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ワルサーを持った同級生




 なにかが焼ける臭いが鼻をついた。焼却炉の煙のような嫌な臭い。

 黒煙が立ち込める教室からは、獣の雄叫びがする。

 僕は何の考えも持たずに、教室を見た。




 ああ、竜だ。


 ドラゴンといえばいいのか、竜といえばいいのか。

 とにかく、鱗があって、翼があって、鋭い牙と爪がある。体は夕焼けのように真っ赤で、口からは火炎放射器のように同じ色の炎が噴出されている。眼は蛇のようにギョロリとしていて、血走っていた。

 体長はゆうに5メートルくらいあるだろう。教室がミニチュアに思えるくらいの巨体だ。


 こんなファンタジーな生物と対面しつつも、僕は変に冷静だった。別に取り乱すでもなく、淡々とそれを観察していた。例えば歩くたびに、ミシミシという鈍い音がすることや、低い地鳴りのような鳴き声はそこまで大きくないことに気が行った。天井が低いからか、若干中腰気味になっているんじゃないか、なんてことを考えてもいた。


 さらに気づいたことがもうひとつある。

 瓦礫の山と化した教室にいたのは、この異界の生物だけではなかったことだ。そこには僕もよく見知ったクラスメイトの姿もあったのだ。




 ―――奏さん。


 ―――和辻奏さん。



 平然と、ごく普通に別次元となっている教室内に佇んでいる。

 彼女は僕の方をちらりと見た。無表情だったと思うが、どことなく笑っていたように見えたのは気のせいだろう。


 彼女の手には、制服の夏服とは不似合いな、物騒な得物が握られていた。拳銃、型はワルサーだろうか、前に何かのアニメで見た記憶がある。




 再び例の生命体が暴れ始めたところで、彼女はその銃を向けた。僕は固唾を呑んで見守る。瞬きなんかできやしなかった、そう、瞬きをしていたわけじゃなかった。

 それは一瞬だった。

 乾いた短い音がしたかと思うと―――



 ―――そこには、「夏の午後の教室」の光景が平々凡々と広がっていた。机は列をなしていて、脇の黒板には文化祭関係のプリントがごた混ぜになっている。

 ついさっきまで半壊寸前にも思えた校舎は、何事もなかったかのように僕が来た時の状態であるし、あの嫌な臭いもなくなっている。

 そもそもあの生き物はどこに消えたんだか。狐につままれたような気分だ。

 僕は確かに奏さんから目を離していなかったし、もちろんあの生物も視界におさえていた。というか、なんで教室が元通りになっているのか。




 教室内には僕と彼女だけが残った。僕は彼女を見た。彼女もまた僕を見た。

 その手には先ほどまでの得物はなかった。

 僕は恐る恐る口を開く。彼女と会話したことは何度もあるが、こんなに何を言えばいいのか分からないのは初めてだ。ここに来て僕は本当にどうでもいいことを口にした。


「えっと、あの、………なんていうか。………こんにちは? いや、ていうか今日も暑いよね。ガチで………、はははは」


 もう後半はしどろもどろだった。そんなたどたどしい僕の言葉に、彼女は笑みを浮かべた。そして、教科書を忘れてきた時に、見せてくれるよう頼む時のようなニュアンスで語りかけた。



「えっと………、ゴメンね、びっくりさせちゃったでしょ? 怪我とかない?」



 両手を合わせて謝るポーズ。僕は妙に照れながら会釈した。

 もうびっくりっていうか、放心状態もいいところだね。心臓の音が音割れしそうなほど大音量で鳴り響いている。



「いや、俺の方こそゴメンだよ。なんていうか邪魔しちゃったみたいだったし」

「………そっか」

「奏さんは大丈夫?」

「私はオーライ。心配しないで」



 本音を言えば、もう聞きたいことが山ほどある。でも聞いちゃいけないのはなんとなく察しがついた。

 彼女は人差し指を立てて僕に頼んだ。




「このことは誰にも言わないで。お願い」




 まるで昔話のセリフだ。そんなこと言わずもがな分かってるよ。こんなトンデモない話をしたところで誰も信じはしないだろうし、盛り上がりにも欠けるだろう。

 僕は大きくうなずいた。

 彼女は彼女で難しい顔で何かを思案している様子だったが、しばらく経つと僕の方を向いてこう提案した。




「じゃあこうしよう。私のことについて色々話した方が良いかも知れないから、この後どっかで話さない?」 

「えっ?」




 僕は一瞬、耳を疑った。それはマズくないかい?



「でも、人に話したりしていいの? えっ、何がどうなってんの?」

「いいから、それについてもちゃんと話がしたいの。今まで他の人にこのことを話すなんてしたことなかったし。誰も信じないだろうな、って」

「止めた方がいいって」

「お願い! ちょっとでいいから付き合って」

「でも………」

「お代は私持ちでいいからさ。ねえ、本当にお願い!」



 ここまで頼まれると、流石に断れない。ここは僕が折れることにした。


 僕は彼女の提案を受け入れ、僕らは国道沿いにあるファストフード店に行くことになった。

 教室の扉を閉めると、その内側でだけ不思議な時間が流れていたみたいな感じがした。

 今日、学校に来た本来の理由をすっかり忘れた僕。



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