正義の味方?
キャンパスで見なれた姿を見つけたサタンは、その背中に声をかけた。
「ネコ」
「この姿のときはネコって言わないで。喋らないで。関わらないで」
「……」
「で、なんの用?えっと…八木?」
声をかけただけで10のダメージが返ってくる。
特に用事もなかっただけに、サタンは話しかけたことを後悔した。
なんとなく二人で歩いていると、かすかな悲鳴が聞こえた。
「なんだ?」
目を向けると、大型テレビの前に人だかりができていた。
ラウンジのような場所に設置されたそのテレビは、緊急速報を流しているようだ。
『――、バスが…転落――、取り残された…の安否が…』
「この付近でバスが川に転落したようだな」
「へぇ」
途切れ途切れの音を拾う。
対して興味がなさそうに、ネコが相槌を打った。
「浸水が早いな。このままだと、救助は間に合わないぞ」
「よく見えるわね」
二人からテレビまでは遠く、ネコにはよく見えないし、聞こえない。
「私を誰だと思っている」
ネコの言葉に、サタンが口角をあげて笑う。
「…ヘタレ?人間姿もいまいちあか抜けないわよね」
邪気なく言われたその言葉に、サタンはガックリと肩を落とした。
「救助はまだでしょうか!バスの上に立つ乗客たちの足元に、水が迫っています!」
アナウンサーは、川を背に叫ぶ。
野次馬たちも集まり、一帯は喧騒に包まれていた。
「なんだ!?」
アナウンサーのそばで、声が上がった。
「ネコだ!」
現れたのは、日々化け物と戦い、街の平和を守っているネコだ。
相変わらずのダサい小豆色のジャージである。
そしてその隣には、
「隣のやつは何だ?」
「眼鏡かけてるぞ」
「スーツだ。サラリーマンか?」
「いや、蝙蝠みたいな羽が生えてる。コスプレか?」
サタンが立っていた。
「バスに乗ったぞ!」
声につられて、アナウンサーが川を見る。
二人が軽やかにバスに飛び移った。
「えー、今ネコと…隣のスーツは、誰でしょうか…?」
黒いスーツに、角と耳と尾、そして蝙蝠のような羽を生やした青年。人間のような、だが化け物に近いものにも思える。
バスに降り立ったネコは、不機嫌そうに顔をしかめていた。
目の前には助けを期待する人々。
隣には使命感を帯びたサタン。
「さぁ、ネコ。人命救助だ」
「……」
さぁ、と言われたところで、ネコは乗り気ではなかった。
お前はヒーローだろう、とサタンに引っ張られてきただけなのだ。
ダメンジャーは化け物を退治する使命はあるが、人命救助は仕事のうちに入っていない。助けたところで時給も発生しない。
それにもうすぐ、必修科目の講義があった。
いち早く大学に戻りたいのが、彼女の本音である。
「……今日の差し入れは合びき肉と卵と玉ねぎだ」
いつもより、少し豪華な差し入れ内容をサタンが提示する。確かパン粉の余りがあったはずだ。ハンバーグが作れる。
一瞬の逡巡の後、ネコはやる気のない目をサタンに向けた。
「………お菓子もつけて」
「…分かった。」
サタンからの言葉を聞くと、ネコは一人に手を差し伸べた。
『ネコと謎の男の活躍により、バスの乗客は全員無事に助けられました。なお、この転落事故による死者はおらず…』
夜、テレビをつけると、バスの転落事故の放送が流れていた。
チャンネルを変えても、どの局も同じものを流している。
『ダメンジャー、ネコ。そして謎の男…――。はたしてその正体やいかに』
話題はバス事故の原因ではなく、もっぱら助けた二人のヒーローことが放送されている。
動物学者曰く、「あれはヤギの角」だとか、「羽や尻尾はコスプレなのか」だとか、どうでもいいことが延々議論されている。
「君さ、ばっかじゃないの?」
テレビを見たエンヴィが、心底馬鹿にした顔で言った。
「まぁ、確かに」
エンヴィの言葉に頷いたのはルシファだ。
ルシファの隣でパンも笑う。
「一応悪役で人間の敵が、人命救助なんて笑っちゃうよねー」
「………すみません」
人助け、と言う非常に尊いことをしたサタンは、仲間に罵られ、小さくなった。
「困ってるやつを放っておけないタイプなんじゃな」
様子を見ていた貧乏神が、朗らかに笑った。




