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第3章 高架下







 ―――縁は結ばれても、繋ぎ止めておこうとしない限り、解けていくもの。




 僕たちはもう部活を引退し、日々勉強に追われる身だ。

 しかし、もう少しで文化祭だからか、ガリガリといった勉強ムードではない。どちらかといえばお祭り騒ぎみたいなテンションが渦巻いている。

 教室では僕や直人を筆頭に、文化祭へ向けた屋台の入念な打ち合わせ、あるいはクラスでの出し物の練習などが進んでいるし、奏さんの方も最後のステージということで部活に打ち込んでいる。




 HR委員の僕の元には、文化祭関連の書類がどっさりと積まれている。

「ミッフィー、今年のミスコンの投票用紙配っておいてくれない?」

「おう」

「悪い。マジでサンキュー」

 昼休み、弁当を食べる時間さえ削り、僕はHR委員として動いていた。

「じゃあ同じの、女子の方でも配っとくね」

「あ、奏さん。ありがとう」

「いいって、私もHR委員なのに、あんまり集まりとかに顔出せないし。こういう時ぐらいは手伝っておきたいし」

「でも最後の文化祭なんだし、バンドの方に集中した方が……」

「いいの。私は『あっち』の方もあるから、いつ時間取られるか分かんないから」




 ―――佐々木脩平くん、至急担任まで。




 そんな中、僕は担任の先生に呼び出しをくらった。

「なんだろ?」

「文化祭関係じゃない? 配っとくから、早く行ってきなよ」

「あ、ゴメン……。じゃあちょっと行ってくる」

 僕はその言葉に押されて職員室に向かった。



「なんですか?」

「ああ脩平くん。クラスの屋台の名前なんだけど決まった?」

「あっ!! ま、まだです……」

「そっか。じゃあHRまでにまとめておいて、皆に伝えてね。そうそう、屋台の方はどう? アタシあんまり顔出せてなくてゴメンね」

「いや、マジで皆やる気だし、看板とかも作ってますし、絶対満員ですって」

 先生は上機嫌そうに、そうかー、と答えた。

 と、その向こうの机で、学年主任の先生と話し込んでいる俊将がいた。



 ―――ああ、そうか。あいつ推薦だっけ。





 僕と同じ歩幅で歩いていたはずだったが、どうやら彼は僕より2歩も3歩も先を見据えていたらしい。

 受験生になり切れていない僕はまた、皆から置いていかれるのかも知れない。

 今は『文化祭』という言い訳があるけど、それが終わって、僕は前を向けるだろうか? 自分の未来と向き合えるだろうか?

 それを思うと、無性に怖くなった。

 せめて今は、甘い幻想を見ていたかった。たとえ束の間でも。

 上の空で僕は教室に戻った。






「今日も中々おかしいヤツだったね」

「うん。でも面白かったかな」

 放課後。校舎の裏の高架下。僕と彼女は、いた。

 彼女の、いわゆる【仕事】を終わらせた直後だった。

 そう、僕はあの一件以来【仕事】にちょくちょくついていくことが増えた。まあ、行ったところで何をするってわけじゃないんだけどさ。ただただ彼女と、【連中】のやり取りを傍観してるだけなんだけどさ。

 どう見ても邪魔者でしかない僕が、それでもここにいるのは、「いてくれたら嬉しい」という彼女の言葉があるからだ。

「小っちゃかったね」

「でもバランスおかしいよね? 頭と体の。あれどうやってバランス取ってたんだろう」

 今日出たのは、全長が30センチくらいの小人。でも頭部と身体の大きさがあまりにアンバランスだった。

 まあ、奏さんの一発にすぐ沈んだけど。

「今日もありがとう。助かった~」

「いや、俺ホント何もしてないって。ただ来てるだけだよ?……」

 邪魔じゃない?という言葉は飲み込んだけど、彼女の目から、その言葉がお世辞であるような感じはしなかった。




 ずっと独りだったから。

 どうやら僕の存在はよほど大きいのだろうか?

 半信半疑ながら、やや自意識過剰ながら僕はそんなことさえ思った。彼女の本心は分からない。この先、最後まで分からないだろう。

 ただ、彼女に頼られて、僕は素直に嬉しいと思った。





「あのさ、文化祭で何の曲やるの?」

「えーっと、一応コピーの盛り上がれるみたいな曲と、私が作ったオリジナルと」

 彼女は、最近テレビでよく聴くチョコレートのCMでタイアップがついている曲のタイトルを挙げた。確かにノリがいい。

「2曲?」

「まあね」

「てかさ、俺改めて思うんだけど奏さんの曲って凄いなーって思うんだ。胸を締め付けられるっていうかさ、どうやったらあんな歌詞が書けるんだろうって」

 すると彼女は少し照れた口調に変わった。

「あはは、大したことじゃないよ。最初はホント好きな歌手のマネゴトしてただけで。っていうか今も大体そんな感じだよ」

「それでも尊敬するよ。俺、奏さんの曲好きだし」

 だからといって彼女の曲を両手で数えるほど聴いたことがあるわけじゃなかった。昨年の文化祭と、定期演奏会のライブを見に行ったくらいだから。せいぜい3、4曲か。

「ありがと。なんか凄い……照れるっていうか……そういうの言われるの慣れてないから」

 でもね、と彼女は続けた。

「脩平くんも凄いよ。私バレーなんか絶対できないし、今だってHR委員で頑張ってる。何にしたって全力で、一生懸命なとこ、見習いたいなあってずっと思ってた。人のために何かできるっていいよね……」





 ―――それに比べて私は独りよがりだし、自分のことを相手に押し付けてばっかり。

 ―――都合が悪くなればすぐシャットダウン。

 ―――嫌われたくないから何もしない。





「笑っちゃうよね」

「いや、それだったら俺も似たようなモンだよ」

 違う、似てるんじゃない。同じなんだ。多分。

 夏の暑い温度をさらった風が、校舎裏の松の木々を精一杯揺らしていた。ヒラヒラと揺れる彼女のスカート。と同時に、砂煙が僕らを襲った。

 僕は軽く咳き込んで、彼女は目をこすっている。

 彼女は口を開く。くしゃりと笑みを浮かべて。

「なんか、似てるかもね。私たち。まるで―――」

 高架を通過する貨物列車の轟音に、その先の言葉は根こそぎ持っていかれてしまった。だけど、その唇の動きを読み取った僕は、大きく頷いていた。




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