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02

 毛布を一枚受け取って隣の小屋へ向かう。

 そこには馬小屋とか厩舎とか呼ばれる建物があった。

 いや、公園のベンチに比べれば断然マシだな。


 翌朝。

 目が覚めると毛布以外の暖かい何かで全身が包まれていた。

 次の瞬間、自分の周囲を見て息することを忘れ、心臓も止まりかけた。

 大きな羊だか犬だか狼だか、よくわからない毛むくじゃらの生き物が俺を腹に乗せて眠っている。

 全長は四メートルほどだろうか? 顔つきはぱっと見でイヌ科なのだが、胴体は羊のようにもふもふっとした白い毛で覆われており、しかし伸びている両脚には申し訳程度の体毛だけがあって、足の先に蹄はない。


「……」


 息を殺しそっと小屋を抜け出すと、猛ダッシュで隣のアニエラ宅に駆けこむ。

 くそっ、ドアが開かない。


「おい、大変だ! なんかいんぞ、なんかいんぞ!」


 叩き続けたドアが粉々になったおかげで中に入ることができた。

 アニエラは二階の寝室、ベッドの上で腹を出し、アホ面を見せて眠っている。

 なんだ、おい、天蓋付のベッドなんてゲームや漫画でしか見たことがなかった。

 ナイトウェアは、元の世界で見かけるような物よりも生地は厚いがベビードールのようだ。

 腹の辺りをもう少しめくって上下がセットかどうかを確認する。


「…………」


 ふぅ……なるほど、確認は取れた。


「そうじゃ、ねえだろ!」

「ん……ん? …………ぴゃあぁっ!!」


 大声だけで起きてくれて助かった。


「大変なんだよ、起きたら変な白くてでかい奴が俺を人形みたブヒュッ!」

「ど、どうやって家の中に入ってきたのよ?! てゆーか、なんで寝室まで勝手に入ってんのよ!!」


 昨日と同じ一本拳が人中の横数ミリを突いた。

 俺はその場で崩れ落ちて「ブヒュウブヒュウ」と呼吸するしかできなくなる。

 今時、理不尽暴力系ヒロインとか流行らないんだから止めてほしい。




 落ち着いた後に話を聞いてみると、俺と一緒に眠っていたのは「コンソラスニーク」という魔獣だという。

 名前を「テオドラ」といって、アニエラが知人から頻繁に預かっているペットらしい。

 この「コンソラスニーク」という魔獣は温厚な性格でむやみに他の種族を襲って喰らうことはなく、そして知能は魔獣の中では高く、短期間で人間の言葉を理解できるようになる上に、他種の動物ともコミュニケーションを取ることができるという。


「言っておくの忘れてたわ。先にあの子が来てるんだった」

「死ぬほどびびったんだが?」

「普通の犬よ」


 異世界二日目で寝起きに犬見て心臓麻痺とか絶対に誰も認めんぞ。

 人生捨てていた俺だって、さすがに認めん。


「テオドラが懐いたみたいだし、あの子の散歩にでも付き合ってあげてよ。どうせ暇でしょ」


 そら、暇だけどな。


「はい、これ。持ってきなさい」


 紐が付けられた青く丸い石を渡される。

 見ただけだと空飛ぶ城でも探せそうだ。

 とりあえず首にかけて──ぷつっ、という音がして紐が切れてしまった。


「なにやってんのよ」

「俺は悪くねえ」


 落ちた石の紐を結びなおしてもう一度首にかけて──また切れた。


「……」

「俺は悪くねえ」


 再度首にかけて、はい、また落ちたー。


「ふざけてんの?」

「俺は悪くねえ」


 何度やっても駄目だ。

 切れ続けたせいで紐は結び目だらけ、もうこの紐はこれ以上使えない。

 他の紐を付け替えてもみたものの、やっぱり切れる。

 この世界の紐は脆すぎることが判明した。


「紐は悪くないわよ」

「そうか。なら、俺のせいか」


 首にかけるのを諦め、腰のマントに縫い付けておく。

 元からネクタイどころか腕時計すら身に着ける物は嫌いだ。

 首にかけずに済むならそれは歓迎する。


「で。この石はなんなんだ?」

「昨日見せたムーンレンズの亜種で、エルダーストーンっていってね。一言で言えば、持ってる人間を追跡できる石ね。わたしの力の及ぶ範囲なら何処にいてもわかるわ。どっかで迷子になられても困るからね」


 GPSみたいなもんか。


「それじゃ行ってきなさい」

「その前に一つ、いいか?」

「ん?」

「朝食をもらえると助かるんだが?」

「……帰ってきたらね」




 家の前ではテオドラと呼ばれた犬が、羊のような毛をグルーミングしながら待ち構えていた。

 でかい、動いているのを見るとやっぱりでかい。

 だが既に犬と聞いていたせいかあまり恐い印象はなくなっている。


「おー、よしよしよし」

「バウォン!!」

「うぉっ」


 上下関係は決まった。

 首の根を噛まれてぽいっと背中に乗せられる。

 うわ、ふかふか、あったけえ……。


 テオドラが樹海に向かって道なき道を走り出す。

 見た目から予想はしていたが、この犬すげえ速い、速すぎる。

 速いせいで木の枝がかすると痛いし、服が無いせいでとても寒い。

 羊毛の中に全身を沈める。

 あー、テオドラの中、あったけえ……。


 テオドラの爆走が徐々に速度を落としてやがて停止した。

 毛の中にうもれていた顔を上げてみると緑の平原と、少し離れた場所に家らしき小屋がちらほら見える。

 どの家屋も古めかしいもので、とりあえず中世風と言っておけばいいと思う。

 まばらさとぼろっちさから察するに中世風の村だ。


「バウォン!!」


 テオドラが一吠えすると村の方面から数人の子供が駆け寄ってくるのが見えたのでとりあえず毛の中に隠れる。

 きゃっきゃきゃっきゃと騒いで、はしゃぎ喜ぶ子供の声が周囲から聞こえてくる。

 どうやらテオドラはここの子供らとは面識があるようだ。

 時折飛びつかれているのか子供の手足が俺の体をはたいている。

 これは隠れてるのがばれるのも時間の問題だな、さっさと出よう。

 と思っていたのだが。


「バウォン!!」


 首根っこを噛まれて持ち上げられると、ぺっと地面に棄てられる。

 騒いでいた子供達が一瞬で静かになった。

 驚愕、恐怖、困惑、そんな視線で地面に転がる俺を見ている。

 まあ、そうなるな。


「よう、おめーら」


 立ち上がろうとすると前足で背中を踏まれ抑えつけられた。

 子供達が悲鳴をあげながら村へと走り去っていく。

 なんだ、あのガキども挨拶もなしかよ。

 挨拶されたら会釈でもいいから返してやれよ。

 それにしても肉球柔らけえな。

 この気持ち良さに免じ、甘んじてこの体勢を受け入れよう。


 肉球を背中に感じながら数分もすると村の方面から物騒な装いをした連中がやってきた。

 鍬だの鋤だの、槍だの斧だのを携えたおっさんとおばさん、じいさんばあさんがぞろぞろとこちらへ来て俺を取り囲んでいく。

 そしてその人垣の奥に一際目立つ巨大な人型の、焦げ茶色の塊が見える。

 人間の大きさから比較すると四メートル程で、頭部は大きく、体は横に膨れている。

 漫画やアニメで見たような派手な色合いもデザインも持っていない、似たものを連想するとなると、昔国民的教育番組に出ていた埴輪といったところだ。

 あれはロボット、なのか?


「……」


 囲まれてもかまわんのだが、なんで無言のまま睨んでるんだ。

 せめて何か言えよ。

 中から杖を持った一人のじいさんが出てきて恭しくテオドラに頭を下げた。


「テオドラ様、日頃より村への施しは感謝しております。肉や果物、我々では得ることのかなわぬ糧をありがとうございます。おかげさまで誰一人として飢えや病気に苦しむことなどなくなって、今では充分な暮らしをしております。しかし……その、此度のこの、人間……は、我々は食すことはありませんので……その……」


 こいつは俺を村人に食い物として持ってきたわけか。

 賢くねーなこいつ、クソ犬決定だ。


「じいさん、ここは何処だ?」

「アマリッサじゃよ。お若いの、今回はすまないことになったが、我々を恨まないでほしい」

「このクソ犬とアニエラのせいだからな、気にすんな」

「おや? アニエラ様のお知り合いでしたか」


 テオドラから解放され、じいさんの話を聞く。

 テオドラは子供達が集まっている場所へ向かうと一緒に戯れ始める。


 ここはアニエラの庇護下にあるアマリッサの村だといった。

 魔物も人間も交じり争う乱世でも比較的安全な地域らしい。

 アニエラの存在が強力な魔物も、策を弄する厄介な人間も近寄らせないという。

 当たり前のように「魔物」と言われることから、この世界では魔物が身近な存在だと窺える。

 まあ、どうでもいいな。

 そんなことよりも奥のあれが気になる。


「それより、あのでけえロボットみてえのはなんだ?」

「? 魔兵のことですかな?」


 あのでかい焦げ茶の人形は魔兵というのか。

 魔法だ魔物だ言ってたから、ゴーレムとか言われるかと思ったんだが。


「あの魔兵は万が一にと、アニエラ様がこの村に置いてくださった物ですな。操縦できるのは村の娘一人しかおりませんが……」


 魔兵の顔はこちらを凝視しているように見える。

 球体に大きな黒い穴が三つあるだけのふざけた顔だ。

 愛嬌があるといえばあるのかもしれない。


「ま、騒がせて悪かったな」

「いえいえ、こちらこそアニエラ様のお客様に大変な失礼を、申し訳ありません。村の代表として、この村長の──」

「あんま気にすんなって」


 長くなりそうだったので話を打ち切らせてもらう。

 何者なんだよ、アニエラ。


 子供達と戯れているテオドラのもとに俺が行くと、子供達は見事に逃げていった。

 俺のせいみたいにクソ犬に睨まれたが俺のせいだな。

 だが俺は悪くない。


 しかし一人の女児が走って戻ってきた。

 身なりはよくなく、少し薄汚れているが顔は可愛いほうだろう。

 胡桃色のポニーテールが揺れているのが正面からも見てとれる。


「なんだ? なんかようか?」

「…………」


 女児はテオドラの前で棒立ちしている俺を見てもじもじしている。

 年の頃は十やそこいらといった所か。

 大きな栗色の瞳が地面と俺を交互に見つめる。


「…………これ」

「あん?」


 古着だか雑巾だかわからないが衣服だ。

 先ほどの村人どもの装いもそうだったが、現代に比べると随分粗悪なものに映る。


「……服。裸だと、寒いです」

「お、おう」


 村人の誰一人として俺が腰マント一枚なことを心配しなかったというのに……なんだこいつ、いいガキじゃないか。

 渡されたシャツに袖を通してみると見た目ほどヤワな材質じゃないことがわかった。


 だが、


「あっ……」

「あ?」


 服がまるで切り刻まれたように細切れになって吹き飛んでしまった。

 木端微塵である。


「…………」

「……なんだ、その、すまねえ」


 次のシャツも、その次のシャツも、更にその次のシャツも細かい布きれになっていく。

 どうなっているのかわからないが、これ以上の被害はこのガキに悪いな。


「わりいな、俺には着られないみてーでよ」


 俺が謝罪すると、首を横に振る。


「……いえ、いいんです。もう、必要ない、服だから」

「そうかい……ほんとすまねえな」


 とぼとぼとうなだれて去る姿に罪悪感を覚える。

 俺としても服は着たかったのだが何がどうなってるのか。

 気のせいかテオドラが冷ややかな視線を浴びせている気がする。

 入れ違いのように村長がこちらへ来ていた。

 余計な話が長そうだから離れてきたのにな。


「お客人、「クロミ」が何か失礼をしませんでしたか?」

「いや、何も……今のガキはクロミっていうのか?」

「え、ええ。村に住むようになった流民の子です。この村には戦災で住む場所を追われた者が多くおります。アニエラ様はそうした者にも住居を与えてくださっておりまして」

「おう、わかった」


 アニエラが「様」まで付けられるわけだ。

 それにしても「クロミ』か。

 村の中でたった一人、俺に施しを与えようとしたことは覚えておいてやろう。


「ところで村長さんよ」

「なんでしょうか」

「何かすぐ食えるもんが余ってたらもらえねえか? 飯食ってなくて腹減っちまってよ」


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