いざ、逃走
嫌な予感がしたら引き返してくださいね☆
三人は敵を目指して、林の中を走っていた。
白いジャージの、ウサギ。
茶色いジャージの、イヌ。
黒いスーツの、ルシファ。
「って、おかしいだろ!なんであんたがここにいるんだよ!」
隣で走るルシファに、思わずツッコミを入れたのはイヌだ。
「二人で営業周りしてる最中だったんだよ」
みれば遠くに社名の入った車が見える。
大方ウサギが無理やり引っ張ってきたのだろう。
「我々としても、勝手に縄張りを荒らされるのは本意ではないしな」
走りながらルシファが言う。
「縄張りとかあんのか。ネコさんは…」
「講義じゃないのか」
「平日の昼間だからな」
学生の本分をまっとう中なのだろう。
「……」
イヌが黙り込む。
平日の昼間にもかかわらず。自分はこうして、林の中を走っている。
「いや、良いんだよ。不良なんだから!」
「良くねぇよ」
イヌが導き出した答えは、ウサギによって即座に否定された。
「っ、と」
先頭を走っていたウサギが足をとめた。
二人もソレにならう。
「近いな」
フードのウサ耳に手を添えて、方向を探る。
ウサギは誰よりも耳がよく、敵の探知に長けているのだ。
そのまま左を…
「………なぁ、一つ訊いて良いか」
「なんすか」
「なんだ」
横を向いたまま、ウサギが二人に問いかける。
「人間は二種類に分かれると言う…」
無表情で脈絡のない話をするウサギに、イヌとルシファはそろって首を傾げた。
「すなわち、足が多い生き物が嫌いか、足のない生き物が嫌いか!」
ウサギの言葉に、悪い予感が脳裏をかすめる。
「…まさか」
イヌとルシファが、ウサギの視線をたどる。
「あー…ちなみにそれ、ウサギさんはどっち派なんすか?」
「足が多い方が嫌いだ。というか、怖い。お前は?」
「俺も、脚が多い方が嫌っす。きしょい」
「……俺もだ」
お前は人間じゃないだろうというツッコミは、ウサギとイヌから出ることはなかった。
三人の視線の先、木々の向こう。
そこに、人の身長などゆうに超えた、巨大な敵はいた。
鋼鉄を思わせる黒く光沢のある幾節にも分かれた身体。
巨大な顎。
そして、
十数対もの、足。
「む…むか…」
「せ…節足動物…!」
「……」
三人そろって顔を引き攣らせ立ちつくしていると、敵がもそり、と動いた。
三人に顔を向ける。
「こっち向いたぁあぁぁっ」
悲鳴にも似た声を上げ、三人は脱兎のごとく駆け出す。
イヌが恐る恐る振り返れば、猛然と追ってくる節足動物。
行く手を阻む木々はなぎ倒し、一直線に向かってきている。
「追ってきたぁあぁぁっ!む…むかっ!きしょいぃっ」
「いやまて、あれは違う!あいつはGGだ!」
イヌが叫ぶ。走りながらウサギも悲鳴に似た声を上げる。
「GG?」
なんだそれは、と少し落ち着いたイヌが尋ねる。敵の姿さえ見なければ、少しは冷静でいられるものだ。
「Gの後ろにそれぞれEとIをつけてくれ」
「あ、GEG…」
「言うな!」
厳しい口調でウサギが制す。名を聞くのも嫌なのだろう。
「っていうか、よくわかるっすね。違いなんて」
「身体をくねってないからな!」
「……良く見てるな」
ルシファが感心した声を上げる。
「俺はGGの方が嫌いなんでな。敵を制圧するには敵を知ることから…」
「どっちにしろ気持ち悪ぃのは変わんねーよ!」
いつもの口調を忘れて、イヌが突っ込む。そう。敵が良く本物足を持った節足動物に似た化け物である事実は変わらないのだ。
「あ、腹見えた。…グロ」
「お前は大概冷静だな!」
後ろを振り返ったルシファの言葉に、ウサギが前を向いたまま突っ込んだ。
「あれ、まだ戦ってるみたい」
「なんだか騒がしいな」
講義も終わり、ようやく時間の空いたネコは、まだ敵の反応が消えていないことに気付き、林近くまで来ていた。すでに変身している。
なぜかサタンも一緒だ。
林のあちこちから、イヌとウサギの叫び声がする。
「何やってるんだか」
呆れた様子で溜息を吐くネコの目の前を、件の三人が走り抜ける。
「なんでルシファまでいるんだ」
サタンは三人の走り去った方を目で追った。
ネコは三人が来た方向へと目を向ける。
「……サタン」
「何だ」
「あんたさ、足多い生き物って、大丈夫?」
「どちらかというと、ない方が平気だ。なんでそんな、こ…と」
ネコに顔を向ければ、迫りくる節足動物の姿。
「ぎゃぁああぁあぁぁっ」
すぐさま身体を反転させ、先に走って行った三人の後を追った。
「ネコ、何とかしろ!」
隣を走るネコにそう叫ぶ。彼女ならば、きっと平気なはずだ。
「嫌よ!私4対より多くなったら嫌!」
断固拒否!と首を振るネコ。
「…!こんなところで微妙な女らしさを発揮するな!」
「微妙って…!あいつの餌にするわよ!」
口で喧嘩しながら、それでも5人の足は止まらない。
林の中の喧騒が、しばらくやむことはなかった。




