06
黒色を基調に、ふとももや脇腹の肉剥き出しと思われる部位は墨色の縞模様が表れており、肘や踵には角が生やされている。
頭部はフルフェイスのヘルメットを被らされているようで、大きな口はどこか宇宙にいる怪物を彷彿とさせる凶悪さが滲み出ていて、強酸を吐けても違和感はないだろう。
そしてこの姿を鬼たらしめているこめかみの両側辺りから伸びている二本の角は、一見クワガタか何かにも見えなくはない。
「ひでえ見た目だな」
完全に悪役のそれである。
しかも俺本来の体つきより細マッチョでちょっとかっこいい。
「もうずっとこの恰好でいいんじゃないのか? これなら服がなくても」
「そんな禍々しい姿で人前に出たら間違いなく全国家総動員で狙われるわよ」
まあ、そうなるな。
どう考えたって悪魔とかバケモノとか言われて追い回される見た目だこれ。
「周囲の魔力を含む質量を強制的にこの外装へ変換してるのね……」
「お、おい、どこ触ってんだよ」
アニエラは俺の腕をペタペタ撫でたり、脇腹の辺りを指でコツコツ弾いたりして何かを確認していたようだ。
地面を指さしているので見てみると、俺の周りの地面は部分的に土が消えていた。
どうやら消えた土が今の外装の元ということらしい。
ついでにこの状態でダメージ的な痛みは感じなかったのにくすぐったさはあることを確認できた。
気を抜いたからなのか、黒い鬼の表面──皮膚か何かがパリパリと剥がれ落ちて元の俺の姿が表出し、一分もすると腰マント一枚の男が出てくる。
「誰だこいつ」
「いや、アンタでしょ」
人の姿だけに、黒い鬼の姿よりも違和感が半端ない。
俺はいつからこんな老けた顔になったのか。
顔の変化だけじゃない、体だってこんな筋肉は付いてなかったぞ。
「最後に鏡を見たときの俺と若干見た目が違うんだが」
「ん?」
疑問を伝えるとあっさり教えてもらえた。
「アンタの身体が最盛期の状態に変化してるのよ。つまりアンタは二十歳だけど肉体の最高地点はもっと年齢が上の時ってことなんでしょうね」
中身は二十歳で見た目も肉体も三十歳ぐらい、そうなると俺は一体何歳と言えばいいのか。
十歳から十年間眠っていた場合、肉体年齢が二十歳でも中身は十歳なのだから色々と法律にひっかかったりするのだろうか。
いや、今それはどうでもいいか。
「とりあえずさっき言った通りね。旅に出るまでの間は村で暇潰してなさい。魔法の練習するなら村の人の邪魔にならないとこでやんなさいよ、皆恐がるだろうからね」
「あ、はい」
こうしてしばらく村に滞在することとなった。
そんなわけで一週間はあっという間に過ぎる。
いや、本当に早かった。
出発前にやることは多く、何をしていたか覚えていないほど充実していた。
充実していると時間というのはすぐに過ぎるものだ。
一生懸命動いていたおかげもあってか、村の連中も俺が滞在することに嫌な顔は見せてはいなかった。
アニエラのおかげなのかもしれんが。
そういえば俺が殴り倒してしまった傭兵どももこの村で大人しくなっており、すでに村人達と打ち解けている。
気を失っていたリーダーの眼帯男は人が変わってしまったように、物腰が低く丁寧な男になっているとか。
俺の説教が功を奏していたのなら喜ばしいことである。
魔法の練習で中々様子を見に行けてなかったが、出発前に一度くらい見ておこう。
「明日の早朝にはこの村を出るからな。このクソ不味い飯も今日までの付き合いだし、味わって食うよ」
「は、はは、は、そうかい、淋しくなるね」
村では宿屋で世話になっていた。
不味い飯、硬いベッド、網戸のない窓、汚い便所、湯が出ない浴室……この村の文化レベルの低さというものを如実にするとてもよい宿屋であった。
とはいえそれはこの村だけの話ではなく、他所の村もこんなものだという。
むしろ難民流民が集まってここまで治安もよく生活基盤が整っている村は他にはないと、再度教えられる。
そんな宿屋の旦那は今、カウンター越しに目の前で苦笑している。
「でも本当に、マユー君がいなくなると不便だねぇ。屋根の修理も柵の修理も、芋を拾い集めるのも子供達の遊び相手も、全部やってくれていたからねぇ」
「俺、いいように使われてただけじゃねえのか、それ」
「いいじゃないの、役に立ってたんだから」
なぜか隣にはコズエが座って飯を食っている。
「お前は暇人なの?」
「私はアンタと一緒に旅に行くこと、まだ認めてないから!」
「じゃあ来なきゃいいだろ」
こういうと見事に悔しそうなブサイク面をしてくれて嬉しい。
ぐぬぬ……とか言ってほしい。
「アニエラ様が言うんだから仕方ないでしょ! でもそれと私の気持ちは別なの!! 私はアニエラ様と離れたくないの! 今だってたまにしか村に来ていただけないのに、もう会えなくなるかもしれないのよ?!」
「知らねえよ……」
めんどくせえな、こいつ。
涙目で大声あげないでほしいわ。
ほら、宿屋の旦那が引っ込んじゃったじゃねえかよ。
「なあ、そんなに嫌ならアニエラに言えよ。あいつに逆らえねえってなら、逃げればいいだろ。それとも俺からも言ってやったほうがいいのか?」
「そ、そんなこと言ったら、アニエラ様が困るでしょ?! アニエラ様の役に立てるなら私はそれでいいのよ!」
あー、もう、めんどくせえ。
「私はアニエラ様の一番弟子なのよ? アニエラ様の期待に応えられなくてどうするの?! 必ず立派に、アンタを送り届けて見せるわ!」
椅子を倒して立ち上がると、立派すぎる胸に手を当てて誇るようなポーズをとった。
悔しいことにその胸を突き出されるとこちらとしては強く出れなくなる。
こいつは来なくてもいいからその二つの塊だけ持っていけないだろうか。
「そ、そうか。頑張れ」
こんなどうでもいいやり取りをして朝食を済ませると、タイミングよくアニエラがやってきた。
いつか見たようにコズエがアニエラに飛びつこうとするが、鳩尾に拳を綺麗に直撃させてその暴挙を止めてコズエを地に這わせた。
「おはよう。二人ともいるわね。ちょっと裏に来て。どのくらい動けるようになったか見たいから決闘してちょうだい」
「おは、は?」
「わかりました!」
いや、こいつなんでこんな復活早いの。
現在俺の前には、コズエと焦げ茶色の埴輪風な魔兵が構えている。
ちょっと離れた場所でテオドラの上に寝そべったアニエラが「はやくしなさいよー」と囃し立てて、さらに離れた場所から村人達がこちらを観戦していた。
ここの村の連中は暇なのか、娯楽がないからなのか、騒いでいるとすぐ集まってくる。
その中にはクロミがぼろ布、もとい被服を抱えて心配そうに俺を見ている姿もあった。
「アニエラ様! わ、私が勝ったら旅に出ないでもよいと言ってくれたりしますか?!」
「ないわ。コズエ、貴女が行くのは決定事項よ」
うわ、こいつひでえな。
コズエがもう倒れてるじゃねえか、戦闘前に終わっちゃったじゃねえかよ。
アニエラだってコズエがアニエラから離れたくないのわかってるだろうに冷たい奴だ。
「あ、万が一の話だけど、もしマユーが死んじゃったら、旅はなくなるわ」
「え、そ、それは……が、頑張ります!!」
「……」
アニエラを睨んでみると顔を背けられる。
あいつは俺が勝つと理解して言っている、とことんひどい奴だ。
でもコズエだって練習中で既に圧倒的な差を知っているだろうに、なぜ無謀なことを。
……ああ、そうか。
わざわざ名分のある「場」を作ってやったのか。
「じゃ、じゃあ、いくわよ!」
「あいよ」
この一週間、魔法の練習でコズエには付き合ってもらった。
なので大体の魔法、魔術の手口は見せてもらっている。
コズエは本人が動くよりも、魔兵に戦わせるというスタイルのものだった。
魔兵の操作は魔術によって行われる。
本来は魔法使いが戦場へ赴かず、遠隔操作によって自身の代わりに戦闘させるものだという。
魔兵操作中の魔法使いはほぼ無防備になる。
俺も動かし方を覚えたがまるで身体があのデカブツになった、というか身体が二つになったという気分になった。
視点は四つになって何を見ているかわからなくなったり、腕を動かすと俺の腕が動いただけだったり、「自分の身体」と「魔兵の身体」の切り替えが中々難しいもので俺に操縦は無理だと早々に諦めた。
そんな魔兵だが、人間の身よりも遥かに多くの魔力を保有し、その魔力品質も上がり、腕を一振りで人が家屋は吹き飛び、走らせれば馬の数倍の速さを持ち、なにより幾ら暴れても疲労がない──と魔力が続く限りは良いこと尽くめだという。
だが魔法使いか、ある程度の魔力を保有して尚且つ「感応魔術」と「魔力操作」をこなせる者でなければ扱うことはできないのだとか。
俺はなんとなくで、ちょっと動かせてしまったのでよくわからない話だった。
そして今正に、魔兵の凶悪な拳が俺の真上から降ってこようとしていた。
コズエは魔兵操作の魔法陣の中で瞑目して意識を操作に向けている。
魔力の奔流が周囲に風を起こして、コズエのスカートや綺麗な黒髪を巻き上げ、胸に付けられた二つの塊がぶよんぶよん暴れさせていた。
あの様子を初めて見たときは一瞬で膝をついて動けなくなってしまったものだ。
そしてこの世界にはブラジャーが一般的ではないことを察してまた動けなくなってしまったのも仕方ないことであろう。
そんな無駄に余計なことを考えている間に魔兵からガンガン殴られていることに気がついた。
不思議なことに、木を二三本軽く吹き飛ばすほどの威力を有した拳なのだがまるで響かない。
ちょっと地面に埋められているくらいであろう。
「……」
アニエラは見ておらず、欠伸とかしてるし。
お前の言ったことを信じて一生懸命俺を殴ってるコズエが可哀想だろ……。
「だ、だから、なんで、なんでアンタは平気なのよ?!」
「もう、やめよ?」
可哀想なので魔兵の腕をもぎ折り、足を破壊する。
バランスを無くした魔兵は倒れて動けなくなり、意識を完全にコズエにと戻させた。
「どうする?」
「やれるわよ!」
その後はいっぱしの魔法使いらしく、いや、八つ当たりの如く様々な魔法をぶつけてくる。
もう完全に戦闘方法や相手の出方を窺うなどの思考を無くしていた。
そしてついには勝手に気を失って、決闘という名のコズエにストレス発散させる茶番は終了する。
おい、一歩も動かずに終わってるじゃねえか。
「どうすんだ? これで終わりでいいのか?」
転がっているコズエをテオドラに乗せて、アニエラがコズエのいた場所と入れ替わりに立つ。
「わたしが魔兵を動かすからそれを倒しなさい」
「今度はお前かよ」
崩れていた魔兵が周囲から物質を吸収して姿を元に戻して────
元の間の抜けた埴輪のような姿ではなかった。
「アンタも早くあの黒い姿になりなさいよ」
「……今まで聞かなかったけどよ、お前って何者なんだ?」
頭部に見える八つの眼球は定まっておらず、巨大な口から覗く獰猛な牙、畏怖を与える鋭い爪、全身を覆う光沢のある鱗、その躯体はさきほどの魔兵よりも二回りほど大きく。
「これ、は、龍なのか?」
地球のファンタジーで見られたような、綺麗な何とかドラゴンみたいなカッコいいものではなく、俺の黒い鬼の姿に近い悍ましさを醸し出している。
怪物の姿を前に、異世界に来てから初めて「死」や「恐怖」といったものを思い出してきた。