デート!
ゆっくりと回る観覧車。
轟音を上げるジェットコースター。
香ばしいポップコーンの香り。
突然ですが…
「……デート!」
「何か言った?エンヴィ。変な顔だし」
小さくガッツポーズをするエンヴィに、ネコがいぶかしげな目を向ける。
「な、何も!」
ネコと二人きりで遊園地。
まるでデートのようなシュチュエーションだ、とエンヴィが思わず顔を緩めるのも無理はない。
慌てて言葉を返せば、ネコはすぐに興味を無くしたように周囲を見回す。
「……こんなところで化け物被害ねぇ」
休日ということもあり、遊園地は混雑していた。
目に映る誰もが、笑顔を浮かべている。
とても化け物の脅威にさらされているようには見えない。
「あぁ、俺たちの関知しない…まぁ野良の化け物なんだけど。うちの縄張りで勝手してるみたいなんだよ」
そう言って指さす先には、「調整中」の札が掲げられたアトラクション。
野良の化け物の仕業、ということだろう。
「野良の管理なんて、あんたたちが勝手にやればいいじゃない。仮にも『敵』の私たちに協力を仰ぐなんて」
「最近こういうの多くてね。ちょっと人手不足なんだよ。野良はちょうど、闘争本能が高くなる時期で縄張り荒らしてくるし」
エンヴィ達は、パンドラから出た一部の化け物を支配しているだけにすぎない。
特に知能を持たない化け物は、そのまま野放しになっている。
今回はその、野放しになっている化け物が問題となっているようだ。
「縄張りって、犬か族かって感じね」
「俺は蛇だけどね」
「……いや」
真面目に返すエンヴィに、ネコは苦笑する。
「とりあえずどこにいるか探さないとね」
周囲を見回したエンヴィは、ネコの手を握る。
「まずは観覧車に乗ろう!」
そう言って手をつないだまま観覧車へと向かう。
「なんで」
「高い所から探してみよう。遊園地の地形も把握できるし」
「まぁ、そうね」
納得したネコは、おとなしくエンヴィの後をついていく。
「ま、今回の野良は夜行性らしいけど」
ひっそりと笑うエンヴィの声は、周囲の雑踏にまぎれてネコの耳には届かなかった。
「あ、あれだね」
観覧車に出来る行列を見つけて、エンヴィが声を弾ませる。
ふと、周囲がざわめいた。
「なんだか、騒がしいわね」
遊園地特有のにぎやかさとは異質なざわめきに、ネコが周囲を見渡す。
「ば、化け物――…!」
どこから聞こえたのか。
その叫びを皮切りに、悲鳴があたりを包む。
「助けてっ!」
「化け物だっ!」
「逃げろ、こっちだ!」
ネコが隣に立つエンヴィを見上げる。
「……乗る必要、無くなったみたいね」
「……」
「エンヴィ?」
無言で立つエンヴィの表情は、逆光で見えない。
ただ、いつの間にか握られていた手が痛い。
「……子猫さん」
少しかがんで、エンヴィはネコを目線を合わせる。
「ちょっと、ここで待ってて」
「…?うん」
優しげな笑顔で言われた言葉に、ネコはなぜか寒気を覚える。
ゆっくりと解かれた手が、冷たい。
化け物はまっすぐに、二人へと向かっていた。
既に二人以外、周囲に人はいない。
「…多い」
化け物の姿を見たネコが、思わず呟く。
ネズミというには大きく、牙も発達した化け物。
「……鉄鼠?」
数百匹の群れが、二人に迫る。
「擬態解除」
静かな声が響く。
人の姿をしていたエンヴィが、本来の姿へと戻って行く。
鱗に覆われた皮膚。
鋭い爪。
蛇の眼。
「よくも子猫さんとのデートを邪魔しやがって。覚悟しろよ。楽に逝けると思うな」
呟いて、一歩を踏み出した。
「子猫さん、お待たせ」
人間の姿に戻ったエンヴィは、笑顔を浮かべて立ちつくしていたネコの前に立つ。
「あぁ、うん」
「どうしたの?顔色悪いよ」
「そりゃ…、ね」
ネコの視線の先には、先ほどまでエンヴィと対峙していた数百匹の化け物…だったものが散らばっている。
最早その残骸をして、数を数えることは不可能だろう。それほどまで、凄惨な現状。
すぐにその残骸も、塵になって消えて行った。
「……ねぇ、エンヴィ」
「ん?」
笑顔で首を傾げるエンヴィ。
「観覧車、乗ろうか」
戦闘中、いくつか聞こえてきたエンヴィの言葉。
観覧車、デート、二人きり。
それだけで、大体の察しはつく。
常日頃ストーカー行為を繰り返すエンヴィの思考なら、ネコも既に把握済みだ。
「……」
何も言わないエンヴィの顔をのぞく。
「エンヴィ?」
「の、乗ろう!」
満面の笑みを浮かべて、ネコの手を掴む。
「やっぱ、そっちの方が安心するわ」
「何か言った?」
「何も」
上機嫌なエンヴィに苦笑する。
すでに風に運ばれた化け物の残骸を思い浮かべて、ネコはこっそりと心に誓う。
……怒らせないようにしよう。
エンヴィは怒ると怖いです。




