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04

 あの場所で固まっていると村の連中に迷惑をかけそうだったので開けた場所へと移動した。

 今は気絶してしまっている眼帯の男を椅子にして、頬痩せ男と筋肉ダルマにはSEKKYOUこと説教をしている。


「そんで、てめえらよ。なんで俺がこんな風に叱ってるのか、わかってんのか?」


 二人は宿屋での怒りに満ちた悪人面が別人だったかのように大人しく、しおらしくなってしまっている。


「酒飲んで他の人間に絡む……ま、そこは、もう見逃してやる。けどな、暴力はいけねえ。しかもてめえら、ガキまで恫喝したろ」


 ちょっと語気を強めると面白いほどに筋肉ダルマがぷるぷると震えている。

 

「ありゃあよくねえ、よくねえよ。自分より弱い奴を力で抑えようとするのは人としてやっちゃいけねえことだ。気にいらねえ。わかってんのか、なぁ?」

「は、はいっ」

「そっちのてめえも聞いてんのか」


 頬痩せ男には無意味に穴を掘らせていた。

 道具など持っていないので素手でやらせている。

 「てめえらを埋める穴なんだからてめえらが自分で掘るのが当然だろ」と言っておいたが、無論そんな気はない。


「も、もう勘弁してくれ、俺達が悪かったよ」

「本当に反省してんのか? てめえらの親分は伸びちまって返事ねえぞ」

「そ、それはお前が……」

「あ? 「お前」だ?」

「い、いえ、貴方が……」

「てめえよ、こっちは殺されかけてんだよ。それをたかだか数発殴っただけで許してくれってのは、都合良すぎやしねえか? なあ、俺間違ったこと言ってるか?」

「いいえ、間違ってません……ですからもう、許してください……」

「いーや、まだ駄目だ。てめえは穴掘り終わるまで、てめえはそいつが掘り終わるまで正座だ」

「う、うぅ……」


 人に暴力ふるって、殺しかけて、それでやられたら助けてくれって……こいつら何考えてんだ。

 傭兵というのはこんな奴らがなる職業なのか、それともこいつらがたまたまこうなだけなのか。


「そういやてめえら傭兵とか言ってたよな。傭兵ってのは、皆てめえらみたいな無法者のか?」


 ふと疑問に思ったので、正座で震えている筋肉ダルマに聞いてみる。

 世界には居たのだろうが日本じゃ滅多に見かけない職業、というか見かけたことのない職業だ。

 さすが魔物と戦っている世界とでもいうべきか。


「確か俺の知識じゃてめえらみたいのは、ギルドにたむろって強い初心者に絡んで返り討ちにあって爆死してるんだが」

「ば、爆死?! そんなくだらないことで人殺しにまでなりませんよ!」

「さっき俺を殺しかけた連中が言うことじゃねえな」


 よくあるファンタジーだとそんなイメージだったのだが。


「そ、それは、そうなんですが……貴方がこんなにもお強い方とわかりませんでしたし……。でも、ギルドにいて傭兵同士でそこまでするなんて馬鹿なことは、よっぽどの限りないですよ……規約にも反しますし……」

「そうなのか」


 筋肉ダルマが「味方同士で戦うなんて最悪な環境じゃないか……」と小声で言っている。

 どういうことか尋ねると「傭兵同士で争っている余裕なんかない」という単純明快な理由を答えてくる。

 それでも仲が悪かったり、ソリが合わなかったり、損得のぶつかりで喧嘩ぐらいあるだろ? とつっこんでも、戦いの前線でそんな馬鹿なこと言っていたら互いに損しかないと。

 どうやら俺が思っているよりは人間関係の環境は悪いものじゃないらしい。

 筋肉ダルマに「どんな劣悪な環境にいたんですかね……?」などと余計な疑惑を持たれる始末だ。


「んで。傭兵ってのはてめえらみたいな、いきなり弱い奴相手に絡んで憂さ晴らしていくような馬鹿が多いのか多くねえのか、どっちだ?」

「す、少なくはないです」

「チッ」

「ヒィ!!」


 舌打ちと同時に思わず地面を抉るように蹴ってしまうと、筋肉ダルマが転がりながら距離を取って頬痩せ男は掘っていた穴に隠れこんだ。

 異世界でも人間はたいして変わらないことを思い知らされる。

 深い溜息をついて顔を上げると、視界の端にクロミが映った。




*




 真由に睡眠を邪魔されたアニエラは、昼前には二度寝を済ませて目を覚ます。

 昨夜は異世界から呼び出した人物『朱里真由』の魔力特性を調べていて寝るのが遅くなり、多少の睡眠不足である。

 だがその甲斐もあってムーンレンズから採取した魔力の残滓から、真由の持つ魔力特性について大よその見当をつけることができた。

 アニエラは自分が真由を召喚する際に用いた術式を思い返す。


 世界移動による環境変化から異世界人を守る「身体適応」。

 世界、種族による言語の壁を越えて意思疎通をとらせる「言語理解」。

 魔力を発生させることのない世界から来た異世界人でも、保有する魔力を使用可能にする「魔力発露」。

 環境の変化や事態の成り行きへの抵抗、状況への疑問を緩和させてすんなり理解させる「認識補強」。

 召喚者の命令を絶対として遂行する「命令遵守」。

 これらが召喚魔術のブラックボックスとなる発動に必須の五つの術式である。

 そこに戦力の向上を目的とした「肉体強化」、魔力の保有量と品質を上げる「魔力補正」、召喚者に対し敵愾心を持たせない「思考制限」、状況によって心をぶれさせない「精神安定」の、補正効果を加える四つの術式とを合わせた九つの術式を組み合わせたものが、数少ない召喚者達の間では一般的である。


 そして召喚者自身の能力と準備によって加えられる術式は増えていく。

 アニエラは一般的な九つの術式に更に七つの術式、高等付与術式を一つ加えた合計十七の術式で召喚魔術を発動させている。

 異世界人の基本能力を向上させる「筋力増強」「体力回復」「魔力汪溢」。

 猜疑心や懐疑心、懐郷の念、現状の不安などの精神状態の悪化による活動への支障を起こす考えにならないようにさせる「思考誘導」と「追想霧消」。

 欲求、感情の揺れ幅を魔力に変換させる「衝動変換」。

 対象者の能力を大幅に向上させる上級術式の「英雄補正」。

 そしてアニエラが独自に開発した付与魔術の一つ、「浄化」。

 「掃除」に関して思う所があったアニエラが「次の使用人はどんな汚れも落とせるような魔法を使えるようなのにしよう」と考えて作った術式だった。

 アニエラは、召喚した異世界人である真由に「命令遵守」と「思考制限」の効果は発動しておらず、「認識補強」と「思考誘導」の効果も出ているか怪しいものだと考えていた。


 しかし術式の効果を無効化させてしまう四つの魔力特性「破壊」「消失」「否定」「反射」であれば石版で結果も出せている。

 それら四つの魔力特性であれば全ての術式効果への弊害が出現しているはずだった。

 「言語理解」が発動していなければ言葉も通じておらず、「認識補強」と「精神安定」の効果が消されていれば、もっと暴れていただろう。


(無効化されているっぽいのはどれも「制限」をかける術式……効果が出ているのは生きるのに必須か有利になる術式……)


 と、ここまでは就寝前に至った答えだ。

 現在アニエラは家の脇に備わったテラスで寝起きのけだるさを飛ばしていた。

 そこまで思い出し、紅茶を片手に瞑目した。

 その僅かな時間にありえそうな魔力特性を想像する。


(制限を消して有利なものは取り入れる……「吸収」「選択」「防衛」、防衛は違うか……「排他」「領域」……有害な物に拒絶を起こす「抵抗」が一番近いかな……)


 目を開くと想起した全ての可能性を否定して溜め息を吐く。

 そもそも既知の特性であれば石版に蓄積された情報で判明していたことだった。


「バウォン!」


 テオドラが帰ってきたことを告げてその姿をテラスの前に出した。


「おかえり。どうだった?」

「バウォン!!」

「それで?」

「バウォン!」

「……そう」


 テオドラが観察していた真由の行動をアニエラに報告する。

 被服が着られなかったこと、言語と食事に問題はなかったこと、ランク8の傭兵に圧勝したこと、傭兵に暴虐な振る舞いをしていること。

 それを聞いてアニエラは頭を抱えた。

 アニエラの術式が正常であれば、容姿はどうであれ優秀で聡明でハイスペックな超人の執事かメイドが素直に言うことを聞いて何でも命令通りに動いていたはずであった。

 それが粗野で粗雑な雰囲気を持つ体格の良い裸のオッサンが出てきて自分の庭で問題行動を起こしている。

 魔法使いとしては興味深い素材であるが、ゆゆ式自体であった。


(特性のせいか、性格のせいか、どっちにしろ手元に置いておくのは……)


 アニエラは深い溜息を吐いた後、テオドラに乗る。

 テオドラは真由を乗せていたときとは違い、速度を抑えることもなくアマリッサへと向かった。




*




「あの、もう、その人達を、許してあげてください」


 俺の前にきたクロミの第一声がこれである。

 俺としても説教することはなくなって、座ってるだけなのも飽きてきたのでそろそろ解放するつもりであったが。


「おう、クロミっつーんだってな」

「えっ、……あ、はい。……お、お兄さんは?」

「俺か? 朱里真由だ」

「……カリマユさん」

「マユーな」

「……お兄、さん」

「お、おう」


 呼ばれ慣れていない名前でむず痒い。


「お兄、さん。その人を許して、あげてください」

「あー、それなー」


 筋肉ダルマと頬痩せ男を見ると、涙目ながらも真剣な顔でこちらを見ている。


「おい、てめえらはこのガキに言うことあんだろ」

「お嬢ちゃん、さっきはほんとにすまねえことをした、もうあんなことはしねえ、許してくれ」

「そこで伸びてるバナーカさんも、本当はあんあ怒りっぽい人じゃないんだ、ただこないだの戦闘で、眼をやられちまって気が荒れやすくなっていたんだ、すまねえ、本当にすまねえ……」

「っ! えっ、あの、もう、いいんです」

「てめえらまたガキを恐がらせてんじゃねえよ」


 土下座体勢のまま迫ったせいでクロミがビビッてるじゃねえか。


「わたしは、怒っていません、大丈夫です。でも、暴力は、喧嘩は、しないでください。お願いします」

「おう、わかったのか、てめえら。もう二度とあんな真似すんじゃねえぞ」


 地べたを這って泣いている二人は「ありがとう、ありがとう」と叫びながら動かなくなっていた。

 そんな二人をクロミがあやしている。

 どうやら一件落着ということでいいだろう。

 もう飽きたし面倒臭い。


 その場から離れて村の中心地に戻ると、散らばっていたはずの村人がまた集まっていた。

 しかし先ほどと違って困った顔も苦々しい顔も見当たらない。

 それどころか笑顔は多く、何人かは泣いているし、何人かは拝んでまでいる。

 そんな村人達の中心にはアニエラが立っていた。

 昨日も見た魔女っ娘スタイルだが帽子は被っておらずデコが眩しい。

 アイツはいつの間に来ていたんだ。


「よっ」

「あ、丁度良かった」

「なんだよ」

「アンタに話があって探しにきたのよ」

「なんだ? 処分とか言われるなら逃げるぞ」

「安心しなさい、そんなことしないから。好きに生きればいいわよ」


 あれ? 一日で意見が変わってんな。

 何があって手のひらがクルっとしたのか。


「そりゃいい話なんだが、それを言いに来たのか?」

「いえ、それだけじゃなくてね」


 アニエラは両腕を組んでまじまじと、足元から頭の先までを舐めるように俺を見る。

 なんだこいつ、目つきがおかしい。


「ねえ、アンタはずっとそのままでいい?」

「あ?」

「裸のままでいいのかって聞いてんのよ」


 いいわけねえだろ。


「いや、そうそう、さっき服を着てみたんだけどよ、全部破れちまってな」

「聞いたわ。多分、推測なんだけど、それはアンタの魔力特性のせいでね。このままだとずっと、一生、その、ぜ、全裸のままよ」


 真剣な顔で俺の眼を見ている。

 嘘はついていないのだろうが言ってることが恥ずかしいのか、若干ほっぺたが朱い。


「ちょっと詳しく教えてくれよ、おい」

「そのことを話しにきたのよ」


 このまま腰にマント一枚で生きろなんて、なんだそれ。


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