第2章 蒸し暑い夏の午後、誰もいない教室で
「えっ?」
それは本当に偶然の出来事だったのかな。今ではもう知る術もないけど、僕にとっては必然だったと思える。
夏休みを目前に控えたとある日曜日。
校門をくぐると、グラウンドから運動部の活発な声が聞こえてくる。僕らが部活を引退してからふた月くらいが経った。
うちは進学校だから、高総体を最後にほとんどの3年生が引退する。野球部もこの間の試合を最後に夏が終わった。真新しい記憶だ。
全校応援で駆けつけた試合、強豪私立を相手にした。途中までは「行けるかも」なんて思ったりもしたが、格の違いを見せられた。
終わってみればコールド負け。整列の時に、陸が泣いていた。エースだったからか、いつもはそんな部分を見せないあいつが泣いた。
中学から数えて6年の付き合いになるけど、あいつにどんな言葉をかければいいのか何も浮かばなかった。
僕の引退の時は、泣けなかった。
バレー部として最後の試合、途中まではこっちのペースだった。しかし、ひとつの誤審からリズムが狂い出した。ムードは一気に向こうに傾いた。
―――これで終わるはずがない。
そう思って止まなかった。
気がつけば試合は終わっていた。唖然とした。
コートの中に突っ立っていたら、コーチにベンチに戻るように促されたんだよな。
しばらくは部活のことを思い出して、自己嫌悪に陥ったりいていたが、今では素直に後輩のことを応援しようという気持ちになれた。
僕は靴箱にスニーカーを放り込んで、両替するように上履きを取り出す。
ブラスバンドの演奏を耳に入れながら、僕は3階の教室に向かった。
日曜日の学校は静かだ。遠くから部活の声はするものの、足音がよく響く。僕は歩く時にこんなに大きい音を出してたのか、なんて考えながら教室を目指す。
僕の教室は一番奥にある。故に歩く距離が非常に長い。
そもそも僕が日曜日の学校に来た理由はとても間抜けだ。
月曜日、つまり明日提出する課題をロッカーの中に置き忘れたこと。何の面白みもない話だ。
東大や早慶、その他一流大学と謳われる大学への進学を目指す人は、面接や小論文の指導を受けに休日返上で学校に来ているとは聞くけど、今日はそんな人の気配すらなかった。
教室の前、全く整理整頓がなされていないロッカーを開ける。山積みになっているファイルやら参考書をかき分けて、目当てのものを探す。
小一時間格闘の末、ワークとワークの間にうまい具合に収まっていた週末課題を引きずり出すことができた。
いい加減このロッカーも片付けなきゃいけないなあ、なんて感慨にふけりながら教室の中を覗いた。
体育祭の時に使ったうちわ。僕とミッフィーと直人で40人分買い集めたものの余りが幾つか残っている。
教室には黒板が3ヵ所にある。正面の一番大きな黒板を基本的に授業では使う。後方と廊下側の黒板は、授業変更やプリント類を張るためのものとして使われる。誰かが書いた落書きなんかもある。進学校だけど、こういうところは緩いんだよね。
シーンとした雰囲気は、妙に緊張感を煽る。別に誰かに見つかったら悪いわけではないけれども。
目線を外して、僕は教室を、学校を後にしようとした。
「えっ?」
その矢先、教室から物音が聞こえた。
僕の裏返った声が廊下に響いた。かと思うと教室のドアが吹き飛んだ。ドォン、と大きな音を立てて黒焦げになった扉が床に転がっている。
僕は言葉を失った。
あまりに非日常な光景だった。