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暴走

「あぁ、今日も何て可愛らしい」


 薄暗い部屋の中、テレビの光だけがエンヴィの顔を照らす。

 テレビには、夕食を作る尚の姿。

 ご機嫌なのか、鼻歌を歌っているようだ。

 不意に尚と目が合う。

 否、尚がカメラの方を向いたのだ。

 アップになる手のひらを最後に、砂嵐が流れた。

 

「あー…」


 尚は非常に感が良い。

 こうして盗撮器も盗聴器も、数日のうちに外されてしまう。

 まぁ、物が少ない尚の部屋だ。

 少しの変化はすぐに目に留まる。

 エンヴィは一つ溜息をこぼすと、生き残った別のカメラに切り替えて、また尚の様子を眺め始めた。


 エンヴィが部屋から出ると、眉間に皺を寄せたサタンがいた。


「またネコの観察か」

「うん。僕が知らないうちに誰かと話してたりしたら、嫌だから」

「……ほどほどにしておけよ」


 エンヴィはその名の通り、「嫉妬」の化身だ。

 性格ではなく、性質として。

 だからこそ、サタンはエンヴィの行動を強く咎められない。

 むしろ、よく耐えている方だとも思っていた。

 サタンはそれだけ言うとキッチンに姿を消した。


「嫌われるから?」

「それは手遅れの気もするが…」


 エンヴィが尋ねると、キッチンから声が返ってくる。


「純粋にネコが可哀想ってのもあるが…、度を越したらネコにボッコボコにされるんじゃないか?」

「あぁ…でも、それで子猫さんの心に俺が居座れるならいい気もするなぁ。ボコボコにされるのだって、子猫さんなら大歓迎。それだけ想ってくれて、構ってくれるんだもん。傷だってうれしい…」

「……筋金入りの変態め」


 流石に引いた、とサタンがキッチンから出てくる。

 手には二つのマグカップ。

 一方をエンヴィに渡し、ソファに座る。


「子猫さんが好きなだけですー」

「大体、なんだよ子猫って。子猫の愛らしさの欠片もないぞ」

「それは意見の相違だね」

「いーや、あいつは餌だけもらって飼い主に触らせもしない歳のいったネコだ。イヌだったら自分が御主人さまより偉いと思ってるタイプだ」

「…日頃の鬱憤?」


 サタンは次々に、尚を動物に例えていく。

 エンヴィの言うとおり、日頃抑圧されたネコへの鬱憤が妙な形で表れたようだ。


「サルだったら観光客から餌を強奪するし、鳥だったらまさにトンビに油揚げ、状態。文鳥とかだったら鳥かご開けて出ていくタイプ」

「…今何て?」


 急に、エンヴィがサタンの肩を掴む。


「え?文鳥?」

「その後」


 訳が分からずに答えると、やけに真剣な表情のエンヴィに詰め寄られる。


「鳥かごを…――」

「それだよ」

「はぁ?」


 一人納得するエンヴィに、サタンは全くついていけない。


「カメラで見てたって、完璧じゃない。何より、誰かと話すのを止めることなんてできない」


 僅かに紅潮した頬が、エンヴィの興奮を表している。


「だったらいっそ、閉じ込めてしまえば良いんだ」


ネコさんを。


「おい、」

「あぁ、なんで今までやらなかったんだろう」


 エンヴィはそれだけ言うと、カップを置いてどこかへと出て行ってしまった。


「おーい…」


 後姿をただ見送るだけのサタンは、自分がとんでもないことを言ってしまったのではないかと冷や汗をかく。


「おれ、拙い事言った…?」


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