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4号線




 僕はポテトとドリンク、彼女はシェイクを頼んだ。注文を受けた店員さんはテキパキとした動きで、それらをトレイの上に乗せる。

 僕らはそれらを持って席に着いた。ちょうど向かい合うようにして座った。

 日曜日ではあるが、この時間帯に客足はまばらで、僕ら以外に客はひとりしかいなかった。コーヒーを飲んで本を読んでいる男性だけだ。


「脩平くんはなんで学校に? 脩平くんて推薦とか受けるの?」

「いやいや、推薦なんて俺が取れたら3年誰でも行けるって。いや、実は週末課題をロッカーに置きっ放しにしてて………」

「あは、なんか脩平くんらしいかも」

「らしいって何? ちょっと俺らしいってどういうことよ。俺のことどういう目で見てるの?」

「いや、なんか………、凄い一生懸命だなあ、って」

「………ありがとう」

「でも課題って英語でしょ? あれかなり鬼畜だったなあ。いちいち単語調べなきゃいけないからかなり面倒だよ」

「マジ?」



 ここに来た目的から離れてきている気もするけど、まあいいだろう。いつの間にかポテトは半分くらいなくなっているし、ドリンクは氷の残すのみになっていた。

 この会話で、端から見たら僕らを恋人にでも勘違いする人もいるかも知れない。てかこんなところを長谷川なんかに見られたらとてつもなく面倒なことになりそうな気がする。

 僕は思わず窓の外を見る。


「どうしたの?」

「い、いやなんでもないんだ」


 不思議そうな顔の彼女に、僕は思い切って尋ねてみることにした。彼女のことについて、つい数時間前の出来事について。



「あ、あのさ。奏さんのことなんだけど、聞いてもいいかな?」

「あ、そうだよね。そのためにここに来たんだったよね、オッケー」



 こうして彼女の話が始まった。




「3年に進級する頃だった、確か3月。家族で買い物に行った帰りで、うわぁ、もう何もしたくない、疲れたあってなって寝たら、変な夢を見たんだ。杖片手にローブみたいな服を着て、ヒゲ生やしてる男の人が出てきて」

「えっ? それって神様?」

「多分そうだと思う。いかにも神様って雰囲気だったし。そこでその人が私に言ってきたの。話しかけるって感じじゃなくて、頭に響いてくる、テレパシーみたいなので」





 ―――君に頼みたいことがある。





「具体的に何をすればいいんですか、って質問するみたい頭の中で考えたらまた声が返ってきて。だけど何言ってるか正直分かりづらかったから、ここらへんはザックリ端折るね」

「お告げみたいだね」

「かも知れないね。それで具体的に何をすればいいか、っていう話。それはだからさっき脩平くんも見たでしょ? ああいうこと」

「ドラゴン退治?」

「だけじゃない。また面倒な説明が入っちゃうけど、アニメとか漫画とかに出てくるような非日常のもの」

「うぇ?」

「今までには、うん、宇宙人とか悪魔とか墓場から蘇った伝説の殺人鬼とか」

「最後のマジで!? なんのホラー映画?」

「そうそう、本当に映画みたいでしょ? 作り話の世界、フィクションの世界の住人なの。この世界にいるはずのない、この世界にあるはずのない存在が、あちこちに出没してるんだって」




 いや、そんなこと言われたって信じられますか?

 でも僕の場合にはもう信じざるを得ない。だって目の当たりにしちゃったし。あれが夢か、僕の幻想だったとしたら、全速力で精神病院に駆け込まなきゃいけないだろうけど、どうやら僕はまともらしい。至って冷静な思考力が残っている。




「世界のバランスがなんでか崩れたみたい、3月のある日を境に。その歪みを正す必要があるの」

「あのさ」

「うん」

「それって、その役目ってのに奏さんが選ばれた理由とかあるの? だって人なんて何億人っているんだよ。やっぱりそれなりにわけがあるでしょ?」

「ええっと・・・・・・」

 奏さんは申し訳なさそうに目を伏せた。

「ゴメンね。そういう、なんか立派な理由とか大義名分があるわけじゃないんだ。ていうか実の所、私自身なんでこんなことしてるのかも分かんないです。そこについては何も聞いてないんだ、それっぽいシステムとか法則があるとかも知らないし」





「さらに言えば、ああいう存在がどこに現れるのかっていうのも、本当は分かんないんだよね」

「ウソっ? いやウソでしょ、それは流石に」

「だと思うでしょ? 私もテキトーに何の考えもなしに、「ああ、こことか居そうだな」って感覚でやってる」

「居るの?」

「居る。100パーセント居るね」

「んなバカな!?」

「あは、私も最初それ言った」

 奏さんがくしゃりと笑った。続けざまに手を叩いてストローを口にした。僕はそんな彼女の動きをただただ目を丸くしてみていた。




「私バカだなあって思ったんだけど、初めてああいうことした時に、具体的にどう対処すればいいのか全然考えてなかったんだ。そもそもおかしな夢を本気にするほど、純情でもない方だったし」

「最初は何が相手だったの?」

「なんて言うんだろうアレ? とにかく怪獣・・・・・・?」

「えっ?」

「高層ビルくらいある怪獣だったね。初っ端からそんな大物に遭遇するなんてね」

 彼女は手を叩いて笑いながら事の顛末を語った。

「その時は本気で頭がおかしくなったんだって思ったね。私もうダメかなって。でもあの夢のことを思い出して、「マジかよ~!?」ってなりながらとりあえずなんとかしようと思ったら・・・・・・」

 彼女の手には、「いつの間にか」銃が握られていたらしい。聞けば聞くほど不思議な話だ。先ほどの教室での出来事然り。

「で、自然とその銃を怪獣に向けてた。撃ったこともない拳銃を。引き金引く時はかなり緊張したね。汗で滑るかと思った」

 そして、短い銃声の後。

「数十メートルのシルエットがなくなってた。見逃したとかそんなわけじゃない。だけど、いつの間にか怪獣があんなにメチャクチャに破壊してた町も元通りになってたし、銃も手元にはなかった」





「後から分かったのが、あの銃はただの空砲なんだってこと。引き金を引くっていう行為が世界を修正するスイッチなのかなって。でも音は凄かったな。慣れるまで鼓膜がビリビリするんだ」

「へぇ・・・・・・聞いてたらさ、なんか「いつの間にか」って表現がすごく多いよね」

「ああ、うん。だってそれ以外になんて言えばいいの? ってなるし・・・・・・。確かにプロセスとか過程が一切ないなあって思うね。結果だけがドンと出される感じがする」

「ああ、そんな感じなんだ。てかさ、俺以外の人は奏さんのこのことについて知らなくて、そういう存在も見えてないって言ったけど、怪獣とかそんなスケールの大きいのとか絶対誰か見てるっしょ? ガチで今まで一度もないの?」

 彼女は少しムッとした表情になった。「しまった」と思ってすぐに謝りの言葉を入れようかと思ったが、彼女が先に口を開いた。



「4月25日月曜、夕方6時過ぎの体育館裏。5月13日金曜、放課後2階の美術室。6月2日は3限目の校庭、私はトイレ行くって抜け出した。週またいで9日には掃除時間中に私たちのクラスのベランダにもいた」

「それって・・・・・・」

「たった一度でも授業中に銃声が聞こえた?」

 僕は何も言わない。何も言えなかった。

「不思議な話。誰にも見られることなく、知られることなくここまでやってきて、ずっとひとりで秘密にもならない秘密を抱えたまま卒業してくのかなって思ってた。だからこうやって話ができるの凄い嬉しいんだよ」

「なんでだろうね? なんで俺見えちゃったんだろうね?」

「分かんない、分かんないけど・・・・・・」

 言いかけて彼女は口をつぐんだ。彼女が何を言おうとしたのかなんて知る由もないが、気がつくとドリンクを入れた紙コップにあった氷は、ぬるい水に状態を変えていた。





「私軽音部だしさ、運動部とかよりはフリーに動き回れるし、そんなのもあるのかなあ、なんてね」

「ああ、確かに野球部とかはキツイかもね。陸とか蒼士くんとか田村はアウトだわ」

「バレー部でもやっぱ無理?」

「いや、無理だったと思う」

「ハズレくじ引いたのかな・・・・・・やっぱ」

 眉を下げて笑う彼女。

 店を出てから、駅まで僕が送ることになったのだった。

「いや、でもその神様もナイスな判断だったと思う。これが圭吾とかだったら一緒になって町をぶっ壊して回りそうだし、人選は間違ってなかったと思うなあ」

「うん、確かに彼には任せられないかも」

 蝉の輪唱が続く、駅への坂道をゆったりと歩いた。




「今日は色々ありがとう」

「もしなんかあったら言ってよ、俺にできることだったら何でも協力するから」

「ふふっ、じゃあ勉強教えてくれる」

「そりゃないよ奏さん!! 分かってるっしょ俺のバカっぷり!?」

「ゴメンゴメン。いや、あんまり必死そうだったから、ついつい・・・・・・。まあ、そうだね。その時はお願いするね。じゃあまたね」

「またね」

「英語の課題ちゃんと出すんだよ?」

「分かってるって」

 無邪気な表情を最後に、彼女は改札の向こうに行ってしまった。




 こうして、僕と彼女の奇妙な関係がスタートした。




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