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猫背の整体師 第二話「プリュッツェル・ロジック」その3(完結)

前回の森と菅原のアドバイスで、経華はやりたくもないギャンブルに手を付け負けまくりながら、傷心で訪れた喫茶店で小暮忍にばったり出会うシーンからのスタートです。

第三話「再会」

喫茶店内の競馬ファンの老人たちのざわめきや老主人の舌打ちも気にせず、小暮に詰め寄る経華。

「君は…あの時の」

「あなたもあの時の方ですよね!?」

平行線の二人に対して老人たちがスローモーションで野次馬する。

「あ~、あんたが最近話題の色白美人だろう?」

「いい女だねえ。元気で胸もあって…俺も、もうちょっと、若けりゃなあ」

「ちょっとってお前さん。それ何十年前の、ちょっとだい?」

「小暮君も隅に置けないねえ。女も競馬も、良いウマ当てるよお」

ゆっくり下世話に笑う老人たち。しかし、興奮する経華の耳には入らない。

「あの、小暮先生は本当はあのお店とは関係ない部外者だったんですよね?という事は私をあの変な店長から助けてくれた恩人ですし。施術代をお支払いしないと…」

経華は再びオケラ自分の財布を思い出した。

「施術代ねえ。いいよ、このクリーニング代で相殺って事で」

経華は言われて初めて自分のせいで黒くずぶ汚れた小暮のカーディガンに気づいた。慌てて拭こうとするが、その反動で今度は小暮が床にコップを落として割れてしまう。愛想の無い老主人が無言で片づけに入る。

「ひえー!申し訳ありませんでした!!」

「いや、落ち着け。君は一歩も動くな!それともうすぐメインレースが始まるからその間は黙っててくれないか?」

経華は申し訳なさそうに元の席に座った。どうせ競馬は見ないし、話しかけては迷惑だと思ったので言いたいことをまとめて書き出しておこうと手帳を出した。

レースが始まった。小暮と老人たちは食い入るように液晶テレビを見ている。老主人はシレッと見ている様子とは裏腹に、カウンター下に念入りに書き込んだ競馬ノートと細かな馬券を並べて手を震わせていた。経華は耳を塞いでレースを聞かないようにした。白熱すればするほど、経華にはかつての落馬の記憶が蘇る。

高校入学一か月目。乗馬部入部初日の落馬骨折のせいで入院。一学期に友達が作れず高校デビューに失敗した。その寂しさをこれまでアニメで埋めてきた。とらのあなで埋めてきた馬のトラウマ。そんな冴えないフレーズを考えてよりいっそう落ち込んでいるうちにそのまま疲れで気を失うように寝てしまった。

レースは一番人気の不発でやや荒れて終わった。単勝で3390円。3連単で68850円195番人気のねらい目だった。老主人はショックでカップを二枚落として割った。お客さんに見えないカウンターのゴミ箱にビ外れ馬券をビリビリに破り捨て始める。

「こりゃあ、高く付いたな~」

「でしょうね」

「いやあ、参ったねえ~。母ちゃんに怒られる~」

「それでは今からパチンコ海物語で逆転といきますかな?」

「そりゃ名案ですな~」

呆けた笑いをしながら帰り支度する老人たち。小暮が軽く手を振って

「じゃあまた来週」

「(一同)ばいば~い」

朗らかに老人たちは去って行った。急に閑散としはじめた店内で小暮は中南海の火を燻らせると、テーブルに突っ伏して寝ている経華に気づく。軽く肩を揺らすとまた左肩のブラ線がすっと肩から抜ける。前回の施術から一週間で殆ど背骨の側弯症が戻ってしまっている。

「これはなかなか落とせない重症だな」

経華の手帳から場外馬券がはみ出ているのに小暮は気づいた。手に取ってみるとそれはまさにこのメインレース結果1‐6‐5の3連単的中券であった。彼女が外れ券だと思っていた馬券は、レース番号をマークし間違えた事によって当たり馬券へと変身していたのであった。そうとも知らない小暮や競馬ファンからすれば、この件は非常に潔い奇跡的な一択買いの馬券であった。

「良い馬券だ。おめでとう」

目が覚める経華に馬券を渡す小暮。

「また寝ちゃいました、私?ん、この記念外れ馬券が何か?」

「いや、当たってるからさ。見事な3連単一点買い」

経華は小暮が律儀に見せるiPhoneのJRAのHPを見て思わず、小暮の両手を掴み小躍りした。

「余り物に福来たる!!」

「いや、例え間違えてるよ。ところで君何しに来たの?俺に何か用?多分、あのエロ店長はビビりだからもう何もしてこないとは思うけど」

「いや、そうじゃなくてその…」

前回の父の電話がふと頭を掠めた。

「社会勉強です!」

「何の?」

「だからその…今度は違った整体関係の会社を受けるので、もう一度前回のカイロプラクティックのお話詳しく伺って、面接対策に役立てたいなあと思いまして」

「あんな思いしてまで?それに君あの時もほとんど寝てたろ?」

へへっ、というその小暮の笑いにはニヒルさにどこかあどけなさも交じっていた。つられて経華もヘラヘラと笑った。

「それにしても辛そうな肩と背中だね。ちょっと背もたれにピンと背中を立てて座り直して。マスター。もうちょっといさせてもらうよ」

ケッと舌打ちしてから黙ってうなづく老主人。イエッサ!と姿勢を正して椅子に腰をかけ直した経華。その向かいに座る小暮。

「まずは俺の動きに合わせて練習。右肩だけをぐっと上げてストンと落とす。上げて。はい、1、2、3、ストン!そうそうそんな感じ」

今度は左と交互に経華は肩を上げ下げする。その姿は操り人形のようであった。2、3セット繰り返すと「失礼」と言って小暮は彼女の背中に回り、長い後ろ髪をさっとかき分けてからまず両肩に双方手を乗せ、次に片手をもう片方の手首で固定し白い左肩をロックした。

「俺が上から肩を押さえつけるから、それに負けないように左肩を挙げてみて。せーの」

経華は歯を食いしばって左肩を上げた。それを上から小暮の大きな手が押さえつける

「もっと強く来ていいよ。日頃の鬱憤を爆発させて」

「このやろー!何でどこも内定くれないんだよお!!」

少しプルプル震えるくらいのところでキープ。

「よしその意気だ。はい1、2、3、ストン。はい3の掛け声でストンて下す!」

左肩をガクッと下ろした経華。

「軽く上げてみて」

と言われふっと上げてみると予想の10倍ぐらいの軽さで肩が跳ね上がった。

「おお!すっごい軽い!!ええ、すっごい軽いんですけど!?」

「ある一定の力を一時的に抑え、一気に開放することで、その勢いで抑えていた周囲の筋肉が弛緩し、老廃物が押し流されたんだ。これを肩部筋矯正という。じゃあもう片方も」

右肩も同じ要領で行うと経華の肩はふわふわふわと羽ばたけるんじゃないかというくらいの爽快感で満ち溢れていた。

「私今日だけで七軒くらいの整体を受けたんですけど、一番今のが良かったです!」

「七件?一体何を考えているんだ?それでは返って体に負荷を与えすぎて壊してしまう。まして君みたいな側弯症だとなおさら施術後の好転反応が強すぎる」

「好転反応?」

「つまりこれまでの体の悪い部分と施術で良くなった部分が体内で反発し合って起きる一時的なショック状態の事さ。君の場合、おそらく目まいや眠気がひどかっただろう?特に背中は違和感が大きかったはずだ」

「たしかに!でも、良薬は口に苦し的な事だと思って無視してました!」

「その解釈も間違いじゃない。でも一回にいろんな施術を受ければ受けるほどからだ全体が良くなるとは限らない。むしろその逆かもしれない。今の君は緩やかに背骨の側弯を取りつつ、肩へのアプローチをしていくのがいいと思うよ。まああくまで俺のカイロプラクティックにおける診断の場合だけどね」

「なるほど~、小暮先生は体の事なら何でも知ってるんですねえ」

「プロだからね、一応」

「でも、いろいろ言うわりに先生自体が猫背なのはどうして?」

火をつけようとした煙草を思わず落とす小暮。

「まあ、背筋のピンとしたギャンブラーなんて早々いないものさ」

経華の頭には先ほどのパチンコ屋のお客さんたちの丸い背中が浮かんだ。たしかに!と思いつつも

「うーん、でもカイロプロクターなんですよね?私のメモが正しければ背骨と骨盤の先生だと…だからそんな人が猫背ってちょっとイメージに合わないというか怠慢というか」

無邪気ゆえに経華の問いが小暮に刺さった。単語の間違いを突っ込む余裕も消えるほどに。

「まあ、参考にしておくよ…ところで君は何しに来たの?気軽に遊びに来たってわけじゃなさそうだけど」

今度は経華が返答に困った。頭をひねり出して言ったのは

「好奇心、ですかね。私のおっぱ…左肩の悩みをちゃんと答えてくれたのって小暮先生だけなんです。私が大げさなのかなって考えつつも、直感的にそうじゃないだろうってずっと思ってて…先生にはそんなモヤモヤを解決するきっかけをくれたカイロプラクティックをもっと教えてくれないかなあって。すごくマイナーな分野で他に知ってる人も少ないし」

極度の疲れで咄嗟に思い付いた言葉を口にした経華であったが、小暮を探しに来た一番の理由だなあとしみじみ思った。

「実は君みたいな患者こそがカイロプラクティックの患者なんだ。腰痛肩こりは病院に行っても病気じゃない。だからそんな人たちが町のいろんな整体院に尋ねてくる。でもそれでも、根本治療には至っていない。気持ちの良い施術をして矯正すれば完治ってほど人の体は簡単には出来ていないんだ」

小暮から先生の顔が覗いた。経華はそこに安心を覚えて

「何か先生のおかげでいろいろわかりかけてきた気がします!もしよければまた私の体診て頂けないでしょうか?」

「君がよければ。前回も今回もちゃんとした施術とは言い難いからね。今度は施術用のマットの上で、ある程度矯正も入れる感じかな」

「よろしくお願いします~。あ!そうだ前回の施術代をお支払しようと思って来たんです!そしてその服のクリーニングも。この万馬券でね」

「カップの弁償代も忘れないで」

まさかの老主人の一言に許を突かれる小暮と経華。

「水を差すようで悪いけど今日はもう馬券の払い戻し時間終わってる。引き換えは明日の朝かな」

「え!?それじゃあ私困るんです!だってお金が全然なくて。あ、でも無銭飲食なんかする気は毛頭無いんですよもちろん!信じて下さい」

「いいよ、とりあえず俺が出しておくから」

経華は何も言えず結局甘えて店を出る。小暮が1000円札を差し出す。

「その様子だと電車賃も無いでしょ?とりあえず今度の施術の時に返してくれればいいから」

経華は半べそかきながら1000円札を握り、ペガサス像の前でうずくまった。

「武士ならとっくに切腹モノですよ!このまま生き恥を晒して生きていくと思うとぞっとします!」

「イチイチ大げさなやつだな」

小暮は頭を抱えてからヘヘッと笑い彼女に尋ねた。

「これから時間ある?ちょっと患者さんを見に行くんだけどよかったら手伝ってくれない?来てくれたらバイト代出すからそれで電車賃、コーヒー代、クリーニング代、それと先日の初回施術料を相殺するって事で武士のメンツは保たれると思うんだけどどう?」

「…かたじけない。謹んでお引き受け致します!」

夕闇の中、経華は猫背の整体師の後にルンルンと付いて行った。その後ろ姿にケッと思った老主人は唾を吐き捨て、店先の看板をclosedに翻してから店内に戻る。

小暮がいたテーブルにはナプキンに「新しいカップ代と迷惑料」とだけ書かれたメモとその上に1-6のワイド買い500円分の的中券、それと吸い半端の中南海が1ケース置かれていた。どうやら小暮も手堅く当てていたらしい。

老主人はケッと吐いてからもらいタバコを咥え、もらい馬券に感謝の露払いをしてからポケットに仕舞う。

そして早速ノートと新聞を広げ、度のきつい老眼鏡をかけて赤ペンを握り締め、来週のレースの予想に取り掛かった。


終わり





最後まで御覧頂きありがとうございました。

当初は1話4回構成のつもりが実力計算不足で3回に短縮してしまいました。勉強します。


次回第三話『ナイトクルージング(仮)』からは小暮が経華以外の患者を見始める流れになっていきます。『真夜中の整体師』の目指すものをしっかり見せれるエピソードに仕上げていく所存です。


よろしくお願いいたします。


はしも時計

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