理由の回答
「ほんと、なんなわけ」
彼女の疑問に、サタンは一瞬言葉に詰まる。
別に答える義理はない。
けれど彼女が望めば、そのうちエンヴィあたりが話してしまうだろう。
それならば、自分が言った方がまだましというものだ。彼らはまだ、人間の脆さを理解していない。
言葉ですら人を傷つけ得ることを、知らないのだ。
「……何と言われても、Pandora Ⅱから生まれた化け物には違いないが」
その言葉に、ネコは不満そうに眉を寄せる。
「確かにお前たちの言う化け物には種類がある。仮にAとBとでもしておくか」
そういえば、自分たちのことをどこまで知っているだろう、とサタンは話しながら首を傾げる。「仮に」などと言わなければ、自分のことを説明できない。
「Aは俺たち。意思疎通のできるもの。Bはできないもの。Aに共通しているのは、力が強いこと。理性があること。Bはある程度までの力しかなく、理性がない。とはいえ、Pandoraから出てきたばかりのころは全員が全員、理性など持ってはいなかっただろうよ」
現に自分がそうだった。
「俺は一週間くらいかな、理性が生まれ始めたのは。それまではほかの化け物と同じだ」
「同じ……」
ネコはそれだけ言って黙り込む。
「人も殺した」
あえてネコが口に出さなかったことを、言う。
たぶん、ほかのやつらも、理性が生まれるまでは同じようなことをしていただろう。今でも、残虐性の高いエンヴィなどは、人を殺せるだろう。
「……そう」
それだけ言って、ネコは聞く体制に戻る。
「理性が生まれると、人間が我々に近いものだと知るようになった。呼吸をし、脈打ち、体温がある。おまけに、喋ることができた。そのあたりから、人を殺さなくなった」
今でも虫は殺せる。向かってくる同胞も殺せる。その違いはなんなのだろうか。
「ちょうどそのころ、理性を持った奴等と出会う。そしてお前たちの存在も知った」
「あの6人ね」
「そうだ。私たちはこの地区を縄張りと決め、Bを配下に収めた。大抵のやつは力で従えられた。だが、それすら通じない、破壊だけを繰り返すやつらもいる。当然配下には取り込めない。だからと言っていちいち殺していくのはおっくうだ」
「……そこで私達ってわけ?」
「察しが良いな」
不機嫌な声のネコに、笑って答える。
「配下に入らない…Cとでもしましょうか。そいつらを始末させるために私たちは生かされたと」
「もともと殺す気もなかったがな。実力がどんなものかも見ておきたかった。あの時点ではダメダメだったが、その後は期待通りの働きだ。いや…」
実力はあった。だが。
「お前ら、ヒーロー業をサボるな。おかげで私たちが結局始末をつけていることも多いぞ」
「あら失礼」
不真面目なヒーローだったことが誤算だった。
「まぁとにかく、そんな感じだ。理性を持ってからは破壊衝動なんかも治まってな。パンが人間の暮らしに興味をもって、こうして人に混じって生活している。まぁ、暇つぶしだ」
そこまで言って、話を区切る。ほかに話すべきことはないだろうか。
「結構な身分ね。じゃあ、今はほとんど無害ってわけ」
「私たちはこの生活を気に入っている」
ネコの言葉に頷く。
「あぁ、だが…ほかの縄張りのやつらがこちらにちょっかいを出すこともあるだろうし、配下にないCは変わらず襲ってくるぞ」
現にこの間も皆そろって襲われたばかりだ。
「あと、俺たちの縄張りを犯そうとする他のグループも存在する。そいつらが差し向けてくる化け物も変わらず来るだろう」
「そういうのはそちらさんでやって欲しいとこだけど。こっちは来る敵を倒すだけよ」
ネコらしい言葉だ、と思った。
「BやCが理性を持つことはないの?」
食べ終えた弁当のふたを閉めながら、ネコが訊く。
その問いにはすぐに答えた。
「ない」
「…そう」
ネコは思案気な顔をする。その顔を見て、正しい判断だったと思った。一つだけ、隠した事実。
BやCが理性を持つことはない。けれど、AとBの境目にいる同胞はいる。今理性がないからと言って、これから理性を持たないということは断言できない。実際、最近になって理性を持った同胞がいる。
そのことを知ったら、ネコは戦えるだろうか。
人を殺したといった自分を、変わらない態度で接するネコは。他の二人は。
戦えるだろうか。




