トップシークレット!ネコのバイト編
「お勧めの店があるんだ、そこで…」
お得意様はそう言って、席を立った。
「……接待、というやつだな」
「そうだな。まあ、あっちが指定してくれるのならありがたいことだ」
ただし、非常に面倒だ。
ウサギはこっそりと溜息をついた。接待する時間があるのなら、家でインターネットでもしていたいものだ。
最近二足のわらじでなかなかログインできないオンラインゲームが頭に浮かぶ。
「…サタンに夕食はいらないと言っておかないとな」
「……あいつはお母んか」
同席していたルシファが、隣でぼそりとつぶやく。
律儀に連絡を取るところを見ると、妻のようなポジションだろうか…否。
くだらないことを考えながら、ウサギはルシファと共に退席した。
――あぁ、夜の接待が憂鬱だ。
「いやあ、久しぶり、アケミちゃん!」
予想通りというかなんというか、接待の場所はいわゆるキャバクラというところだった。
煌びやかな店内がまぶしい。
「……おい、値段が書いてないぞ」
こっそりとルシファがウサギに耳打ちする。
「まぁ、ここはそういうシステムだからな」
とりあえず経費で落ちるはずなので問題はない……はずだ。
「ここいいですかー?」
「あ、私カクテル貰っていいですか?」
「……あ、あぁ」
正直清楚でおとなしい女性が好みのウサギは、その煌びやかさに圧倒されてしまう。
なるべく女性とは話さずに、取引先のご機嫌をとる。
「おにーさん、カッコいいですねー」
「……いや」
ルシファはその容姿で女性の人気者になったようだ。だが、普段会社の社員か、ネコくらいしか女性と話す機会のない彼は、戸惑いを隠せないようだった。
「シャンパンお願…」
一人が酒の追加を頼もうとした時だった。
ガシャン、というグラスの割れる音と、男の怒号が聞こえた。
「どういうことだ!こんな金額、おかしいじゃないか!」
どうやら料金システムを把握していなかった哀れな客が、支払いの段になりボーイに文句を言っているようだった。
「出るとこ出ても…!」
酒によって気が大きくなった男は、ボーイの胸倉をつかみ、さらに大声を出す。
「いるのよね、ああいうお客さん」
隣に座る女の子が呆れたように言った。ボーイの心配など一切していない様子だった。周囲を見ても、客の一部以外は皆、冷静、というかどこか期待を込めた様子で事の成り行きを見ている。
「九條君、不破君。ここからがこの店のショーの始まりだぞ」
取引先までそんなことを言い出す。
「何が…」
何が起きるんですか?と聞こうとした口は、次いで目に留まった人物を見て開いたまま、閉じることができなかった。
「お客様」
「あぁ?」
「速やかにボーイから手を放していただけますか?」
黒服を着たその人物は、落ち着いた声でそう言った。
「なんだてめぇは!けーさつ呼べ、けーさつ!出るとこ出てやる!」
お前のような若造に何ができる、と男はさらに怒気を増す。
「よろしいのですか?お客様が壊されたグラスやインテリア…器物破損ですね。それに従業員に対する暴力行為」
男にひるむ様子を一切見せず、その黒服は静かな声音のまま言葉を紡ぐ。
「警察沙汰になって、困るのはどちらか、よくお考えください」
その言葉に、男が言葉に詰まる。
「いや、だが…」
「ともかく、ボーイから手を放してくださいませんか」
重ねて言う黒服に、男の何かが切れたのだろう。自棄になった、とでも言うのだろうか。
「うるさい!」
そういって、ボーイから乱暴に手を放すと、黒服に殴り掛かる。
「……まったく」
一つ溜息をついて、黒服が男の拳を避ける。そして。
「正当防衛ってことで、よろしいか」
最初に手を出したのはあなたですからね。そう言って、黒服は男の足を引っ掛ける。
盛大につまずき転がる男。
「立場の弱そうなボーイに食って掛かり、はては女に拳を振り上げる。見下げた男ですね」
そう言って、男を見下ろす黒服は、ウサギのよく知る少女の顔をしていた。
「……ネコ」
隣でルシファがつぶやく。ということはウサギの見間違いではない。
「これ以上グダグダ言うようなら、私より怖いお兄さんが相手することになるけど、どうする?」
「……!」
しゃがみこんで男と目線を合わせるネコ。
男は立ち上がって、そそくさと会計を済ませて店を出た。
「皆様、お騒がせして大変申し訳ありませんでした。この後もゆっくりとお楽しみください」
ぺこり、とお辞儀したネコは茶目っ気のある笑顔で周囲を見回す。
「よくやったぞー!」
「今日もカッコいいー!
周囲からは拍手喝さいだ。
「今日は派手な大立ち回りはなかったなぁ」
少し残念そうに取引先がつぶやいた。
「もー、私目当てじゃなくて、あの子目当てで来てるでしょう」
「そんなことないよ、あけみちゃーん」
「まぁ、私達もすごく助かってるんだけどね」
よくよく話を聞いてみると、彼女はボーイ兼用心棒、なのだそうだ。
「最近あんまり入ってくれないんだけどねー」
「一回派手に数人相手に一人でやっつけちゃって!もうそれからは、そういうのを見るためのお客さんも増えてねー」
「……へぇ」
「嬢の方やればいいのに、お酒苦手だからってボーイに回ってるのよー」
「へぇ……」
普段こういうことしているから、化け物退治のときもあんなに強いんだろうか。
「お客様、お詫びのドリンクのサービスを持ってまいりました」
「あ、ありがと……」
声に顔をあげれば、そこには黒い服に身を包んだネコがいた。
「う…、え、ルシ…え、見た!?」
黙ってうなずくと、ネコはがっくりと肩を落とした。
「い、言わないでくださいね」
「いや、納得のバイトだと思うぞ」
「大学の友人が心配性だし、エンヴィは出禁にしたからいいけど、サタンも煩さそうだし…」
「あぁ、確かに」
「トップシークレットなんですから!」




