イヌの躾
イヌ押しです。
亜布高校のドン。
「一匹狼」と恐れられる不良。
九条僚
亜布高校のみならず、近隣では知らぬ者などいない、危険人物である。
「ねぇ、イヌー」
「あぁ?」
「ここがわかんない…」
「……Xに代入すんに決まってんだろ」
「何を?」
「……どこから理解してないんだ?」
はずである。
羊飼芽江――もとい、パンに泣きつかれ、九条僚は昼食片手に数学を教えていた。
「先輩!俺ここがわかんないっす!」
なぜか、屋上の後輩も一緒だ。
「お前は授業に出ろ」
「はいっす!」
返事だけは大変良い。
「そう言えば…」
必死に数学の宿題を解いていたパンがノートから顔を上げる。
「イヌってさ、なんであの二人には敬語なの?」
「は?」
突然の言葉に、僚は思わず聞き返す。
「ネコちゃんとウサギさんだよ。先生にも3年生にも一切敬語なんて使わない、何様俺様お犬様、のイヌがなんであの二人には敬語使ってるの?」
「先輩に敬語使わせるなんて、太ぇ奴っすね!締めますっ、が!?」
とりあえず、不穏なことを言う後輩は拳骨をお見舞いする。彼のためでもある、とイヌは思う。
「二人の言うことは良く聞くし。お座りもお手も…」
「それ以上言うな」
パンの言葉をしかめ面で遮る。古くはない心の傷をえぐられ、頭を抱えたくなる。
「ねぇ、なんで?」
そう言って首を傾げるパンに、悪意は微塵も感じられない。
純粋な疑問を突き付けられて、言葉に詰まる。
はぐらかしてはいけないような気になってくる。
「……初めて会ったときには…」
「うん」
「いつものように喋ってたんだが…」
「うん」
「その瞬間……あー…」
「うん?」
言いよどむイヌに、首を傾げる。
「………い、色々あったんだよ」
「何が?」
「………これ以上は…勘弁してくれ」
僚の顔はひきつり、青ざめてすらいる。
パンの脳裏に、ネコとウサギの姿がよぎる。
二人に倒された数多の敵、サタンや、振られっぱなしのエンヴィの顔も浮かぶ。
なんとなく。
なんとなく、イヌの気持ちがわかったような気がした。
「………イヌ」
真っ青な顔のままのイヌの肩に、手を置くパン。
「ごめん…。聞いちゃいけないことだったね」
憐れむな、とイヌは首を横に振った。
「……なんだかよくわからないけれど、九条って、不憫そうだな」
「…俺もそう思った」
「……苦労してるって感じ」
聴き耳を立てていたクラスメイト達がそんなことをささやき合っていたということなど、僚は知る由もなかった。
おまけ
朝のSHRも終わり、一限目の授業が始まろうとするころ、教室の扉が開かれた。
扉に視線をやったクラスメイト達は、入ってくる人物に小さく驚きの声を出す。
「あ、イヌー」
パンが声をかける。
声をかけられた僚は、返事を返すことなく席につく。
「どうしたの?その傷」
そう。
僚の頬には、殴られたような跡があった。
口の端も切れている。
普段、喧嘩をしても無傷であることが当然の僚が、顔に傷を作ったことに周囲は驚きを隠せない。
誰の仕業か、と地区の強者たちの名があげられていく。
「………ネコさんに」
ぼそり、と呟かれた言葉は、はたして何人に聞かれたのだろうか。
「え、なんで?」
「……色々あんだよ」
「……なんだか、可哀想だね、イヌ」
「まぁでも、初対面の時に比べれば何て事ねーよ」
「何があったの!?」
色々あったんだと思います。




