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05

 アニエラに連れられて先ほど騒動のあった宿屋の食堂へやってきた。

 人が暴れていた痕跡は消え、テーブルも床も綺麗に掃除されて整っている。

 何事もなかったかのように宿屋の夫妻は笑顔で受け入れて、ちょっとしたたくましさを感じざるをえない。


「アンタが服を着られないのは魔力特性のせいなのね」

「それはもう聞いた」

「それで確認してみたんだけど、アンタの特性は初めて確認ができるものみたいだったのよ」


 ほう、初めてか。

 いい響きだ。


「その特性とやらのせいで俺が服を着られない、そこはわかった。俺が服を着られるようにするにはどうすりゃいいんだ?」

「特性を消すとか変更するなんて、前例がないから正確なことはわからないわ」

「ちょ……」


 おいおい、冗談じゃねえぞ。

 このまま腰マント一枚で一生過ごすなんて、山か森に籠る生活しかできなくなるだろ。


 あ、アニエラの家に住めばいいのか。

 家も広かったし、ここより食事も良さそうだ。

 アニエラも性格は難有りで体型もちょっと残念だが、気がどうにかしたらきっと惚れてしまうかもしれない。

 あれ? こいつよく見ると美少女か? ぱっつん前髪に光るデコも、生意気そうな顔つきも、発展途上で終わったような体型も、愛嬌としてみればいいのか。

 山の中で妻と犬とひっそりと暮らす、いいかもしれない。


「あんまり問題ねえな、一緒に生きようぜ」

「いや、わたしの家には住まわせないから。気持ち悪い」

「そうか」


 心底嫌そうな眼差しを向けてくる。

 いや、俺だって本気じゃねえよ。

 そんな豚が喜びそうな目付きすんなよ。


「ただ、ランヴァラックに行けば何か、ヒントぐらいわかるかもしれない」

「ランヴァラック?」


 魔法大国ランヴァラック。

 現状この世界で一番魔法の研究が盛んであり、召喚魔術の資料も蒐集されているという。

 国の統治者が世界で指折りの魔法使いなこともあって、魔法と魔術に深く携わる者ならば助言を仰ぎに一度は行きたい場所であるとか。


「あそこなら人目を憚らずに召喚魔術の研究もしてるだろうし、異世界人が堂々としていても捕まったりしないと思うわよ」

「捕まる……?」


 不穏だ、不穏すぎる言葉だ。

 俺のストレスと不安と怒りを一気に上げてしまう言葉だ。

 公園で寝ているだけで何度その言葉を聞かされたことか。


「ああ、その理由は二つあってね。昨日も言ったけど異世界人って凄い戦力になるのよ。だから戦線に送りたいから確保したい国は多いの。もう一つの理由は、今の戦争の原因が異世界人だからで──」


 ふざけんなよ。

 そんな理由で、こっちでまで捕まってたまるか。

 裸じゃなくなっても普通に暮らせないってことじゃねえかよ。

 異世界でも強者ぶった連中の勝手な理由で人を縛るのか。

 気に入らねえ、実に気に入らねえ。


「人の話聞いてる?」

「いや、まったく聞いてなかったが『やりたいこと』の一つは埋まった」

「何言ってんの?」


 どうせ異世界だ、俺が何やっても親兄弟に迷惑がかかるわけでもあるまい。


「んで? そのランヴァラックとやらにはどう行けばいいんだ?」


 アニエラが手をかざすとテーブルに突然地図のようなものが浮かび上がる。

 そして「ここ、アマリッサ」と書かれた点が出ると地図がすーっと移動していく。

 しばらく動いて「ここ、ランヴァラック」という点が出てきて動きは停止した。

 ネットでよく見た便利マップだな。


「普通に歩いて行くなら最低でも一年はかかるわね」

「どんだけ遠いんだよ」

「大丈夫よ、歩いていけばの話だから。今なら何事もなかったら半分くらいで着くわ」


 それでも半年かかるのか……。


「わたしが一緒に行けたら数週間なんだけどね」

「え、おい、じゃあ連れていけよ」

「長期間ここを離れるわけにはいかないの。あっちには話を通しといてあげるんだから、感謝してほしいくらいよ」

「いや、俺の意思を無視して勝手に呼んだのはお前なんだが……」


 なんて態度のでかい女だ。

 こんな女と山でひっそり暮らすプランを考えたことが悔しい。


「今のその顔で思い出したわ。アンタの魔力特性は『反抗』と名付けることになったから」

「は?」

「アンタは制限や拘束を全部壊す状態なのよ。とっても迷惑な話ね」

「そんな理由で服が破れてたのか?」

「多分ね。物理的にも、魔力的にも、きっと他のことでも破られるわ」


 一通りの説明を聞いて会話が途切れると、飲み物が運ばれてきた。

 昨日飲まされた蜂蜜を溶いたようなお湯ではなく、紅茶のようなものだ。

 紅茶の味なんかわからないが匂いは良い。

 と。


 宿屋の入り口が大きな音を立てて開かれる。


「アニエラさまああああああああああ!!」


 馬鹿みたいな大声をあげながら黒い塊がアニエラに飛びついていく。

 そして俺の紅茶が吹っ飛ばされた。


「アニエラ様、アニエラ様、アニエラ様、アニエラ様、アニエラ様ぁ……!」

「ちょっ、離しなさい! 離しなさいよ、コズエ!? どこ嗅いでんのよ!!」

「はぁ、はぁ、はぁ、ひさ、久ぶりの本物のアニエラ様なんです、せめて、せめて臭いだけは!!」


 俺の目の前では一人の少女がハッ、ハッと呼吸を荒げて、アニエラに顔を擦り付けながら首や脇の匂いを嗅いでいた。

 ときおりアニエラが「ちょっ」とか「ひゃっ」とか声を漏らしている。

 なんだろう、ちょっとガチでアレな人かな? こっちの世界にもいるのだなと感心してしまう。

 そして俺の胸元から太ももには紅茶がぶちまけられた跡ができている。

 垂れてくると股間まで染みてなんだか変な気分になってしまう。


「いい加減にしなさい!」

「ぶひぃっ?!」


 アニエラの肘鉄が顔を擦り付けていた少女のこめかみに綺麗にヒットしてそのまま床をぶち抜いて頭をめりこませる。

 さっき傭兵に突き飛ばされた俺よりもひどい。


「お前、本当は魔法使いじゃなくて打撃系の格闘家なんじゃないのか?」

「違うわよ!!」


 それとも打撃を正確に点で狙えるのも魔法や魔術の力なのだろうか。


「そいつはなんなんだ?」

「こ、この子はコズエって言って」

「むしろアナタがなんなの?」


 少女は床を壊す勢いで頭叩きつけられたのにもう起きている。

 復活はえーな、おい。

 両腕を組んでアニエラと俺の間に割って入ってきた。


「アニエラ様の一番弟子よ。アナタはなんなのかしら? 外から覗いてたけどアニエラ様に対して偉そうで生意気で失礼な態度をとっていたわね。そんなことが許されると思ってるの?」


 コズエと名乗った少女はそれはもう忌々し気に俺を見下ろしている。

 髪型はアニエラを真似しているのか前髪ぱっつんであるが、とても綺麗な黒髪である。

 だがそれよりも。

 それよりも眼をひいてしまうのが、両腕に乗せられている二つの塊だ。


 なんだ、これは。


 でかい、ただその一言に尽きる。

 メロンやスイカという表現は正しくこういう代物に使うものだったのだ。

 過去これまでにこれほどの逸品は見たことがなかった。

 ここまで圧倒的な存在感を出されていると喋っているのが二つの乳房のように思えてくるではないか。

 呼吸の度に上下する双丘はそんな威圧感を徐々に感じさせなくなり、どこか自分が置いてきた何かを思い出させてくれる、そんな柔和な微笑みを浮かべている。


「っ!! な、な、なんでいきなり顔近づけてんの?!」


 両腕の上で静かに微笑んでいた優しい塊がさっと隠されてしまった。


「おいおい、人と話すなら顔隠すなよ」

「顔はこっちよ!?」

「あれ?」


 上から声が聞こえて我を取り戻せた。


「マユー、その子はコズエ。わたしの代わりにアンタと一緒にランヴァラックに行く子だから仲良くしときなさい」

「ほう」

「えっ?!」


 この立派なお胸が一緒にか……なるほど、悪くない。

 コズエのほうは口を大きく開けたまま固まっている。


「じゃ、旅の準備や荷物はこっちで用意してあげるから。一週間くらいはここの村で生活してなさい」

「おう」

「それまでは大人しくしてなさいね。今日みたいに傭兵に絡むとかやめなさいよ」

「ああ、それな」


 何があったかは知っていたようで詳しく説明することは省けた。

 そして丁度よかったので魔法について聞いてみる。


「ああいう魔法ってのはお前もできるのか?」

「……はぁ」


 なぜか宿屋の裏に連れてこられた。

 固まっていたコズエはまだ固まっていたのでそっとしておいた。


「アンタが攻撃魔法にどの程度の印象を持ったからわからないけど、わたしが五等級魔法の「イーニットピラー」? だったかを使うと」


 アニエラが「よく見なさい」といって顔を横に向けたので釣られてそちらを見る。

 次の瞬間、轟音とともに巨大な火柱が──いや、火柱というよりも炎の竜巻を凝縮したものが、宿屋の屋根よりも遥か高い位置まで突き上がった。

 数時間前に俺がやられたものなどこれに比べたら線香花火のようなものだ。

 何かが決定的に違う、それだけは理解できた。


「こうなるの。アンタがどう使えるようになるかはわからないけど、出発までには教えるから安心しなさい」

「お、おう」


 今の凶暴な炎を俺が? 無理だろ。


「それよりも、アンタが魔法を当てられたときの反応のほうが大事よ」

「あ?」


 そういえば炎の攻撃を喰らったのに俺は無傷だった。

 当たり前のように感じて何も気にしていなかったのだが。

 全身が何かで覆われていた、そんな気がする。


「一度この目で見たいからやってみせて」

「やってと言われてもな。勝手になっただけで俺がわかることじゃねえ」

「そう……なら、はい」

「!!」


 突然の強烈な重圧に膝が地面を砕く。

 上半身も支えられずに、すぐさま四つん這いのポーズをとってしまった。

 身体が、全身が、異常に重い。


「まだ甘かったみたいね」


 手足が地面にめり込んでいく。

 それだけではなく、俺を中心に周囲が綺麗に沈んでいた。

 くっそ、そろそろマントもずり落ちそうじゃねえか。

 腰のマントが外れたら丸出しなんだぞ、こんなポーズじゃケツが、ケツがやばい。


「早く『反抗』しなさいよ」


 呆れたようなアニエラの声が癪に障る。


 あ、そうか。


 これはこいつがやってるのか。

 そう気がつくと苛ついて、身体が徐々に軽くなってくる。

 三分も経たない内に両足だけで立ち上がることもできた。

 ぷるぷるする足を堪えながらアニエラに文句を言おうとそちらを向くと、なぜか満足そうな顔をしている。


「おい、こら、何のつもりだ」

「やればできるじゃないの」

「は?」


 重力が消えた。

 どっと疲れが表れて、深い息が出る。

 額の汗を拭おうと手を持ち上げて──俺の手ではない、黒い悪魔の手みたいなものが出てきた。


「なんじゃこりゃ」

「ああ、自分の恰好が見えてないものね。ほら」


 アニエラの横に楕円形の姿見が出現した。

 そして俺に向けているのだが、そこに映っているのは俺ではなく。


「誰だよ、この変なコスプレイヤーは?」

「アンタよ。コスプレイヤーって何よ」


 鏡に映っているのは、何とかマンとかヒーローモノに出てきそうな、全身が黒で覆われた鬼のような奴であった。


 え、これ、俺なのか。


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