ヒーロー?
図表を完成させると、ウサギは大きく伸びをした。
これから昼休みだ。
「ルシ…不破、お前も昼休憩とれ」
隣で打ち込み作業を続けるルシファにも声をかける。
「…今日は?」
ルシファが来てからというもの、昼食はいつも一緒に食べている。
ヒーローと敵役の取る行動ではない。
「あー、ちょっと金降ろさなきゃならないんだ。銀行寄って行くから、気にせずどっかで食べてくれないか?」
宰は窓の外から見える銀行を指さす。
コンビニより近い場所にある銀行。移動時間はさほどかからないが、昼時は混む。
限られた昼休みだ。付き合わせるのは気が引けた。
「…俺も行く」
「え?」
「昨日パンに小遣いをあげてしまったから、あまりない」
「あぁ、そう」
一般庶民と変わらぬ言動に、なんと返せば良いのかわからない。
悪の定義に首を傾げつつ、宰とルシファは席を立った。
「しかし、腹が減ったな」
「あぁ。丼物が食べたい気分だ」
「それは夜まで我慢だな」
昼はコンビニ弁当決定だ、と目の前の行列をみて宰が言う。
銀行の窓口にATM、どこもかしこも大行列だ。
ルシファと雑談をしながら、順番を待つ。
あと一人で順番が回ってくる。
にわかに、外が騒がしくなった。
なんだ?と二人で入口に目を向ける。
自動ドアから入ってきたのは、覆面の集団。
手にはライフルらしきものを持ち、声高に叫んだ。
「全員動くな!手を頭の後ろに組め!」
独創性も何もない。
銀行強盗のようだ。
「さぁ、ここに金庫の金を入れてくるんだ」
一人の男が銀行員に銃を突きつける。
独創性は欠片もないが、不穏であることは確かだ。
なにより――
「ルシファ」
ウサギが呼びかける。
こめかみに、青い筋。
「腹、減ったよな」
その問いに、表情の乏しいルシファが、口端を上げて笑う。
さながらそれは、餓えた肉食獣を思わせた。
「あぁ」
さぁ、腹を空かせた獣の怖さを見せてやれ。
テレビでは、昼に起きた銀行強盗のニュースがひっきりなしに流れていた。
『銀行強盗は銃火器を持ち、この努次銀行を襲いました。しかし!』
レポーターは、興奮に頬を染める。
『突然現れたダメンジャーのイヌと思われる白いジャージの青年と、金髪にスーツをきた青年により、一人の怪我人も出すことなく、僅か5分での解決となりました。なお、この金髪の青年には、ライオンの耳のようなものが生えていたという目撃情報もあり、バス転落事故の際目撃されたヤギ角の青年との関連性があるのではという見方が強まっています』
今日の仕事を終えた宰とルシファは、丼物屋で夕食を取っていた。
結局、昼食は10秒飯や栄養補助食品の類を食べることになり、二人とも家に帰るまでの我慢が出来なかったのだ。
「やってるなー」
店の備え付けのテレビでは、監視カメラの映像だろうか、宰とルシファの姿がうつされている。
とはいえ、画像は悪く、二人だとは分からないような代物だ。
レポーターがなおも続ける。
『このスーツの青年たちについて、ダメンジャーの協力者であるという見方が有力ですが、巷では新たなヒーローではないかとの噂も聞かれます』
「しかし、働き損だったな」
「結局ろくな飯も食えなかった…」
誰が想像しただろう。
二人が、「早く昼食にあり付きたかった」というそれだけの理由で銀行強盗を撃退したということを。
二人が敵同士だということを。
新たなヒーローとまで噂されるスーツの男達が、人類を破滅に導く、「悪」の存在だということを。
「しかし、お前がヒーローって、案外違和感無いな」
「…お前がヒールだとしても、誰も驚かないのと同じだ」
「……確かに」




