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01

 目が覚めると同時に寒さに震え、くしゃみが出た。

 かけていた布団──ダンボールは消えており、床になっていた木のベンチは石畳へと変わっていた。

 暗くてよく見えないが、湿っぽい石牢のような部屋。

 そんな場所で俺、朱里(あかり) 真由(まゆう)は全裸で寝ていたようだ。


 俺の記憶が確かならば公園のベンチで眠っていたはずだ。

 それにボロでも服は着ていたし、ダンボールもあった。

 眠っている間にイタズラでもされたのだろうか。

 いや、身ぐるみを剥がすほどのことをされていたら起きていただろう。


「……もしかして誘拐でもされたか?」


 呟いてはみたが、手足の拘束もされておらず、部屋には俺以外にいない。

 誘拐の線は消えたとみていいだろう。

 まあ、俺みたいに公園を転々として生活してる奴を誘拐だなんて誰もしない。


 暗さに目が慣れてくると、床に魔法陣が見えてきた。

 幾何学模様とかいうのだったか、なんだかわけのわからない記号や文様が俺を中心に描かれている。

 漫画やゲームだったら、まるで俺を召喚したような形だ。

 そういやそんなような「異世界召喚」されてしまう系のウェブ小説を幾つか読んだこともあるな。


 目の前にあった階段を上っていく。

 階段の踊り場にはこれまでにはなかった灯りがあった。

 ぼんやりとした薄緑色に発光している何かは、電灯でもなく、蝋燭でもなく、触ってみても熱さがない。

 得体の知れない光である。

 適当に数えて百段ほどの階段を上がって、ようやく陽の光が差し込んでいるのが見えた。


 木の扉は思ったよりも薄く軽いものだったようで、蹴ってみると勢いよく吹き飛ぶ。

 軽めに蹴ったつもりだったのだが、まるで発砲スチロールのように粉砕されてしまった。


「……」


 バラエティー番組であるような壊れるタイプだったのかもしれない。

 そうでもなければ扉があんな風には壊れない。


 突然の眩しい光に、階段から転げ落ちそうになる。

 暗い場所から急に明るい場所に出るときは注意が必要だ。


 明るさに慣れてきたので外を覗いてみる。

 緑の平原、とは言い難い荒野が広がっている。


 ……いや何処だよ、ここ。


 遠望には山々がそびえ立って、その幾つかは雪化粧を施していた。

 あちらの山の見え方を考えると、ここも高地なのだろう。


「ん?」


 遠くばかりを見ていたから気が付かなかったが、蹴り壊してしまった扉の破片に紛れて人の姿を見つけてしまった。

 どう見ても蹴り飛ばした扉と一緒に吹き飛んだ構図である。


 かぼちゃパンツ、いやドロワーズというのだったか。

 そんなものを丸見えにして尻を突き上げた「へ」の字の姿勢で倒れている。

 まさか趣味かなんかでこの姿勢をして、地べたにキスしているわけでもあるまい。

 ゆすってみても尻が揺れるだけで反応はない。

 ドロワーズのレース部分を引っ張って、ゴム紐をぱしんぱしんしてみても反応がない。

 真っ白で染み一つない白磁のような腰から臀部がちらちらと見える。


「おい、大丈夫か?」


 とりあえず身体を起こして頬をはたいてみる。

 呻き声のようなものがかすかに聞こえるので起きる可能性はあると思う。

 引き続き声をかけながらペシペシと頬をはたき続ける。


 それにしても面白い恰好をしたお嬢さんだ。

 いかにもわかりやすい「魔女っ娘」の服装である。

 コスプレっぽい服装も許されやすい世の中になった現代だが、さすがにいきすぎだと思ってしまう。

 ドロワーズ、魔女っぽい黒紫色のマント、魔女っぽい黒紫色の帽子、ドロワーズ、コウモリをモチーフにしたと思われる小さな鞄、ピエロみたいな靴、ドロワーズ。

 やりすぎと感じるが、この娘さんは本格派なのか。

 マントの生地とか触り心地がすごく良いし。


「ん……、いた……」


 ようやく反応がよくなってきたな。

 と思った途端に目がパッチリと開かれた。

 長い睫毛を生やした大きな瞳が俺の目をしっかり捉えている。


「……」

「……おう」




 つんざくような悲鳴が響き渡り、山彦が世界に広がる。

 この小柄な体躯のどこから今のような汚い声が出たのか。


「待て、大丈夫、落ち着け」


 腕の中の少女を安心させようと声をかけるがぎゃーぎゃーとわめく。

 ダメだ、よっぽど恐い思いをしたのか冷静さを無くしている。


「おー、よしよブッ」


 不意の一撃を顎にもらった。

 人が優しくしてやっているのになんて女だ。

 あ、また、三発目、あいたっ、痛い、いだ、いたいって。

 無言で的確に顎を打ち続けてきやがる。しかも中高一本拳じゃねえかこれ。


「やめろ、やめろって、落ち着けこら」

「離しなさい! 離れなさい!」


 少女を放り投げて距離を取る。

 もう少しで顎が砕かれるところだった。

 危ないわ、あの娘危ないわ。

 介抱してもらっていた初対面の相手に、突然暴力をふるうなんて頭おかしい。


「なに放り投げてんのよ、この変質者!」


 離せって言ったじゃん……それに変質者ってひでえな。

 ああ、俺は今全裸か。なるほど。


「わりい。よくわかんねえだろうが、俺にもよくわからねえ。出来れば見ないでくれ」


 よくわからない状況に気が動転していたが俺はマッパだ。

 さすがに人前へ裸で出るのはちょっと恥ずかしいので両手で顔を隠す。


「下を隠しなさいよ!」


 何かを放り投げられた。

 ありがたいことに触り心地がよかったマントを貸してもらえたようだ。

 マントなんて身に纏ったことはないが、見よう見真似で付けてみるとなかなか着心地が良い。

 マントなんて中二(・・)の頃だったら歓喜したであろう。今でもわりと嬉しいが。


「なんで普通に付けてんのよ、下半身隠しなさいよ!!」

「そういうことか」


 いそいそと腰に巻きなおす。

 高そうなマントがこんなことで勿体無い。


「ア、アンタの居た世界では人前で裸でも許される世界だったかもしれないけど、ここの世界では違うの。人前に出るなら最低限、その、おかしなものを隠してちょうだい」


 いや、許されねえよ。公然猥褻物露出罪で即アウトだよ。

 もう隠したんだからそんな風にチラチラ見なくてもいいだろうに。

 というか、何か今、変なこと言ったな。


「……なあ、今おかしなものって言ったが、……俺の「あれ」は何かおかしかったのか?」

「そんなこと知らないわよ!」

「じゃあちょっと悪いんだが、確認してみてくれねえかな」

「なに馬鹿なこと言ってんのよ! おかしいってそういう意味じゃないわよ?!」


 なんだ、そういう意味じゃなかったのか、よかった。

 他人のものなんてよく見る機会はなかったからな。

 そんなものをよく見る機会があるのも嫌だが。


「そうか。そんじゃあ俺はもう行くからよ」


 俺が吹き飛ばしたと思われる少女は無事に起きたし、ここに用はない。

 なんで服を脱がされて公園から移動していたのかはわからないが、いつもの公園に帰ろう。


 と、立ち去ろうと数歩歩いてから思い出したが、ここは何処だ。

 この山の中から何処に行けるのだろう。


「ちょっとアンタ、何処に行くのよ」

「……俺も知りてえな」


 背後から魔女っ娘が声をかけてきた。


「あ、そうか。マント、返してなかったか。わりいな」

「いや、返さなくていいから、あげるから、外さないで」


 なんだ、良い奴じゃねえかこいつ。

 もらえるようなのでマントを腰に巻きなおす。


「じゃあ、ついてきて。説明は歩きながらでいいわね? アンタが疑問に思っていそうなこと教えてあげるから」


 魔女っ娘が俺を追い越して前を歩いていく。

 ここを歩き慣れているのか進み方に迷いがない。

 ついていく理由は別にないが、何か教えてくれるようだし、マントももらったので言うことを聞いておこう。




 やはりここは山の上であったようで、一歩踏み外したら崖の下という、道なき道を何度か歩かされる羽目になった。

 魔女っ娘はこの山道に慣れているようで、わりとひょいひょい歩いている、というか時折浮いているようにも見える。

 それでもこちらを気にしてくれているのか、たまに俺の確認をしていた。


 先程の約束を律儀に守るつもりなのか歩きながら色々と、こちらが考えてもいないことまで語ってくれている。

 だが残念なことに、俺は足元を気にするばかりで話とか全然聞けていない。

 話を聞く余裕がない第一の理由として足場が悪い、第二に足の裏が痛い、第三に裸が段々と寒くなってきた。

 そんな状態でかろうじてなんとか理解したことは三つ。


 一つ、ここは地球でも日本でもない別世界、つまり異世界だという。

 人間以外の人種もいるということで、人間主体の世界から来たのであれば気をつけろ、と。

 「地球」という単語も知っていたのだが、それが俺の居た地球かどうかはわからないと言われた。

 異世界は一つではなく多岐に渡って存在しており、酷似した別世界もあるので魔女っ娘が知っている地球と俺のいた地球が同じだとは言い切れないらしい。


 二つ、俺はこの魔女っ娘に召喚された。だが俺は選ばれた勇者や、特別な存在というわけではないらしい。

 異世界から「補充」として召喚することは珍しいことであるが、確認されているだけで異世界人は過去から現在までに──多いか少ないかはわからないが──約五十人はいるという。

 補充している理由のあたりは知らない単語が飛び交っていたので聞き流していたが、簡単に言えば魔族と争って人類同士でも争って、人間と人間の味方にする種族は結構大変な状態だとか。


 三つ、裸なのは魔女っ娘のせいではないと言い張っている。

 召喚したら異世界人が全裸だったなんてことは、過去四回の召喚ではなかったという。

 召喚したら裸の「おっさん」が出てきて思わず外まで逃げていたとも聞いた。

 全面的に俺の責任という結論らしい。

 それでもかまわんがおっさんて。

 まだ二十歳成り立てなんだがな。


 というか、異世界か……。

 いきなりのことなんだが、あまり驚きもないのが不思議である。

 そういったファンタジーのラノベやウェブ小説を読んでいたからとか?

 いや、ねえな。


 そんなことを話しながら山道を進んでいくと、麓に広がる樹海の中に、なかなか大きな木造の家にたどり着いた。

 ここが魔女っ娘のお家らしい。

 中はシンプルなものではあるが、テレビ番組に出てくるような、どこか避暑地のペンションにも見えなくない。

 キョロキョロしていると、大人しくその辺に座れと言われたのでやたら豪勢なソファーの真ん中を陣取って座る。


「はい、これ。飲みなさいよ、温まるわよ」

「おう、あんがとよ」


 ソファーで伸びていると、カップを二つ持った魔女っ娘がテーブルを挟んで向かい側に座った。

 渡されたカップの中には、湯気がまだ出ている透明な飲み物が入っていた。

 一口飲んでみると、なんとも言えない味がする。

 お湯にはちみつを少量垂らしたような、微かな甘さがあるだけのお湯だった。


「あ、そうそう。わたしはアニエラ・オラトリオ。魔法使いよ」

「俺は朱里真由だ」


 いつの間にか顔の汚れを落として身だしなみを整えた魔女っ娘はそう名乗った。

 綺麗になったその顔をよく見ると結構な美少女だ。

 淡い水色の長い髪、短いぱっつん前髪に白く光るオデコ、カールの掛かった長い睫毛、ぱっちりしたお目目は薄い紫色の輝きがある。

 さきほど尻を突き出して転がっていた少女と同じ人物にはとても見えない。


「マユー、ね。わたしのことはご主人様かマスターと呼ぶといいわ」


 こいつ、何言ってんだ?


「……そいつはお断りだが」

「えっ」


 なんでこいつ驚いた顔してるんだよ。

 異世界の魔女っ娘は頭が湧いてるのか?


「ちょ、ちょっと、なんでアンタわたしに逆らえるのよ?!」


 本格的に驚いているが言ってることが意味不明である。

 アニエラが慌ててテーブルの下から何やら取り出す。


「マユー、これに手を置いて」


 テーブルの上に置かれたのは、縁が金細工で装飾されているB5サイズほどの黒光りしているガラス板だか石版だかだ。

 素直に手を置いてやると、板の上にある手のひらの周囲にぼんやりと青い光を出し始める。


「おい、なんだこりゃ」

「ムーンレンズと呼ばれる石版で、身体検査の道具みたいなものよ」


 向かい側で石版に置かれた俺の手を睨みつけながらアニエラは言う。

 そしてしばらく無言になった。


「……うーん、もういいわ」


 身体検査は終わったようで手を離すと石版はテーブルの下にしまわれる。

 というか、本当に身体検査だったのだろうか。

 疑問に思っていると淡々と何かを説明し始めた。


「さっき歩いてるときにも言ったけど、異世界人はここの世界の生物よりも高い魔力品質と『魔力特性』を一つ持ってるのよ」


 そんなこと言っていたか? 全然聞いてなかったが。


「で。アンタが持ってる『魔力特性』は「破壊」でも「消失」でも「否定」でも「反射」でもないのはわかったわ」

「こっちは何一つわからんのだが?」


 本来ならば、召喚された者は召喚者のどんな命令にも逆らえず、返事は「はい」という了承だけだという。


 召喚魔術は複数の魔法術式によって成り立っているらしい。

 「言語理解」「身体適応」「魔力発露」「認識補強」そして必ず「命令遵守」の術式が組み込まれているのだとか。

 力を持った異世界人が召喚者に逆らうことを避けるためだという。

 これは召喚魔術を生み出した魔術師によって秘匿とされている物であって、この術式も他の術式も、外してしまうと魔術が発動しないらしい。

 しかし術式を加えることは可能で、「筋力増強」や「魔力補正」などは後々追加されたとか。


 しかし、その術式を無効にしてしまう魔力特性も存在する。

 それが先ほど言っていた四つの魔力特性だった。

 異世界人が持つ魔力特性は、召喚されて、こちらの世界に入った直後から発動される。

 それゆえに最初に組み込まれている術式効果を無効化してしまうという。

 どれも一見だと判別し辛いが、文字通りの効果のようで石版に触れると見極められるという。

 「破壊」は魔力そのものを破壊し石版はひび割れる、「消失」は魔力を消して魔力効果を失くし石版は反応しない、「否定」はキャンセルみたいなもので石版の青光りがぼんやりと点滅して、「反射」は魔力を術者に跳ね返すために石版が逃げるように動いてしまう、とのこと。

 いっぺんに言われて、理解が追いつかない。


「だけど、アンタはそのどれでもなかった……どういうことなの?」

「俺が知るかよ……」


 知るわけなかろうが。

 俺が若干呆れていると、その間も「他の術式は正常だし……」「石版に異常が……?」「でも言語理解は作動してるし……」などと独り言を呟いている。

 一人の世界に入り込まれて俺は何をしていればいいのやら。


「ところで、なんで俺は召喚されたんだ? さっき言ってたけどよ、戦いに行けってことか? 戦力補充とかで」

「……別に人買いに売り飛ばしてもいいんだけど、新しいお手伝いさんが必要だったから魔術実験も兼ねて召喚しただけよ」

「……」

「なのに術式効果があやふやな裸のオジサンが現れるなんて予想もしなかったわ」

「……」

「そんでアンタのこの後は放逐か処分しかないんだけど、どうする?」


 可愛い顔に似合わずさらっとひどいことを言うアニエラ。


「言うことを聞くからここに置いてくれ、ってのは駄目か?」

「突然出てきた正体不明で何をするかわからない裸のオジサンと一緒に住む気はないのだけど。アンタのいた世界は若い独り暮らしの女の子が急にそんなこと言われて承諾してる世界なの?」

「……どうだったかねえ」


 勝手に召喚したのはそっちなのに、なんという正論を。


「まー、こっちも少しアンタの「特性」調べてみたいし、こっちの都合で呼んだ手前、隣の小屋で寝泊りするくらいは許すわよ」

「お、ありがとうよ」


 処分も検討していたわりに温い対応だ。

 というか死んだら調べるなんてできないだろ。

 と思っていたら「死体からでもわかる」とのことでいつでも処分は可能だと。


 これは放逐されたほうがいいかもしれない。


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