クラス幹事
会場は既に賑わっていた。僕らは時間通りに来たはずだったが、何故か遅れてきたような雰囲気すらあるほど活気があった。
受付に荷物を預けて、僕らはある男子グループの輪の中に入ろうとした。
陸、蒼士くん、圭吾、宏人くん、ミッフィー、バシコ、直志、俊将。懐かしい顔ぶれがそこにあった。
僕らに気づいた圭吾が手を挙げた。
「よう脩平。遅かったな~」
「んてか皆早くね? 俺ら一応時間通りに来たんだけど」
「ああ、そりゃ俺たち前祝いがてらにちょっと飲み会で、パーティしてきたところだったからさ」
「えっ? ちょっとちょっと呼んでよ」
「終わったことは気にすんな、だろ?」
得意げにそんなことを言う圭吾は、高校の時から変わったヤツだった。空気を読まず、とにかく言動挙動がメチャクチャで「圭吾クオリティ」なんて言葉すらあった。
そんな彼だったが、東京の大学を卒業してから起業し、いまや日本経済の一端を担う大企業の社長だ。大物になるとは思っていたけど、ふざけた態度だった当時からは想像もつかない。
「てか脩平クラス幹事っしょ?」
「うん。そうだけど」
「なんかクラス幹事から一言みたいなのがあるぜ」
「嘘!? 聞いてない聞いてない」
「脩平が面白いことしてくれるってのは分かってっけどさ」
「えっ? 無理無理無理。絶対無理だって、それダメっしょ。ガチでダメなヤツっしょ」
宏人くんからの一言に僕は一気に嫌な汗をかいた。
宏人くんは札幌で先生をしている。学生時代ずっと続けてた剣道部の顧問として頑張っているらしい。
「いや、それもギャグっしょ? 面白い面白い」
蒼士くんがそう言う。すると皆が拍手を始めた。ああ、クラスでもよくコレやられたな。
「違う違う!!」
蒼士くんは進学校であるにも関わらず、トラックの運転手になりたいと本気で言い出したり、将来は大間のマグロ漁師になるとか語るような男。野球部の彼は非常にユニークなキャラクターで、でも凄く良い人。行動力とか発想とかが桁違いで、高校時代に数々の伝説を残した。
「ぷっ」
「お前陸笑ったろ?」
「笑ってねぇし」
「いや、絶対笑ったね」
「黙れぃ」
ふざけた顔して僕をにらむのは陸。陸とは中学からの長い付き合いで、彼は野球部のエース。蒼士くんと並んで凄まじいキャラで、非常に個性が強い男。ちなみに、先生に怒られる回数が非常に多かった。一度、教科書に落書きをして、その教科書を先生にびりびりに破かれたことがあった。まあ僕も良い勝負だけどね。
「脩平、ガンバ!」
「直志~、助けろって。俺助けろって」
「俺はじっと見守ってるから」
直志とも同じ中学だった。とにかくノリが良い。こいつらは皆ノリが良いけど、まさにその象徴とも言えるヤツ。歌がめちゃくちゃうまくて、大学じゃアカペラサークルに入り、全国ネットのテレビにも出た。その回を録画したDVDは今でも大事に保管している。
「いや、楽しみにしてるぜ脩平」
「ええ? 無茶振りだって」
「結婚式の時のヤツを軽く凌駕してくれるんだろ?」
「はぁ!? 冗談っしょ」
笑いながらそう言うのはミッフィー。本名の小原尚からどうやってミッフィーというあだ名が出てきたのか。あだ名の由来はもう覚えてないけど、背が高くてどことなくうさぎっぽい雰囲気があるからなのかも。
地元で先生をやっている彼は既婚者だ。
彼の結婚式は凄かった。直志とバシコの文化祭カラオケ優勝コンビは歌を歌ったし、僕は余興で一発ギャグをさせられた。まあ、スベったけど。立派なウエディングケーキがあるにも関わらず、蒼士くんが提案した巨大なバケツプリンが登場したりもした。一同大爆笑だったなあ。
―――そういうことで、今日は良い同窓会にしましょう。
幹事の挨拶も済み、滞りなく会は進行して、今は雑談タイムといったところだ。
僕はクラスメイトや部活の仲間、先生と話をして、会場の外のロビーにひとりいた。
幹事の挨拶では長谷川や藤井といった悪友たちが僕を煽ったが、ここは穏便に、真面目に場を終えた。そりゃ先生もいる中、そんなことをする勇気はなかった。さらに言えば、28にもなってそんな馬鹿なことできるか、という妙なプライドもあった。
幹事の僕の手にはクラス名簿があった。今日の出席者がこれで分かる。確かめたいことがあったのだ。
―――岡崎、尾坂、小原………八重樫、山崎、吉永。男子終わり。
―――浅岡、江藤………………渡部。女子終わり。
それにしても出席率が高い。ひとクラス40人いるうち、35人も出ている。
―――結論、彼女はいなかった。
彼女と仲が良かった女子の名前は幾つもあったが、彼女はいない。幹事の特権を使って確認したが、僕は大きくため息をついた。
―――だろ?
僕は一体何を期待してしまったんだろう。今更会ったところで何を伝えるでもない。何かが変わるでもないのに。何を血迷ったんだろう。
―――脩平。
もう全部終わった。もう関係ないはずなのになぁ。
「脩平カラオケ行こうぜ」
「えっ?」
「話聞けよ!」
「ごっ、ごめんごめん」
皆が僕を笑う。
「幹事の挨拶だった気にすんなって、二次会期待してっから」
そうだ。もう終わったことだ。僕が生きているのは、僕が生きられるのは今この瞬間だけだ。
懐かしいノリに心地よく身を預けていれば、忘れられそうだった。
同窓会が終わって、そのまま二次会のクラス会、なんてクラスもあったみたいだけど、僕のクラスはそんなこと企画もしていなかった。僕らは会場のホテルを後にした。
雪がぱらつき始めていた。
高校時代何度も通ったカラオケボックス。国道沿いにあるそこは、満室になることが多く待たされることが多々あった。そんな時は、すぐ近くにあるファストフード店で時間を潰したものだった。
今まさに、その当時の再現さながら時間を持て余していた。
「俊将、火貸してくれない?」
「ああ、いいよ」
圭吾は彼からライターを借りて、店の外に出た。
俊将は男気溢れる男。「ジャイアン」なんてあだ名もあったが、気前が良く友達思いなヤツだった。大学生になってから、この面子を乗せたワゴンを走らせて旅行したこともあった。
「やべえ、声出っかな。つうか飲み過ぎた~」
「大丈夫っしょ」
喉の心配をする彼はバシコ。これまたあだ名で、本名が石橋だからだ。歌がうまくて、話も合う。昔は恋愛事の相談をし合った仲だ。
しかし、彼とは一度だけ関係がギクシャクしたことがあった。ある出来事が原因で、まあ、僕が一方的に彼に対してそう感じていただったけど。でも今は大丈夫、関係は良好だ。
―――そう、全てはうまくいってる。そうじゃなきゃ………
カラオケが終わり、家に帰る途中で雪が雨混じりになった。
帰る方向が同じだった宏人くんやミッフィーと一緒に帰ることになるかと思ったけど、そうならなかった。なにやら用事があるらしい。
僕はタクシーで帰ろうと、駅まで歩いた。悪い足元、靴の中が濡れていくのがよく分かった。早足で駅を目指す僕は、駅へと続く坂にさしかかった。
するとひとりの女性がそこにいた。黒い傘を差している。
そしてこちらを向いて微笑んでいる。
僕の悪い頭が、その事態を処理するまでには少し時間がかかった。しかし、あの日のあの笑顔の彼女を忘れられるわけがなかった。
「脩平くん」
僕はとても間抜けな顔をしていたに違いなかった。まあ、そんなこと気にする余裕なんてなかったんだけど。
「傘入る?」
彼女は手にしていた傘をくるりと回した。
僕が長い間恐れて、鍵をかけていた、それでいてずっと待ち望んでいた彼女との再会。
僕はとりあえず泣いていた。
彼女も多分泣いていたんだと思う。
あの日から永遠に止まっていた時間が、動き出すような音がした。
前フリ終わり
次回からようやく本編スタートです。