表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

クラス幹事




 会場は既に賑わっていた。僕らは時間通りに来たはずだったが、何故か遅れてきたような雰囲気すらあるほど活気があった。

 受付に荷物を預けて、僕らはある男子グループの輪の中に入ろうとした。

 陸、蒼士くん、圭吾、宏人くん、ミッフィー、バシコ、直志、俊将。懐かしい顔ぶれがそこにあった。



 僕らに気づいた圭吾が手を挙げた。

「よう脩平。遅かったな~」

「んてか皆早くね? 俺ら一応時間通りに来たんだけど」

「ああ、そりゃ俺たち前祝いがてらにちょっと飲み会で、パーティしてきたところだったからさ」

「えっ? ちょっとちょっと呼んでよ」

「終わったことは気にすんな、だろ?」


 得意げにそんなことを言う圭吾は、高校の時から変わったヤツだった。空気を読まず、とにかく言動挙動がメチャクチャで「圭吾クオリティ」なんて言葉すらあった。

 そんな彼だったが、東京の大学を卒業してから起業し、いまや日本経済の一端を担う大企業の社長だ。大物になるとは思っていたけど、ふざけた態度だった当時からは想像もつかない。



「てか脩平クラス幹事っしょ?」

「うん。そうだけど」

「なんかクラス幹事から一言みたいなのがあるぜ」

「嘘!? 聞いてない聞いてない」

「脩平が面白いことしてくれるってのは分かってっけどさ」

「えっ? 無理無理無理。絶対無理だって、それダメっしょ。ガチでダメなヤツっしょ」


 宏人くんからの一言に僕は一気に嫌な汗をかいた。

 宏人くんは札幌で先生をしている。学生時代ずっと続けてた剣道部の顧問として頑張っているらしい。



「いや、それもギャグっしょ? 面白い面白い」

 蒼士くんがそう言う。すると皆が拍手を始めた。ああ、クラスでもよくコレやられたな。

「違う違う!!」


 蒼士くんは進学校であるにも関わらず、トラックの運転手になりたいと本気で言い出したり、将来は大間のマグロ漁師になるとか語るような男。野球部の彼は非常にユニークなキャラクターで、でも凄く良い人。行動力とか発想とかが桁違いで、高校時代に数々の伝説を残した。



「ぷっ」

「お前陸笑ったろ?」

「笑ってねぇし」

「いや、絶対笑ったね」

「黙れぃ」


 ふざけた顔して僕をにらむのは陸。陸とは中学からの長い付き合いで、彼は野球部のエース。蒼士くんと並んで凄まじいキャラで、非常に個性が強い男。ちなみに、先生に怒られる回数が非常に多かった。一度、教科書に落書きをして、その教科書を先生にびりびりに破かれたことがあった。まあ僕も良い勝負だけどね。


 

「脩平、ガンバ!」

「直志~、助けろって。俺助けろって」

「俺はじっと見守ってるから」


 直志とも同じ中学だった。とにかくノリが良い。こいつらは皆ノリが良いけど、まさにその象徴とも言えるヤツ。歌がめちゃくちゃうまくて、大学じゃアカペラサークルに入り、全国ネットのテレビにも出た。その回を録画したDVDは今でも大事に保管している。



「いや、楽しみにしてるぜ脩平」

「ええ? 無茶振りだって」

「結婚式の時のヤツを軽く凌駕してくれるんだろ?」

「はぁ!? 冗談っしょ」


 笑いながらそう言うのはミッフィー。本名の小原尚からどうやってミッフィーというあだ名が出てきたのか。あだ名の由来はもう覚えてないけど、背が高くてどことなくうさぎっぽい雰囲気があるからなのかも。

 地元こっちで先生をやっている彼は既婚者だ。

 彼の結婚式は凄かった。直志とバシコの文化祭カラオケ優勝コンビは歌を歌ったし、僕は余興で一発ギャグをさせられた。まあ、スベったけど。立派なウエディングケーキがあるにも関わらず、蒼士くんが提案した巨大なバケツプリンが登場したりもした。一同大爆笑だったなあ。





 ―――そういうことで、今日は良い同窓会にしましょう。



 幹事の挨拶も済み、滞りなく会は進行して、今は雑談タイムといったところだ。

 僕はクラスメイトや部活の仲間、先生と話をして、会場の外のロビーにひとりいた。


 幹事の挨拶では長谷川や藤井といった悪友たちが僕を煽ったが、ここは穏便に、真面目に場を終えた。そりゃ先生もいる中、そんなことをする勇気はなかった。さらに言えば、28にもなってそんな馬鹿なことできるか、という妙なプライドもあった。


 幹事の僕の手にはクラス名簿があった。今日の出席者がこれで分かる。確かめたいことがあったのだ。




 ―――岡崎、尾坂、小原………八重樫、山崎、吉永。男子終わり。


 ―――浅岡、江藤………………渡部。女子終わり。


 それにしても出席率が高い。ひとクラス40人いるうち、35人も出ている。




 ―――結論、彼女はいなかった。


 彼女と仲が良かった女子の名前は幾つもあったが、彼女はいない。幹事の特権を使って確認したが、僕は大きくため息をついた。




 ―――だろ?


 僕は一体何を期待してしまったんだろう。今更会ったところで何を伝えるでもない。何かが変わるでもないのに。何を血迷ったんだろう。



 ―――脩平。


 もう全部終わった。もう関係ないはずなのになぁ。




「脩平カラオケ行こうぜ」

「えっ?」

「話聞けよ!」

「ごっ、ごめんごめん」


 皆が僕を笑う。


「幹事の挨拶だった気にすんなって、二次会期待してっから」


 そうだ。もう終わったことだ。僕が生きているのは、僕が生きられるのは今この瞬間だけだ。

 懐かしいノリに心地よく身を預けていれば、忘れられそうだった。

 同窓会が終わって、そのまま二次会のクラス会、なんてクラスもあったみたいだけど、僕のクラスはそんなこと企画もしていなかった。僕らは会場のホテルを後にした。






 雪がぱらつき始めていた。

 高校時代何度も通ったカラオケボックス。国道沿いにあるそこは、満室になることが多く待たされることが多々あった。そんな時は、すぐ近くにあるファストフード店で時間を潰したものだった。

 今まさに、その当時の再現さながら時間を持て余していた。


「俊将、火貸してくれない?」

「ああ、いいよ」

 圭吾は彼からライターを借りて、店の外に出た。


 俊将は男気溢れる男。「ジャイアン」なんてあだ名もあったが、気前が良く友達思いなヤツだった。大学生になってから、この面子を乗せたワゴンを走らせて旅行したこともあった。



「やべえ、声出っかな。つうか飲み過ぎた~」

「大丈夫っしょ」


 喉の心配をする彼はバシコ。これまたあだ名で、本名が石橋だからだ。歌がうまくて、話も合う。昔は恋愛事の相談をし合った仲だ。

 しかし、彼とは一度だけ関係がギクシャクしたことがあった。ある出来事が原因で、まあ、僕が一方的に彼に対してそう感じていただったけど。でも今は大丈夫、関係は良好だ。



 ―――そう、全てはうまくいってる。そうじゃなきゃ………







 カラオケが終わり、家に帰る途中で雪が雨混じりになった。

 帰る方向が同じだった宏人くんやミッフィーと一緒に帰ることになるかと思ったけど、そうならなかった。なにやら用事があるらしい。


 僕はタクシーで帰ろうと、駅まで歩いた。悪い足元、靴の中が濡れていくのがよく分かった。早足で駅を目指す僕は、駅へと続く坂にさしかかった。




 するとひとりの女性がそこにいた。黒い傘を差している。



 そしてこちらを向いて微笑んでいる。



 僕の悪い頭が、その事態を処理するまでには少し時間がかかった。しかし、あの日のあの笑顔の彼女を忘れられるわけがなかった。



「脩平くん」


 僕はとても間抜けな顔をしていたに違いなかった。まあ、そんなこと気にする余裕なんてなかったんだけど。


「傘入る?」


 彼女は手にしていた傘をくるりと回した。





 僕が長い間恐れて、鍵をかけていた、それでいてずっと待ち望んでいた彼女との再会。



 僕はとりあえず泣いていた。



 彼女も多分泣いていたんだと思う。







 あの日から永遠に止まっていた時間が、動き出すような音がした。









前フリ終わり



次回からようやく本編スタートです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ