、それは良い物だから、誇っていいんだぞ」


 慰めても効果はなく、しばらく嗚咽を聞かされる羽目になった。

 情緒不安定か、こいつ。




 翌日。

 朝から買い物へ行くというコズエについて行こうとすると「アンタは目立つから留守番。絶対、勝手に出歩かないで」と指示を受ける。

 昨日のこともあって素直に引き下がったが、やはり暇である。

 荷物を漁ってコズエの使用した服の内、下着だけを洗濯したりしてみても暇である。


「よし、出かけよう」


 宿を出て昨日の市場へと向かう。

 同じように人がわんさかといるが、俺のように腰マントだけの人物はいない。

 と、そこで不思議な者を見かけてしまった。


「……え?」


 思わず二度見してしまう。


 人型の猫。人間体型の猫。服を着ている猫。

 体型に相まってヒゲも長い。猫の耳もでかい。


「?」


 凝視しているのがバレたのか、こちらに振り向く。

 咄嗟に顔を背けて事なきを得たが、再度見る。

 ……やはり猫だ。

 誰も気にしていないのを見ると、珍しくはないのだろう。

 そういえば人類以外の種族もいるとかアニエラが言っていたな。

 初めて見るから驚いちまったよ。


 暇なので猫の人の後ろをついていく。

 何処に行くのだろう。

 猫の集会だろうか。

 ここにきて唐突なファンタジーとの出会いに少し心躍ってしまう。

 何度か路地を抜けて、角を数回曲がり、やがて大きな建物の中に入っていった。

 ここが猫の集会場所だろうか。


 真っ白な壁のその建物は普通の民家とは違い、何かの施設らしく看板が備わっていた。

 不思議なことに、「文字」自体は読めないのだが、何を意味しているのかは「理解」ができる。


『 傭 兵 ギルド 』


 「冒険者」という言葉の上に打ち消し線が数本書かれて「傭兵」にされていた。

 案外緩い機関だと判断を下す。

 出入り口が大き目なウェスタン扉だったので中を覗いてみると、黒い靄のようなものがかかってよく見えない。

 とりあえず入ってみる。


 役所や銀行の待合所のような造りになっており、幾つかの長椅子に客と思わしき者達がまばらに座っていた。

 カリカリという筆記音と受付で会話している小声、それ以外は歩く音だけが響き、案外静かなものである。

 地球にいた頃の雑音や談笑が聞こえる銀行の待合所よりも静かなまである。

 座っているのは武骨なおっさん、人相の悪いおっさん、服を着た猫人間、トサカが立派なトカゲっぽい人、重武装の中身が見えない人。

 そんな一見まともそうじゃない容姿の者だらけで、誰一人声も出さず大人しく座っている。

 もっとこうね、冒険者ギルドっていったらね、荒くれ者や無法者が騒いでいる印象だったのだがね。


「あの、何かご用ですか?」


 受け付けには銀色の髪に褐色肌、グレーのスーツのような服を着ているなかなか可愛い娘がいた。

 年齢は十七、十八歳くらいか? 胸は……まあ、コズエの圧勝だな。

 三回りほど成長すればコズエに追いつけるかもしれない。


「ああ、俺は何をしに来たんだろうな」

「はい?」


 入ってしまったからつい正面に立ってしまったが、特に用事はない。

 目の前の女の子が頭の上に「?」を出して首を傾げているのがわかる。


「薬草を集めるとかゴブリンをまとめて討伐するとか、そんな仕事はあるか?」

「えっと、薬草は街の中で栽培されていますし、ゴブリン程度ですと大量発生しない限り討伐対象にはなりませんが……」

「いきなり出てきた強い魔物を討伐する突発クエストみたいなものは?」

「クエスト? 現在は危険存在に対しての緊急招集はありません」

「じゃあギルド加入に必要な試験は? 身分証代わりになるギルドカードを作るにはどうすりゃいいんだ?」

「あの、試験はありませんし、えーっと、ギルドカードというのは、職員証のことですかね? あの、ちょーっと、お待ちくださいね」


 困り顔の娘さんが奥に行って、赤鬼のようなおっさんを伴い戻ってきた。

 「ような」というか、絵本に出てきた赤鬼そのものだ。

 赤鬼が普通にグレーのスーツを着ている、

 あれはここの制服なのだろう。

 つうかパーマのもみ上げから繋がってる髭すげえ。


「迷惑な来訪者というのはキミかな?」

「俺じゃねえな。多分そいつは走って出ていった奴だ。出てすぐ右へ曲がってた」

「えっと、この方です」


 銀髪の娘さんが間髪入れずにばらしてくる。


「キミは何をしに来たんだ?」

「あー、そうだな……。そう、人探しだな」

「そうか。その人物の名前は?」

「コズエって名前だ。昨日街に入ったばっかりなんだよ。そんで迷子になってな」

「おや? なるほど、マユーというのは貴方でしたか。よく見れば先ほど聞いていた通りだ」

「お?」


 赤鬼の態度がいきなり軟化した。

 先ほど聞いていた?


「ふむ。どうやら本当に用事があってきた者のようだが? ヘルミ君」

「えっ、だってこの人、さっきはこんなこと言ってませんよ?!」

「すまねえ、混乱してたんだ」

「ヘルミ君?」

「うっ……、し、失礼しました」

「ふむ。対応が悪くなってすまなかったね。私の方からも非礼を詫びよう」


 よし、話の通じる赤鬼で助かった。

 話の通じない赤鬼がいるのかどうかは知らないが。

 納得いかなそうな顔をしたまま銀髪の娘さんが頭を下げる。

 この娘さんはヘルミって名前か、憶えておこう。


「それで、見つけられるのか?」

「コズエさんかい? それならもうすぐ此処へくるんじゃないかね」

「ほう」


 すぐ近くにいてこちらに来るようだ。

 用は済んだとばかりに赤鬼さんは奥に戻っていく。

 俺の隣に残された銀髪の娘さんは何やら落ち着かない様子だ。


「なあ」

「は、はい?」

「あの赤鬼のおっさんはなんだ?」

「この街のギルド組合長です」

「お偉いさんか」

「えっと、はい、そうですね?」


 なんでそんな奴がコズエと俺のことを知ってる風だったんだ?

 という疑問はコズエが俺を発見し、「出歩くなって言ったでしょ!」と胸を揺らしながらきゃんきゃん騒いだ後に解明された。


「面倒事が起きたときのために話を通してきたのよ。何日か居るけど気にしないでくれって」

「そりゃあ随分と根回しがいいんだが……知り合いだったのか?」

「アニエラ様の書状一枚で済む話よ。関係者だって理解すればこの国で嫌な顔をする権力者なんていないわ」

「ほう」


 だからアイツは何者なんだよ。


「えっ……」

「うん?」


 今の話を聞いていたのか、まだ隣に立っていたヘルミが何とも言えない表情のまま固まっている。


「何、この子?」

「ここの職員だな。色々と教わっていた」

「……ふーん、どうでもいいわね。ここでの用事は済んだし宿に戻るわよ」


 宿を出るときには持っていなかった紙袋を振り上げてコズエは先に出ていってしまう。

 いや、興味ないなら聞くなよ。


「じゃあな」


 いまだ硬直していたヘルミの頭をはたくと、はっとした顔になって俺の腕に掴まって、足を止められた。


「あ、あの、先ほどは大変失礼しました! わたし、ヘルミと申しま、きゃっ!」


 俺の動きを「制限」したせいで自己紹介中にヘルミが弾かれる。

 これは、不運な事故だ。

 一メートルほど吹き飛んだヘルミは顔面から地面に着地した。


「わりい、ちょっとした理由があってだな。迂闊に俺に触らないほうがいい」

「は、はひ、こちらこそすみません。急にお引き止めになってしまって」


 立ち上がってずれた服装を整えているがまずは鼻血をどうにかしたほうがよい。


「んで、なんだ? 触りたかっただけか?」

「あ、あの、失礼を承知でお尋ねさせてください! アニエラ様のお知り合いであらせられるということは、もしかして、貴方様も、とてもお強いお方なのでしょうか?」


 面白いほどにへりくだった口調に切り替わっている。

 なんだかどんどん態度が変わってくる娘さんだ。


「どうだかわかんねえな。魔法もろくに使えねえし」

「えっ」


 魔法の練習は移動中も行っていた。

 だがやはり、どうも上手くはできない。

 コズエやアニエラのような細かいコントロールができないでいた。

 一方では筋力と体力の増強や、肉体と精神の強化といった関係の魔法、魔術は上達している。

 外部への魔力放出よりも内面への魔力操作のほうが向いているのだろう。


「そ、そうでしたか。すみません」

「強かったらなんだったんだ?」


 一瞬言葉に詰まってから、何かを決めたようにヘルミは言う。


「この街から西の方面に砦があるのですが、最近、魔族と隣国の同時攻撃に遭ってしまい常駐部隊の戦力が低下しているんです。首都から派兵された補充の部隊が到着するにはまだ時間がかかってしまい、それで……」

「それで、俺が強いんならそこへ行ってくれと?」

「す、すみません。忘れてください」

「ああ、忘れておく」


 めんどくせえ。

 そんなあからさまにがっかりした顔されても、今の俺にはどうでもいい話だ。

 さっさと宿に戻ろう。




 宿に戻るとコズエがまた半泣きで怒っていた。

 ああ、下着を洗って干さないで出てきたからか。


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