インモラル
「やった!やったぞ!どういう理屈かは分からんが、あの邪魔者がいなくなったぞ!!」
「やりましたな総統」
「これで我々の世界征服の悲願も遂に」
「「「「「「万歳!!万歳!!」」」」」」
ジメッとした地下のアジトで、彼らは歓喜に沸いていた。
順を追って話をしようか。
例えば、よくあるストーリー。僕がまだ小学生だった頃に見た、特撮ヒーローものによくあるストーリー。
平凡な主人公がある日、何らかの形で不可解な事件に巻き込まれて、不思議な能力を手に入れて、変身して怪物と戦う。「人々を守るための正義のヒーロー」として。
僕の幼心には、その姿は飛び切りカッコよく見えたし、男の子だったら多分永遠の憧れとも言えるだろう。そういえば、直人がそこに出てくる変身アイテムなんかをいまだに持っているとか言ってたような気もする。
そういう「ヒーロー」は、負けても負けても立ち上がるものだ。
そういう「ヒーロー」は、誰かのために戦うものだ。
そういう「ヒーロー」は、最後には必ず勝つものだ。
そんな予定調和の概念が、すっかり刷り込まれてしまったのは、昨今のアニメや漫画やそういった特撮ものの影響が強いのだろう。
製作会社の都合によって、作品はいいように作り変えられる。だから、「ヒーロー」が「負けた」としても「ヒーロー」が途中で死んでしまったり、いなくなったりしてしまうはずがない。そんなストーリー、テレビの前の子供たちは望んでいない。
しかし、テレビに姿を現さない「ヒーロー」がいるとしたら。
本当に一般人に身をやつして日夜悪と戦う「ヒーロー」がいるとしたら。
―――僕たちとしては見過ごすわけにはいかなかった。
「お前らだけでも逃げてくれ……」
「レッド!!」
「何よ!?どういうことなの!?」
秘密基地、といったところか。侵入者を報せるけたたましいサイレンが響いている。
侵入者というのはもちろん僕たちだ。
「お前はゴクアークの手先か!?」
緑色の服の男性が声を出した。
ゴクアーク、なんとも分かりやすいネーミングだな。いかにも敵役ですって感じ。
「皆、応戦だ」
レッド、ブルー、イエロー、グリーン、ピンク色の男女5人が光線銃を放つ。ストロボフラッシュのような光に少々目がチカチカするけど、僕たちには傷ひとつなかった。
「効かないだと……!?」
リーダー格のレッドがうろたえたように言う。
「くそっ」
ブルーが自棄になって撃ちまくる。普段は冷静なのだろうが、やっぱり彼女の存在は彼らにはイレギュラー過ぎるのだろうなあ。
イエローなど残りの3人は、銃のエネルギー切れだろうか、見るからにオロオロしていた。
―――見れば、奏さんはワルサーを構えていた。
さきほどの、ゴクアークのアジト。首領と幹部格が何やら話をしていた。
「ふむ、連中もいなくなってしまったな」
「味気ないというか、つまらん感じが拭えませんな」
「それにしてもあの女は、一体何者だったのでしょう?」
「しかし都合がいい。いよいよ我々が世界を手にする時が来たようだ。者ども聞けい!!これより町に総攻撃を仕掛ける。戦闘員は全員出動だ。人間どもを恐怖のどん底に叩き込んでこい」
高らかに首領は宣言するが、それに答える声はひとつもなかった。
「おい!!どこに行った!?」
「さっきまでは確かにここにいたはずだぞ」
「まさか、いやまさか……」
「どうした?」
「いや、連中を消した女というのはもしかして……」
「何っ!?」
「うわああああああ」
「貴様はっ!!」
―――何発かの銃声が響く。
―――ある日突然現れた謎の少女によって、正義のヒーロー達も、悪の組織も消されてしまいました。
とてもじゃないけどこんなストーリー、子供たちは納得しないだろうなあ。
こんな脚本を書いた日には、クビにされるだろうなあ。
「勧善懲悪とか、そういう考え方じゃないんだって。だってヒーローだけが残っても、悪の組織だけが残っても調和は取れないでしょ?」
「へえ」
「てか今日音合わせだから行かなきゃ」
「またね」
「うん、またね」
彼女は自転車のペダルを思い切り漕ぎ出した。
小さくなっていく彼女の背中は、銃を構えている時のそれとは比べ物にならないくらい小さく思えた。