幽霊騒動」
「出た!」
そう言ってイヌがウサギに電話をかけてきたのは、真夜中のことだった。
「そりゃ、ケータイなったら出るだろ」
「そうじゃなくて…」
ようやくメールアドレスを交換したのが数週間前。そして今日にいたるまで、互いに連絡を取ることもなかった。少なくともウサギは。このイヌからの電話までは。
「幽霊が!出たんすよ!!」
電話口で大声を出され、スマホを耳元から離す。
「幽霊?」
およそ非現実な言葉に、顔をしかめる。だが、そもそも自分自身が非現実の塊である。
それに、イヌの声は嘘をついているような声音ではない。
「……どこで」
「学校の近くに古びた公衆電話があるんすけど、そこに、小学生くらいの女の子が…いたんですけど、消えて…」
「見間違いとかじゃないのか」
「しっかり見ました!」
俄かには信じがたい話である。
「で?俺にどうしろと?」
真偽はさておき、問題はそこである。
「む……迎えに来てくれませんか」
「は?」
突然の言葉に、思わず聞き返す。
「あの公衆電話の前通らないと帰れないんすけど!怖くて」
「他のやつに頼め!」
「無理っすー!」
「学校一の不良だろ!?」
「幽霊の前には無力っすよ!てか、なんすかそれ?」
「お前学校で一番強いんだろ!」
「知らないっすよ!どっちにしろ対人間用じゃないっすか」
「幽霊も元人間だ、いける!」
電話口での応酬を数分繰り返し、結局ウサギが折れる形となった。
「助かります!」
そう言って、イヌが頭を下げる。
「今回だけだからな」
しかめ面でウサギが答える。
「ほら、帰るぞ」
ちなみにウサギは自家用車は持っていない。そのため、二人で仲良く徒歩での帰路となる。
「……ここなんすよね」
少し歩いたところで、イヌが一点を指差した。差すした先には公衆電話が立っている。ぼろぼろだ。
「雰囲気はあるがな」
そういいながら、横を通ろうとしたとき…
――お兄ちゃん、遊ぼう
風の音にまぎれて、そんな声が聞こえた気がした。
「……」
「……」
二人は顔を見合せる。どうやら幻聴ではないらしい。
恐る恐る、電話ボックスを見る。
「……い、いた……」
「…あぁ」
それだけしか、言えない。
そこには確かに、幼い少女が立っていた。
生者とは思えない肌色に、暗くよどんだ両の眼。何より、足が
「足がない」
足もなくふうわりと浮く少女に、二人の背中に冷や汗が流れた。
踵を返し、学校近くまで戻る。
「いたでしょ!?」
「いたな…」
「どうすんすか」
「どうって……」
そんなのわかるわけがない。
「あ」
一人だけ、わかりそうな人間に心当たりがあった。
スマホを取り出す。教わった通りに番号を押した。
「――はい、久城です」
相手は、ネコだ。
事の次第を説明すると、電話口から深い溜息が聞こえてきた。
「……何が怖いんですか。普段私達、それよりたちの悪いものと付き合ってるんですよ」
「そうなんだが…」
「そもそもその『幽霊』とやらが化け物の可能性はないんですか」
「……さあ」
とにかく来てくれないか、というウサギに、ネコは深い溜息をつきながらも
了承した。
変身後の姿で来たネコは、ふたりをあきれたようすで見つめる。
「よくもまぁ、そんなで化け物退治ができましたね」
「いや、でもマジで・・・」
「怖かった……」
未だに男二人の恐怖心は消えてはいない。
「じゃあ帰りますよ」
二人の先頭に立ってネコが歩く。
その後ろを、イヌとウサギがついていく。
「ここっす」
イヌが電話ボックスを指す。
「ふーん」
何気なく目をやるそこには。
「……あの子のこと?」
やはり足元のない幼い少女が立っていた。
「……化け物、じゃなさそうね…」
ネコの顔が引きつる。
「ネコさん何とかしてくださいよ!こういうの得意でしょう!?」
「いや、私にあるのは知識であって、しかも妖怪であって、幽霊は専門外…!」
――ねぇ、遊ぼう
はっきりと三人の耳元で聞こえた声に、言い合いはぴたりと止まる。そして。
「うわぁぁぁっ!」
「ぎゃーっ!」
「っっ!」
全員そろって駆け出した。逃げ出したのだ。
そうして。
全員が全員、その夜は一人で夜は過ごせない、という話になり、漫画喫茶でともに一夜を過ごすこととなった。




