内緒の話 エンヴィ編
目の前には、巨大にして強大な敵がいた。
彼の化け物の名を、渾沌という。
頭部に目も口も鼻も耳もなく、六枚の羽根と六本の足がある。
渾沌とは、混沌であり、エンヴィが目にしているその姿が、「何」か、見定めることはできなかった。
数々の敵を倒してきたダメンジャー達でも、おそらくまだ一歩及ばない相手だろう。
相手の力量をそう判断すると、エンヴィは渾沌の前に出た。
「ここから先は俺たちの領域だ。侵すことは許さないよ」
そう宣言するが、果たして耳のない相手に聞こえるものかどうか。
速度を変えることなく縄張りへ近づく相手へ、エンヴィは警告の意を込めて地を蹴った。
たったそれだけ。たったそれだけのことで、大地が大きく揺れる。
「陸上戦は、他の奴らの方がいいんだろうけどさ」
もともとエンヴィは海や水をつかさどるリヴァイアサンの化身…らしい。らしい、というのは、自我を持った後、文献などでその事実を知ったからだ。
「まぁ、この程度のハンデ、どうということもないよね」
地震にはさすがに気付いたのだろう。渾沌は、足を止め、震源であるエンヴィを認識したようだった。
認識した瞬間、発せられたのは殺意だ。
凶悪で、邪悪な、あらゆる感情が混ざり合ったような気持ちの悪い殺意。
「君への対処法はすでに調査済み」
それとなくネコに聞くか、最近では貧乏神やサタンも知識をつけていっている。彼らに聞けば、眼前の敵の倒し方など、すぐにわかった。
目、鼻、口、耳。合わせて七つの穴を空ける。
混沌に秩序をもたらすことで、無力化できるはずなのだ。
「じゃあ、行こうか」
すでに変身は解いてある。うろこをまとった姿だ。ただ、本来の姿で戦えば、土地に甚大な被害を与えるだろう。それを考慮して、人型は保ったままだった。
それで、十分。
素早く相手に近づくと、一つ目の穴を穿つ。
エンヴィの表皮は、どんな武器も通さない、強靭なうろこでおおわれている。それは、盾にも矛にもなりうる代物だ。
二つ目。
三つ目の穴を穿とうとするあたりから、相手の動きに変化が出てきた。
無数の「何か」がエンヴィを襲う。絡み付き、貫き、締め上げ、切り裂こうとする。バラバラな、統一的な意思を持たない攻撃は、逆に防御を難しくさせた。
「……やっぱり、ネコさんたちに対峙させなくてよかった」
対峙して思う。
渾沌という化け物は、ネコたちが対峙するにはまだ早すぎる相手だ。
ここで止めて正解だった。
四つ目の穴をあけ、五つ目も何とか空いた。
「…身体、鈍ってるな。君みたいな相手に、こうも時間がかかるなんて」
もう少し早く決着がつく予定だったのに、と一人ごちる。
「さぁ、あと二つ、行くよ!」
再度接近し、相手の攻撃をすり抜けると、六つ目の穴をあける。
そして七つ目…、と腕を振り上げたエンヴィは、背後に迫っていた相手の手に気付くのが遅れた。
掴まれる身体。
巨大な相手は、そのままエンヴィの空けた穴に、エンヴィを押し込もうとする。
「そこが口ってわけか」
エンヴィが苦笑する。
さて、方法はいろいろあるがどうするか…。
「情けないわね」
凛とした声が響いた。
「畢方」
渾沌の身体が燃え上がり、穴が一つ、増えた。これで七つだ。
そうして、塵になっていく。
「……ネコさん」
自由になった身体で振り返る。
そこには赤いジャージに身を包んだネコが立っていた。
「……なんだ、無傷じゃない。助けるまでもなかったわね」
「そんなことないよ」
存外苦戦した。
何より。
「助けに、来てくれたの?」
偶然にしろなんにしろ、自分のために力を行使してくれた事実がうれしくて仕方がない。
「……火の粉くらい、自分たちで払えるわ」
「ごめんね」
エンヴィが、彼らがこっそりやっていることが、どうやらばれていたようだ。
ダメンジャーには荷が重い。そう判断した敵を、縄張りに入る前に倒す。そんな行為が、ネコのプライドを傷つけなければいいのだが。
「何で謝るのよ。私たちがお礼言うならわかるけど」
呆れた様子でネコが言う。
「まぁいいわ。とにかく、ありがと。お疲れ様」
――それだけの言葉が、どれだけ僕を喜ばせるか、彼女は知らない。
あぁ、今この瞬間に、死んでしまいそうだ。
どんな武器も通じない。そんな表皮を軽々と貫いて、ネコの言葉はエンヴィの心を突き刺した。
「ネコさん!愛してる!」
「御免こうむるわ」
「えー」
実はこうしてサタンたちに守られているダメンジャー。ネコとウサギは、そのことに薄々感づいていました。




