給料闘争
「ざ……残高49円…」
ATMを出て、ネコは溜息をついた。
手に持っている通帳には、何度見返しても「49」の数字しかない。
サタンやエンヴィの行為によって、暮らしは豊かになっている…のだが、いかんせん。ヒーローというものになってからこっち、ろくにバイトも出来ず、収入らしい収入は皆無に等しい。
月々の光熱費、家賃は、当然ながらお金がいる。
サタンの現物給付や、エンヴィの物々交換では対応できないのだ。
「……お金が、ない」
とある事情で親を頼れない彼女は、奨学金とバイトですべての生活を賄う苦学生だった。
――あぁ、これからどうやって生きていこうか。
「………」
初めに、見間違いだと思った。
次に経理のミスだと思った。
いくつかの可能性を考えて、何度も見て、この悲惨な給料明細の原因が分かった。
「九條、どうだった?」
同僚が緩んだ顔で訊いてくる。
今月の成績が良かった同僚は、おそらく給料もそれなりになっているはずだ。
顔もゆるむだろう。
「……訊くな」
ため息が漏れる。
今月の営業成績は、下から2番目。
いまだかつてない順位だ。
営業は、半分歩合制の体を取っている。
成績が良ければ給料もそこそこ高く、悪ければもちろん低くなる。
だからこそ、入社当時を彷彿とさせるような今月の給料、という訳だ。
今月は敵の出現回数が多かった。
だからその分、営業成績が落ち、給料も下がったのだろう。
「って。理不尽だろう!」
「は?」
きょとんとした同僚になんでもないと言いながら、今月のやりくりを考えていた。
――これからの生活が不安だ。
「はぁ…」
「っぁー…」
「どうしたんすか、二人とも」
首尾よく敵を倒し、後は帰るだけと言うときに聞こえた二つの溜息。
イヌが振り返ると、ネコとウサギが肩を落とし、暗い顔で立っていた。 「……お金無い」
「同じく」
「は?」
ネコとウサギの言葉に、イヌが聞き返す。
「ヒーローになってから、バイト出来なくて…とうとう通帳残高が49円に…」
「営業途中でヒーローってパターンが増えて…営業成績落ちて…給料が…っ」
「……大変っすねぇ」
実家で小遣いをもらう身としては、なかなか事の大変さを理解することは難しい。
「ヒーローってボランティアなの?!むしろ私が救ってほしいんだけど!」
「働き損って感じ…」
「あー、確かに。一体につきいくら、とか、一時間いくら、とか金くれればいいのに」
何気なく。
そう、何気なく言ったイヌの一言に、ネコとウサギが目の色を変えた。
「……そうよね」
「くれないのなら、奪うまで」
「ふ…二人とも?」
俄かに溢れ出す生気…もとい闘気に、イヌが一歩下がる。
できるならば普段からその調子で化け物を倒してほしいものだ。
「クラウド!」
ネコがクラウドを呼び付ける。
反応はない。だが、クラウドはこちらの様子を見ているはずだ。
「報酬を要求する!」
「もし拒否をするのなら…」
「団体行動権を行使する!」
「そしてフードの耳はちぎる!」
空が揺らいだ。
クラウドが急いで回線をつないでいるのだろう。
「待った!払う、払うから!」
クラウドの慌てた声が響く。
交渉はあっさりと、ネコとウサギの勝利に終わった。
「…ところで」
「ん?」
傍で見ていただけのイヌが、疑問を口にする。
「団体行動権ってなんすか」
「……ストライキ」
「?」
「ボイコット」
「?」
短い説明にも、イヌは首を傾げるだけだ。
「あー…皆でさぼって仕事しなかったりするの。お偉いさんは困るでしょ」
「へーぇ」
「…習わなかった?」
どうだったか、とさらにイヌは首を傾げる。俺理系だしなーなどと言い始める。
「公民だったか?」
「私、中学で習ってた気がしますけどね」
イヌの様子に、ウサギとネコが呆れた目を向ける。
「俺、文系科目は団体行動権使ってるんで」
試験は詰め込みなんすよねー、などと言って笑うイヌに、ネコが小さく言った。
「…一人は団体って言わないのよ…」
ヒーローって、ボランティアなんでしょうか?という疑問が…。
ネコはイヌが団体行動をとらないと知っています。




