イヌの日常
ほんとはこんな感じなんですよ!と
立てつけの悪い教室の扉を開かれる。
「…っひ!」
入ってきた相手を見、教師は顔を青ざめさせた。
「…九条」
「…こんな朝から……」
「僚さん…」
文字の踊る黒板に目を向けるものは誰もおらず、ただただ扉を開けた男に意識を集中させる。
九条僚。
亜布高校一の不良である。
染めた金髪、人を射殺さんとする鋭い眼、平均より高い身長に引きしまった体躯。
寡黙な彼は人を寄せ付けず、「一匹狼」と評され恐れられていた。
緊張の高まる教室を一瞥すると、僚は自分の席に座り、早々に眠りに就いた。
「じ…授業を再開する」
初老の教師の声がわずかに震えていたことを、一体だれが責められただろうか。
「おーおー、一人ぼっちの僚君じゃないですか」
僚が廊下を歩いていると、頭の悪そうな生徒に声をかけられた。
こうして絡まれるのも、彼にとっては日常の一コマに過ぎない。最近ご無沙汰だったが、まだこうしてからんでくる者がいるらしい。
「さびしーならオトモダチになってあげましょーかー?」
卑下た笑いも、言葉の中身も、相手をするに足りない。
「相変わらずすかしてんなぁ、おい。やんのか、あぁ?犬っころのくせし…」
「あぁ?」
「ヒィっ」
不快な言葉を聞いても、声を漏らし、一睨みしただけで相手はおとなしくなる。
「っす、九条先輩」
「っす」
名も知らない後輩や同級生が、すれ違うたびに頭を下げる。
「……っ」
「ひっ」
頭を下げない場合は、目を逸らされる。
……いじめか?
「っす、先輩!その顔、どうしたんすか?」
屋上に行けば、名前も知らない後輩がいた。目ざとく僚の頬のガーゼに気づく。
「……」
「またどっかの奴らとやりあったんすね!どうでしたか!」
「……」
「男は黙して語らず、ってことっすね!かっこいいなぁ、もう!」
恐怖、敵意、害意、畏敬、嫉妬。
校内に限らず、街中でも、そうした感情を常に受ける。
(……これが、普通…だったはずなのになぁ)




